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第032話 甘キ死ノ時ハ、来タラズ③

 取りようによっては(いさぎよ)いともとれるその言葉を冷え冷えと遮って、イツキが問う。


「――っ」


 イツキは声を荒げたわけではない。

 ただ静かに己が意思と力を以て、どうしても()せないその言葉に疑問をかぶせただけだ。


 だが答えられない。

 答えとなる正当なものが、どこにも存在しないゆえに。


()()()俺を滅ぼせる神が、()は城塞都市一つ程度だから見逃す? どこまでなら見逃す? どこまで壊せば神はその絶対の力とやらを行使する? 国か? 大陸か? それともやはり星を壊すまでなにもしないとでもいうのか?」


 これは()()()()()()()だけが問える疑問。


 そしてその理屈を是とし、他人はもちろん己すら犠牲にできることを『信仰』と呼ぶ者が、絶対に答えなければならない問いでもある。


 だが答えられるはずもない。

 己の犠牲すら厭わぬ敬虔な信者の窮地にも手を差し伸べぬ神の御心など、一信徒にはかり知ることなどできはしないからだ。


 どれだけ敬虔な信者でも、最後の瞬間には思ってしまうのだ。


 ――おお神よ、なにゆえに私をお見捨てになるのですか⁉


 と。


 それならばまだマシなのかもしれない。

 神などいないと、本当は知っていたと思いながら最期を迎えるよりもいくらかは。


 もっとも、一番ひどいのは最後すら迎えられないことなのだと、この場ではミステルだけが思い知っている。

 『永遠』とは祝福ではない、この上ない呪いなのだ。


「笑わせるな。必要な時に助けてくれぬ(モノ)を信じるのは貴方たちの自由だ。だがそんな頼りにならん(モノ)のために他者をも踏みにじる貴方たちは、自分で思っているほど正しくはないよ」


 イツキは切って捨てる。

 己が身を勝手に捧げる分には好きにすればいい。

 だがそこへ他人を巻き込むな。


 自己犠牲を拒む犠牲者を納得させられる理屈が無いのであれば、それは戯言でしかない。

 教義だ真理だと有難がられるのは、それを圧倒的な力が裏打ちしているからに過ぎない。


 それを凌駕する力の前では、敗戦国の紙幣よりもなお価値がない。

 賛同も得られなければ強いることもできない思想など、紙屑にも劣る。


 少なくとも今のイツキにとって、聖シーズ教が掲げる正しさとはその程度の価値でしかない。


「貴様こそが正義だとでもいうつもりか!」


「正義? くだらんな。()の俺は力だ。今の俺に神を信じさせたいのであれば、力で叩き伏せてからにしてくれ。()()()()()()()()()()。俺は正義とやらに殺されたんじゃない、貴方たちの行使する力に殺されたんだ。」


 脊椎反射で返された叫びに、イツキは冷ややかに言葉を返す。

 ここまで問答を続けてきたが、こうなってはもはや()()()言葉に意味などない。


 己の正しさを押し通したければ、相手を黙らせる力こそが必要だ。

 そしてそれは、なにもわかりやすい暴力のカタチをしていなくても一向にかまわない。


「暴力でも! ありがたいお言葉でも! 慈悲深い微笑みでも! 利益でも! 色仕掛けでも! なんだって構わない。どんなカタチを取ろうが力は力、その本質は変わらない! さあはやく。はやく。()()()などと悠長なことを言っている場合ではなく、()()すぐに神の()を以て俺を叩き伏せてみせろ」


 それが出来ねば、なにを言っても戯言だ。

 力でねじ伏せた相手に上からかけるからこそ、その言葉は()()()とされる。

 ねじ伏せられて下から見上げて吐く言葉など、負け犬の遠吠えだと一蹴されて終いだ。


 どんなカタチであれ、力に裏打ちされぬ正しさなど存在しない。


 聖シーズ教が信じるとおりのシーズの神々が実在するならば、顕現しその奇跡を行使するべきはまさに今この時を置いて他にはないはずだ。

 神の敵とされる者を闇へ葬らんとしてその逆撃を喰らい、()()()()()になってまで神の正しさを叫び続ける愛し子を救わずしてなんとする。


 だがなにも起こらない。

 神々は降臨せず、目の前にうずくまる()()が奇跡の力を宿すこともない。


 ただ順当に、強者に踏みつけにされる弱者がそこに在るだけだ。

 自然の中では当然とされる、ありふれた弱肉強食が転がっているに過ぎない。


「……つまらんな」


 自分にはおこった奇跡がここでも起きるのかもと期待したが、神の顕現はなされぬままだ。

 敬虔な信者の()()()()()を憑代に神が受肉でもしてくれれば、この場で神魔の決着をつけることもできただろうに。


 もはや問いたいことも、聞きたいこともない。

 イツキは急速に素に戻り、背後に控える制御体ミステルにも劣らぬ醒めた表情で踵を返す。


「くっ、殺せ!」


 その背に向けて叫ぶ。


 何も言い返せず、力では及ばず、神を否定されて成す術もない。

 己が長を務める神罰執行機関『奇跡認定局(プロディギウム)』をむざむざ壊滅させ、冒険者ギルドを含む迷宮(ダンジョン)都市ヴァグラムが蹂躙されることを止めることもできなかった。

 

 それらすべては神の敵である『審禍者(さかわ)』の滅殺封印を命じられながら、それを成せなかった己の責任だ。


 『審禍者(さかわ)』を甘く見た教皇庁の錯誤(ミス)も確かにあるだろう。

 だが責任者とは、責任を取るためにこそ存在しているともいえるのだ。


 神罰執行機関『奇跡認定局(プロディギウム)』の長として、一人の敬虔なる神の使徒として、この責任は己の死程度では贖えないことくらいは理解している。

 それでも負けても、たとえ()()()()()()()()神の使徒がいることを示すくらいはせめてせねばならない。

 それが泥を啜ってでもこの場を生き延び、後日雪辱を果たすことよりも大事だと思ったのだ。


 少なくともアンジェロ・ラツィンガーで()()()者にとっては。


「――殺せ?」


 だがその覚悟の言葉を受けたイツキは、きょとんとした表情で振り返る。

 己としての在り方は決定的に違ってはいても、その覚悟だけは敬意を示すに足るもののはずだ。

 本来のイツキは、そういう人それぞれのどうしても譲れない部分を否定したりはしない。


 ただしそれが、正しい認識の元に成された覚悟であるのなら。


「こ、殺さぬのか?」


 あまりにも素の表情を見せたイツキに対して、たじろぎながらも疑問を得てしまう。


 果たせなかったとはいえ、こちらは一度完全にイツキを殺そうとしたのだ。

 誤解や勘違いがあったわけではなく決定的に在り方を(たが)えた以上、今のイツキに()を生かしておく理由があるとも思えない。


 それなのに本気でなにを言っているかわからないという態度を見せられては、いかに覚悟が固まっているとはいえ多少は揺らぐ。


「は、ははは」


 しばらく呆然ともいえる表情で固まっていたイツキが笑いだす。

 堪えきれないとでもいう風に。


「なにがおかしい!」


「あははは、はははははははははははは!!!」


 その狂気にも似た笑い対して得体のしれない恐怖を感じ、アンジェロ・ラツィンガーで()()()者は詰問(きつもん)の叫びをあげる。


 だがイツキの哄笑は止まらない。


 イツキだけではなくその背後に控えるとんでもない美少女も、初めて醒めた無表情を崩し、笑みに顔を歪めている。

 ただしその蔑みの視線は、無表情であった時よりもその深さを増している。


 馬鹿にしているのだ。

 心の底から。


 聖シーズ教の信徒として、己が死すらも厭わぬ覚悟を。


「なるほど、なるほど。()()()()()のか。気が付いていないから()()の揺らがぬ信仰か」


 だが()()が怒りに染まる直前に、冷水の如き言葉を浴びせかけられる。

 

 ――なんだと?


 自覚がない? 気が付いていない?

 ()()にだ?


()()から三日が経過している。その間食事は? 睡眠は? 誰かと話したことは?」


 哄笑を収め、今度こそ醒め切った瞳でイツキが()()に問う。

 ()()――()()はアンジェロ・ラツィンガー枢機卿であった、(マガツ)の澱み。


「とっくに死んでいるんだよ、貴方は」


 迷宮(ダンジョン)都市ヴァグラムの外壁北端、聖シーズ教教会内に生きている人間などただの一人もいはしない。

 身体を失って暴走したアディの呪詛に侵されて、とうの昔にその肉体は腐れ落ち、誰かに憑くこともできずに澱んだ(マガツ)に堕ち果ててしまっている。


 ただの一人も例外なく。


 (マガツ)を支配する審神者(さにわ)であるイツキにその事実を指摘され、一瞬呆けたような表情をしたアンジェロ・ラツィンガー枢機卿のカタチをした(マガツ)は溶け崩れる。


 己がとっくに死んでおり、その覚悟も意地も信仰も一切合切関係なく終わってしまっているという事実を強制的に自覚させられ、すべてが崩壊したのだ。


 だがそんな逃避をイツキは許さない。

 神の敵(イツキ)を前に、神の使徒として嘯いたことは絶対に守ってもらう。


「永遠にそこで、()()()とやらを待ち続けるがいい」


 (マガツ)に対する審神者(さにわ)の言は絶対。


 ゆえに魂が神に回帰する甘き死は来ない。

 アンジェロ・ラツィンガー枢機卿であったモノに訪れるのは永遠による狂気。


 『聖女』と八大竜王の一柱であった『黒竜王』を完全に狂わせ、ミステルとなることで救われた地獄が、いつ終わる保証もないままにたった今始まったのだ。


次話第033話 9/2投稿予定です。

元仲間たちと再会&決別。

イツキが己の在り方を粗々ですが定める話となります。

そのあとは最初のタイトルにあった王国絡みがあって、最初の着地点となります。


それまでお付き合いいただければ嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[一言] イツキ:お前はもう、死んでいる! アンジェロ:ひでぶっ!…あれ? イツキ:死んだまま意識だけで生きていくがいい アンジェロ:あ…あ……あああああっ…
[一言] なんだ禍になってるんじゃないか。 ようこそ、神敵へ(笑
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