050.諦めません、最後まで。
「話は終わったか?」
少し疲れたように気怠げな声でクミンさんが言う。
「えぇ、お待たせしました」
「別に待っちゃいねぇよ。それでどうするよ、アレの対処は。何か情報持ってたりしねぇのか」
「世界樹を焼き払える能力を持った魂を選定するために用意されたということ以外はなにも。私が生まれ落ちたときには、もう竜を配置されていたようですから」
「限られた情報でどうにか推測するしかないか。あんたの御主人だったやつが求めてたのは火属性だろうってこと以外わかんねぇが」
「そこに関しては間違いないとは思います。無属性では世界樹に影響を与えることは出来なかったそうですから」
「世界樹を護ってる厄草には火属性でしか干渉できねぇしな。だがよ、あの竜に関しちゃ火属性で攻撃したからってどうにかなるとも思えねぇぞ」
「おそらくですが世界樹の別の性質を模したものを組み込んでいるのだと思います」
「大地から魔力を供給されてるってやつか」
「えぇ、世界樹も同様の性質を持っている可能性は充分にあり得ます。何せ空を枝で覆い尽くしているのです。根も大地深くで広域にわたって伸びていても不思議ではありません。それを使って地上の生命を魔力の供給源としていても何ら不思議ではありませんから」
「てことは、あの竜は世界樹の魔力補給手段を縮小して再現されたものって認識でいいのか」
「世界樹を打倒する能力を試すのですから間違いないかと」
「考え方としては間違っちゃいないんだろうが、全く対処法が浮かばねぇぞ」
ふたりの話を聞きながら私も対処法を考えてみるけれど、魔法のこと自体に疎い私では簡単な案を出すことさえ難しい。
それでも何か素人考えだからこそ考え付ける魔法の盲点とかあるかもしれないし、思い付いたことを反射的にでも口にする。
「3人それぞれ距離を置いて別々のところから進んだら誰か向こう側に行けたりとかしないですかね?」
そんなありきたりな案を出すとステヴィアさんは静かに首を横にふった。
「その場合は私達全員の前に別々の竜が出現するだけですね」
「いくつも竜の魔法が用意されてるってことなんですか?」
「そうじゃねぇだろうな。あの竜は実体じゃねぇ。単に可視化された力場に過ぎねぇんじゃねぇかな。実際には竜なんて存在しちゃいねぇと思うぞ」
「それだと竜を素通りしても見えない壁とかで先に進めなかったりするんじゃ」
「かもな。それでも敢えて竜の姿にして出現するよう創られてるってことは、そこに何かヒントがあんのかもな。そもそも世界樹を打倒させてぇわけだから素通りされちゃ意味ねぇしな」
「アンジェリカ様のことですから竜が出現した地点が領域の境界ということではないでしょうしね。無視して進んだところで領域の外にまで至れなければ竜に追い回されることになるでしょうし、最悪は転送魔法で領域内に戻されるでしょうからね」
「そうなってくるとやっぱ一時的にでも竜の機能を停止させるしかねぇってわけか」
簡単には通らせて貰えない事実ばかりが浮き彫りになる。
いっそのこと竜を閉じ込められたらいいのにね。
なんて思ったけれど、そもそも私の魔法って竜が居たらしい場所に入っただけで消されちゃったくらいだし、閉じ込めるなんて夢のまた夢でしかないか。
でも竜の魔法って何に対して施されてるんだろ。
大地に宿ってるらしいけど、竜自体は地上で立体映像になって立ちはだかってるしさ。
魔法って基本的に気体・液体・固体のどれかひとつに働きかけてるっぽいのに竜は固体の大地に宿ってて私の探査蝙蝠と同じで気体に姿を映し出してるのはどういうわけなのかな。
もしかして複数の属性で対処しろってことだったりする?
世界樹って様々な属性持ちの人達を生まれ落とす果実を実らせるくらいなんだから七属性全てを持ってそうな気がするし、火属性だけでどうにかなるとも思えないしさ。
だとしたら私達全員の魔法を組み合わせることでどうにかなったりとかしないかな。
ただ組み合わせるにしても、どうすればいいのかわかんないけどさ。
「ちょっと聞きたいんですけど、あの竜って私の使ってる魔法の蝙蝠と似たようなものなんですかね?」
「いえ、違いますね。私が照明として使用している光球と同種のものです。あの竜は魔法は魔法でも扱いとしては魔導具に近いかと」
そんなやり取りをしていると何か思い付いたのか、クミンさんが低く唸ってからつぶやく。
「やっぱそこ狙うしかないか」
「そこ?」
「魔導具としての竜への魔力供給の阻害だな。わざわざ竜として実体化させてんのは単純に考えりゃ破壊対象として目させるためなんじゃねぇかな。例え破壊したとしても供給される魔力で即座に復元するだろうが、それを阻害して復元させねぇよう対処させるのが1番の目的な気がすんだよな。世界樹の復元速度はそいつを上回りそうだし、世界樹打倒の入門編としては適した課題なんじゃねぇか」
クミンさんの推測を耳にしたステヴィアさんは口元に手を当て、しばしの沈黙の後に深く頷いた。
「それは充分にあり得そうです」
「だろ。復元にあたしらの魔力を流用するにしても一度は大地に吸収しなきゃなんねぇだろうし、阻害すること自体は問題なくやれんじゃねぇかな」
「その場合、かなり広域に対して魔力供給の阻害を行わなければ、阻害領域外で竜を再構成される可能性がありますので最低でも数百m単位で阻害領域を展開しておく必要があるでしょうね」
「あたしらならその程度問題ねぇだろ?」
そこからはふたりの間であれよあれよと方針が定まる。
ちょっと置いてきぼり感を味わいながら私は何をすべきか遅ればせながら尋ねた。
「あの、私は何をすれば」
「竜の間近に枯葉を風で浮かせといちゃくれねぇか。その枯葉にあたしが『宿火』で魔力阻害の効果を施すからよ。それで竜を形造ってる力場を乱して多少は弱体化させられるはずだからよ」
「わかりました」
『宿火』なら森が火事になることはないかな。
「竜の破壊と大地からの魔力供給の阻害はあんたに任せるぞ。あたし程度の能力じゃ、あの竜の破壊は無理だろうからな」
「随分と私の実力を買われているようですね」
「実際やれんだろ?」
「弱体化され、復元しないのであれば」
「よし方針は決まったな。んじゃ、やるぞ」
クミンさんは右拳を左手の平に打ち付け、ぱしんと音を立て行動開始の合図とした。
私は足元に落ちた枯葉を風で巻き上げ、竜を取り巻くように渦巻かせる。
普段使用している魔法が探査蝙蝠のような緩やかな動きをするものばかりだったので、慣れない風魔法で巻き上げられた枯葉の数は少ない。
それでもどうにか竜の周辺に枯葉をばら撒くことには成功した。
枯葉に取り巻かれた竜はどこ吹く風だとばかりに周囲の変化には無関心を貫いている。
世界樹を模した存在だからか基本的に植物的な反応しか見せないのかもしれない。
そんな竜目掛けて、ついさっきまで隣にいたクミンさんが大きく羽ばたきながら跳躍して木の葉の渦に手をかざしながら飛び込む。
直後、竜の姿がじりりっと映像がブレるような変化を見せた。
不動を保っていた竜もそれには反応を見せ、大口を開けてクミンさんに喰らい付こうと首を伸ばす。
クミンさんは予見していたとばかりに強く羽ばたいてわずかに上昇して竜に空を咬ませ、無防備になった鼻先を蹴りつけるように踵を振り下ろした。
竜の敵意がクミンさんに集中したところへ、ずどんと鈍い音が響き渡る。
音の出所に目を向けると地面を這うように竜へと接近していたステヴィアさんが、竜の腹部を殴り飛ばし、巨体を軽く浮かせていた。
それだけでは終わらず、立て続けに重い打撃を繰り出して竜を悶絶させていたけれど、どれも決定打には足りていないようで、竜が破壊される気配はない。
苦悶に耐える竜が痛みに激怒し、苦し紛れに前脚を振るう。
巨大な暴力がステヴィアさんの身体を殴り付ける。
私は思わず凄惨な未来を幻視し、身体を強張らせた。
しかし、私が想像してしまったような未来が繰り広げられることはなかった。
次の瞬間に訪れたのは、どずんと重たい音を立てて私の目の前に竜の前脚が地面に叩きつけられる音だった。
その光景に呆気にとられていると凄まじい竜が断末魔を響き渡り、ずしんと巨体が倒れ伏すのが目の端に入る。
視線を竜の本体に戻し、その傍に立つステヴィアさんの姿を捉える目の錯覚なのか一瞬だけ彼女の右腕が異形の姿に変貌しているように見えた。
見間違えかと瞬きをするとステヴィアさんの腕は別に普通で特に姿形が変化しているということはなく、いつも彼女が使っている大きな縫針が握られているだけだった。
「集中しろ」
余計なことに気を取られていた私にクミンさんから叱責が飛ぶ。
「すいません」
大きく損傷した竜が光の粒子になりながら崩れ去ると同時に新たな身体が再構築され始める。
私は即座に竜の新たな身体が現出しようとしている場所を風で掻き回すように枯葉を飛ばす。
それに併せてステヴィアさんが縫針を地面に投げ放つ。
「ここら一帯に落ちてる枯葉にも『宿火』を施しといた。そいつを風で適度に巻き上げながら進め」
竜を破壊して数時間、一帯の魔力を私達の色で塗り潰しながら遅々とした歩みで進み続けた。
竜が再出現することはなく、順調に森を進んでいたけれど、さすがに広範囲に渡って枯葉を風で巻き上げ続けるのはかなりの精神的な疲労感が蓄積し、集中力が途切れて来ていた。
やがて私の魔力が尽き果て、ひらりひらりと枯葉が舞い落ちていく。
私はひどい脱力感に襲われ、地面に膝を屈しそうになっていたところをステヴィアさんに支えられる。
「あとはお任せください」
ステヴィアさんは私の荷物を代わりに背負うと私の身体を抱え上げた。
「後方に竜の復元兆候。急ぐぞ」
私はステヴィアさんに抱え上げられた状態で、疲労困憊な身体に鞭打って進行方向とは逆に目を向ける。
すると空間がぐにゃりと歪みながら竜の姿へと変化しているところだった。
最終的に足手纏いになってしまった事実が悔しく、私は尽き果てた魔力を無理矢理振り絞って後方の枯葉を巻き上げようと魔法を行使した。
瞬間、私の視界はブラックアウトした。
意識を取り戻したとき、私はマットレスの上に横たわっていた。
見上げる天井は透けていて、星空が鮮やかだった。
「気が付かれましたか」
ひどい疲労感からか身体を動かすのはとても億劫で、声の方へ目だけを動かすとステヴィアさんが眉尻を下げて私を見守っていた。
すぐに返事をしようとしたけれど、身体が虚脱感に支配されていて声を発せなかった。
「あとはお任せくださいと言いましたのに。無茶をなさいましたね」
気を失った後、どうなったのか気になったけれどそれ以上に今は休息を取りたくて仕方がなかった。
「無事に竜の出現領域は抜けましたので、今はゆっくりとお休みください」
その言葉を耳にした私は安堵し、2・3度の深い呼吸の後にどうにか保っていた意識を手放した。
新規転生者追跡報告書
第1世界樹新世界観測所 特異体観察官ベルガモット
観察対象:革張 杏子
星幽領域の記憶を保持した対象は、人格容器への記憶転写から経過時間33日目にして封鎖エリアを脱出。
隣接居住区画への進行を継続、近日中に到達の見込み。
現状の報告は以上となります。
その後の動向に関しては追ってお知らせいたします。




