17 .シャトルーズ子爵家
「そんなことになっているんだね。教えてくれてありがとう」
「勿体なきお言葉です」
店員たちは、もう1度丁寧に腰を折っている。
アイビーは、隣に座っているラシャンを見上げた。
「お兄様には、婚約者の方がいらっしゃるのですか?」
「いないよ。それに、シャトルーズ子爵家は何度も断っている家なんだよ」
ラシャンの乾いた笑いに、アイビーは小さく頷いた。
貴族の恋愛は大抵は婚約から始まるとチャイブに習っていたため、「まだ子供だけど、貴族だから婚約者がいるのかも」と気になっただけだ。
でも、ラシャンは聞かれたくなかったのかもしれない。
ラシャンの表情が抜け落ちたような顔を、アイビーは初めて見たのだから。
「そういうことだから、もしシャトルーズ子爵家が私たちの買い物の様子を尋ねてきたら、家族全員の礼服をあつらえたとだけ話すようにしてくれるかな。デザインは漏らさないでほしい。同じ礼服を作られたら不愉快だからね」
「かしこまりました」
「それでも食い下がってくるなら、公爵家に聞きに行けと言ってくれていいから。まぁ、来られるものなら来たらいいんだよ」
クロームの意味深な言葉にアイビーが首を傾げていると、チャイブが落ち着いた声で教えてくれた。
「シャトルーズ子爵家は、ポルネオ様が後見人をされていた方が当主なんですよ。ただ今は少し仲が良くないのです」
「そうなんだ」
「お嬢様に接触してくるかもしれませんが、無視してくださいね」
「うん、わかった」
横に座っているラシャンに手を握られたから顔を合わせようと見上げると、ラシャンは優しく微笑んでアイビーを見つめていた。
「何があっても僕が守るからね」
特に興味はなかったけど、そこまで言われると気になってくる。
「そこまで過激な人たちなのかな?」と心の中で狼のような人を思い浮かべながら、アイビーは「はい」と頷いておいた。
そんな話をしている間に、部屋に持ち込まれたラックは全て交換されていた。
今日のアイビーの服装を参考にしたのだろう。
リボンや宝石がたくさん付いたドレスから、宝石はほんの飾り程度で刺繍が中心のドレスに様変わりしている。
ラックにかかっているドレスを順番に紹介され、アイビーは宝石がないドレスを選んだ。
シンプルなドレスは、何も飾りがないノースリーブに、バルーン型のスカート。
スカートには、蝶々の刺繍が重ねられている。
二の腕まである手袋は、刺繍のみで作成されている。
男性の礼服は、襟とポケットの部分に刺繍が重ねられるそうだ。
聖夜祭のドレスが決まり、祝福祭のドレスには宝石があるものはどうか、という意見が出た。
だが、アイビーとしては、キラキラしている綺麗な石に傷でもつけてしまったらという不安がある。
服は汚れるし、破れたりもする。
だからこそ、輝いている石が怖い。
それに、自分は可愛いから、どんな服でも似合うと知っている。
強いて、キラキラしているドレスを着る必要はないのだ。
だって、着る人間が可愛いのだから。
でも、アイビー以外の家族は「そうしよう」と笑顔で頷いている。
嫌だとは言い出しにくく、折衷案として、宝石も刺繍もないブッファンドレスに、右肩から左腰にかけて掛ける刺繍が施された20センチ幅の長い布の留め具として宝石を使ってもらうことにした。
男性も飾りがない礼服に、同じデザインの布を肩から下げることになる。
大きな宝石がボタン代わりに付くことになったが1つだけだし、そこに気を配れば壊さないだろうとアイビーは安堵していた。
だから、店員たちが喜んでいたことに気づけなかった。
大きな1粒の宝石は、価値が高い。
それを、公爵家の人数分用意することになる。
しかも、公爵家が着用するのだから中途半端な宝石ではない。最高級の宝石だ。
小さな宝石を散りばめたドレスよりも価格は高くなる。
アイビーが店員たちの歓喜に気づけていたとしても、宝石事情を知らないアイビーには導き出せない答えだっただろう。
公爵家の面々も満足気に微笑んでいる。
今日の目的は、どれだけアイビーを可愛がっているか示すことだ。
その上で、どれだけお金を使用したかは、分かり易い目安になる。
だからこそ、大きな宝石が施されたドレスを購入できて悦ばしい心地だった。
各個人のサイズを測り始めた時に、ようやく数ヶ月も前にドレスを購入しに来たことを理解したアイビーは目を白黒させていた。
驚くことばかりだったブティックを後にし、宝飾店ではローヌが選んでくれたアクセサリーを購入し、遅めの昼食をとり、画材店にやってきた。
外から覗いてばかりいた画材店に初めて入ったアイビーは、見て分かるほどに胸を躍らせた。
いつも大人しいアイビーがはしゃいでいる姿に、公爵家の面々の表情は緩んでいる。
お店にある物を全て購入しようとしているポルネオたちを、アイビーが必死に止めている間に、チャイブが初心者に必要そうな物を買ってくれていた。
請求先はもちろんヴェルディグリ公爵家なので、遠慮なく選んでいた。
翌日、午前中は訓練をし、午後からは絵を描くことにした。
昔は絵を習っていたというポルネオが絵の具等の使い方を教えてくれ、ラシャンと並んで果物の絵を描いていく。
今までモノクロだった世界に鮮やかな色が加わり、目で見て分かる華やかさに口角が上がる。
絵の具を混ぜて、新たな色を作り出すのも楽しい。
キャンパスの上で無限に広がる世界に、アイビーは夢中になっていた。




