第036話 使者
いまだ禍の渦に囲まれたままの迷宮都市ヴァグラム。
その中心部上空に、再びイツキは戻っている。
肩に最初の使い魔であるアディをのせ、背後に第二使い魔である制御体ミステルと再び合一した竜殻外装ミステルを従え、今は完全に己の『領域』内に捉えている迷宮都市を睥睨している。
その姿はまさに現世に顕現した魔神の姿そのものにしか見えない。
――俺がその気になったら、ここら一帯は地図から消える、か。
元仲間たち――『ONE&ONLY』の四人と決別したイツキはちょっと荒んでいる。
具体的になにに傷ついただとか、腹が立っただとかいうわけではない。
頭では――理屈では当然の、避けようのない決別だということは理解できている。
だいたいイツキの方から突き放したのだ。
イツキがどうしても彼らを取り込みたい――仲間のフリだけでもしてほしいのであれば、他にやりようはいくらでもあった。
それをあえてしなかったのは、そうできる側――強者側であったイツキ本人なのだ。
それで機嫌が悪くなるなど、勝手な話でしかない。
『ONE&ONLY』の四人にしてみればたまったものではないだろう。
そのせいで迷宮都市が一つ消えましたとか言われても、まさにどうしようもない。
だが強者とはそういう存在ともいえる。
気分で壊せる対象が誰よりも大きい者こそが、最強と呼ばれるのだから。
この星ですら壊せる今のイツキは、まさに神の敵。
絶対者である神の敵たれるほどの力を持った存在――それはもはやもう一柱の神だ。
世界を創り、滅ぼすことが神たる条件の一つであれば、今のイツキは世界の滅日をもたらす終焉の神ということもできる。
らしく振舞うというのであれば、それもありだろう。
一度はそうなる運命から、イツキの力で救ったのだ。
それをそんな気分だからという理由で同じ結果にしたところで、文句を言われる筋合いなどあるまい。
――怖いなー
だがまだイツキはその自身の考え方を、怖いと思えるだけの理性を保っている。
なにが怖いと言って今己が保有している圧倒的な力が、大概の理論武装を成立させてしまうところである。
極論すれば、「できることをやって何が悪い」に収束する。
最初に問答無用で処分されかけたというのも大きい。
イツキがその気になれば迷宮都市ヴァグラム一帯に止まらず、人の世界を終わらせることすら可能なのだ。
少なくとも、イツキが審神者――明確な神の敵として使い魔を従えて復活して以降の敵対勢力の力を見る限りにおいては。
それ以上の敵がもしもいるならば、確かに人の殲滅に動き出すのが一番手っ取り早い。
聖シーズ教の中枢を以てしても止めることが能わぬ今のイツキがその方向へと舵を切れば、止めたい勢力は止め得る戦力を投入してくるだろうから。
あくまでいるのであればだが。
もしもいなければ、イツキは文字通り世界を終わらせる魔神として、ごく短い間だけ君臨することになる。
まだイツキにそのつもりはない。
必要となればやることをためらわぬとはいえ、イラつくから目に入った街を滅ぼして気を晴らすほど、まだ壊れてはいないのだ。
一方的な鏖殺がもたらす唯一無二の蜜の味を、知った今でもなお。
今はまだ敵だけでいい。
敵を叩いて潰すだけでも、十分に愉しいのだから。
世界をどうするかなど、敵がいなくなってから考えればいいことだ。
「とりあえずは配役通り悪役で行こうか。アディ、ミステル」
イツキのその声にアディはにゃーと答え、ミステルは竜の咆哮を天へと放つ。
禍の渦を解けばおそらくここへと殺到してくるであろう、傭兵だか狂信者だかを叩いて潰せばいい。
すべてはそれからだ。
◇◆◇◆◇
「その前に、ずっと俺たちついて回っている二人」
客観的に見ればなにもない空間に向かって突然話しかける変なヒトみたいだが、そうではない。
やるべきことは当初の予定通りに決まったが、そうなるとさっきから俺たちにつき纏っている間諜だかなんだかを先に始末しておく必要があるのだ。
使い魔となったアディも、使い魔となる以前から『聖女』と『八大竜王』の一柱であったミステルにも監視されていることに気付いている様子はなかった。
俺のこの発言でアディはともかくミステルはぎょっとしているので、おそらくその見立ては間違っていないだろう。
ミステルに察知されないとは、聖シーズ教が駆使する逸失技術や時代錯誤遺物の類よりもよほどすごい能力なのか。
まあだからこそわりと至近距離に、平気で近づいてきていたのだろうけども。
「禍が憑いている以上俺からは逃れられん。今ここで姿を見せないのであればまずお前たちを磨り潰すぞ」
偉そうに言っている俺とて、ついさっき『領域』を展開するまでは全く気が付いていなかった。
額の第三の目や外在魔力の流れ全てを感知する魔導器官はもちろん、個としては究極と言っていいほど魔改造されたこの躰の皮膚感覚にも全くなんの反応もなかったのだ。
ミステルが感知できなかったってことは、使い魔はある程度禍を使役することはできても、その存在を審神者のように完全に掌握することは不可能なんだな。
もしかしたら以前からじっと睨んでいる虚空の先には必ず禍がいたアディには、察知できていたのかもしれないが。
俺は『領域』すべてが俺の支配下に置かれている感覚の中で、必ずなにかに憑くはずの微量の禍が、俺たちに付かず離れずついてくるから気付けたのだ。
微量とはいえ、禍に命じれば即座に憑いている対象への攻撃なり受肉なりを開始させることは可能だけど、問答無用で叩き潰した方がよかったのかな?
俺の眼前に二体が揃うべく移動しているようだが、いきなり先制攻撃を喰らって俺が消し飛んだらなかなかに笑える結末になる。
いやそんなことができるのであれば、俺が領域展開をするまでにいくらでもできただろうからまずそれはないとは思うが。
「お待ちくださいイツキ様。私たちは御身に敵対するつもりなどございません」
「すっげー。僕たちの『欠落世界』を見破られたの、初めてだ」
俺の眼前で揃った二体が、突然その姿を表した。
予兆も何もなく、まさにコマ落としのように忽然と現れたとしか言いようがない。
背後のミステルからは驚愕と警戒体制へ移行する気配が伝わってくるが、左肩のアディは己の顔をにゃしにゃししているだけなのでどうやら気付いていたっぽいな。
その上で脅威とは看做していなかったということか。
ただどうでもよかっただけかもしれないが。猫だし。
次話第037話『世界の仕組み』 21:00前後に投稿します。
あと数話、今週中にこの物語の嚆矢編は終了します。
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