第037話 世界の仕組み
「誰?」
なぜか仲良さそうに手を繋いで眼前に平伏する二人に尋ねる。
この様子からすれば敵対するつもりはなさそうだ。
アディはともかく、この時点でミステルが排除に動かないということは脅威とみなす必要はなさそうか。
「私たちはエメリア王国の使者でございます。私はリン・バラッド。こちらは弟のタム・バラッドと申します」
リンと名乗った美少女が顔を上げて素直に答えてくれた。
二人とも金髪碧眼のかなりの美形だが、ちゃんとお姉さんのリンと弟のタムの性別の区別はつく程度に成長している。
エメリアと言えばここ迷宮都市ヴァグラムもその領地に含む大国だ。
さてそんな大国が、神の敵に一体何の用があるのやら。
姉の方は緊張し、怯えた様子を隠しきれていないが、弟の方は無邪気に感心したように俺の方を見ている。
その弟が口にしていた『欠落世界』とやらが、ミステルをしてその存在を把握できなくする能力らしい。
今二人が手を繋いでいることにもなにか関係があるのかもしれない。
随分と若いが、俺が今までに知っていたどんな魔法使いよりも強者なのは間違いない。
当たり前のようにこの場所にいるんだもんなあ、空中ですよここ。
まあ聖シーズ教の虎の子であろう、告死天使たちすらあっさり無力化して見せたミステルにはこんな程度では脅威にならないのだろう。
それだけに感知できなかった事実には、思うところがあるっぽい。
「御身が聖シーズ教、冒険者ギルドと敵対なさるのであれば、ぜひ我が国が保護したいと」
『我が主を保護するだと?』
こちらが聞くまでもなく目的を教えてくれるのはありがたいが、そこ? という点にミステルが喰いついた。
主を軽んじられること、軽んじられたと己が感じたのになんの行動も起こさぬことは使い魔にとって――いや違うな、ミステルにとってはできないことらしい。
その証拠に我が左肩のアディさんはなんの興味もなさそうである。
「こっわ。ねえちゃん竜がめっちゃ怒ってる!」
「タムはちょっと黙ってて! 失礼致しました。保護と申しましてもイツキ様が人としての暮らしをお捨てにならない場合においてです。我が王都においでいただければ、国賓として遇すると我が王が」
うん、思ったことを全て口にするのはアホの子属性だとは思うが、見た目がここまで整っていると「可愛らしい」になるのは卑怯だな。
慌てる賢い姉も含めてなかなか様になっている。
殺伐としているであろうこの時点での空気も読んでのこの人選であれば、エメリアの王様はなかなかに警戒すべき人物かもしれない。
このタイミングで、この二人をこの場に仕向けられるその知識も含めて。
それにアプローチとしては確かに上手い。
神の敵と看做されるにふさわしい力を手に入れたとはいえ、俺は数日前までただの冒険者に過ぎなかったのだ。
事がここに至るまでにいろいろあったとはいえ、世俗の欲を完全に断ち切って|見敵必殺状態《サーチ&デストロイ・モード》に陥っているとは限らない。
その様子を見極めた上での接触も命じられていたのだろう。
俺がその隠形を見破ったというだけで。
会話が成立する相手であれば、大国の王が保証する国賓としての暮らしはカードとして無力ではない。
人として生きることを諦めきっていないのであれば、聖シーズ教と冒険者ギルドを敵に回してそれを維持するには、国家の庇護下に入るしか手はないと言い切れる。
こればかりは星を砕ける力を持っていたとて、いや持っているからこそその難易度が跳ね上がる前提条件なのだから。
「対価は?」
だからこそ無償で、などというのはあり得ない。
なんらかの思惑があって然るべきだし、無いと言われてそれを信頼してもらえるとはエメリアの王様も思ってはいないだろう。
「世界を壊さずにいていただければ」
たしかにそれは対価として成立する。
それにこのタイミングでこの条件を俺に告げることを赦している事実が、こっちはそれなりに審神者と聖シーズ教、千年前の封印についても知っていますよという手札を晒すという意味もある。
「それだけ?」
だがそれだけではあるまい。
この状況をある程度読めていたというのであれば、今の俺が『無期待献身』などというものを最も警戒する、下手をすれば憎悪することくらいはわかっているはずだ。
「「聖シーズ教と冒険者ギルドの失墜」」
「……なるほど」
この回答だけは姉のリンだけではなく、弟のタムも完全に声を揃えて即答した。
その表情はぞっとするほどの『無』だ。
いいぞ、適度に生臭い。
世界の為とか、みんなの為とかはもうおなかいっぱいなんだ。
今二人が見せた表情に宿る怨念のようなものがエメリア王国と聖シーズ教、冒険者ギルドの間に在るというのであれば、関わってみるのも一興だ。
俺とアディとミステルで世界に喧嘩を売るのもそれはそれで面白かろうが、人としての生活を維持しながら敵をぶん殴れるのであればそれに越したことはないからな。
幸いにしてまだ俺は、敵がいなければ生きて行けないという戦闘狂にはなってはいないと思うし。
それに力を得たからには知りたいこともある。
「ミステル。ほかの八大竜王は感知できるか」
『……できませぬな』
ミステルとなった黒竜王焔帝は『八大竜王』と呼ばれた中の一柱だった。
当時『大いなる禍』の『器』となるまで四千年もの時を生きていた黒竜王焔帝と並び称される他の竜王たちが、たかがこの千年でみな死に絶えたとは考えにくい。
『器ですか!』
「可能性はある」
であればミステルと同じように『器』とされて、どこかに封じられている、あるいは使役されている可能性が高くなる。
『縛鎖』であった最初の審神者、『聖女アイナノア』が聖シーズ教の手によって量産化されていたことは本人の口から明らかにされたこともある。
しかもそのサンプルは十三体確保できているしな。
俺の生存と『大いなる禍』の復活をこうも容易く赦していること自体も随分ときな臭い。
聖シーズ教などはただの前座で、本命が控えている可能性がどうにも高く思えるのだ。
「それに他にも可能であれば調べたいこともあるし、国と組むのはありかもしれない」
『主のご判断に従います』
ミステルはそれが俺の判断であれば素直に従ってくれるらしい。
無理している感じもこれとてなく、楽しければそれでいいというのはアディと共通しているのかもしれない。
必要となればためらう気もないが、血生臭い愉しみよりも俗っぽい愉しみの方が可能であれば有難いというのが本音だ。
それにこうなって初めて思うことだが、成長だの武技だの魔法だの、この世界を統べる仕組みもなかなかに胡散臭い。
俺の審神者としての能力も含めて、何者か――それこそ『神』が授けて下さったモノだというのであれば、それらを駆使して辿り着くことを期待されている場所もきっとあるはずだろう。
星を砕いてお終いなどというオチを、ここまで手の込んだ世界を創り上げた神が望んでいるとも思えない。
であればせっかく神の敵などという、相当に重要な役を振られたのだ。
自分とアディ、ミステルが愉しむことを最優先としながら、可能な限り盛り上がる展開を模索するのは吝かではない。
「ということだ。とりあえずここの始末を終えたらその話に乗ってみてもいい。だがこれからここで起こることを全て報告しても、君たちの王様は俺たちを懐に迎え入れたいと思うかな?」
ゆえにらしさは崩さない。
世界の敵としてふさわしい鏖殺を行って見せよう。
まつろう者には寛容を、まつろわぬ者には死を以て厳格を。
魔神は神の対極なのだ、神と同じ理屈でかまうまい。
「どうにもならぬ力なれば、せめて見えるところにいてほしいものかと」
なるほど、わからなくもない。
次話第038話
あと数話、今週中にこの物語の嚆矢編は終了します。
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