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第十四話 女友達

 

 週末、本殿のある『葦原崗あしはらおか神社』に来て欲しい、と玲に呼び出され瑞希は高校から歩いて20分程の神社を訪れた。


 参拝ルートの道案内通りに進んでいると、スマートフォンが鳴った。玲からのライン電話の着信だった。


 「……玲?」

 『今どこら辺?』


 そう聞かれ、瑞希は辺りを見回した。


 「……えーと、タバコ屋が右にあって、その横に角のお饅頭屋さんがあるとこ」

 『じゃあ、その角右に曲がって』

 「え?でも、神社の方角は左って看板あるけど……」

 『そっちは参拝客用のルートだから、うちのある裏に回って。迎えに行くから』


 そこまで一方的に言うと、玲は瑞希が何かを返事する前に電話を切った。


 「……何だこいつ。強引なヤツだな……」


 瑞希は呆れつつも、玲に言われた通りに角を右に曲がった。


 それから3分程歩いただろうか、前方からスラっとしたスレンダーな少女が歩いて来た。


 真っ直ぐでサラサラな腰まである髪に、リボンのついた丸襟のシャツとワイン色のニット、デニムのミニをサスペンダーで吊り、ニーソックスを合わせた姿は彼女のスタイルの良さを余すことなく見せびらかしていた。


 (わ……!美少女!……すごいなー、同い年くらいに見えるのにこんなにアカ抜けてる子っているんだな……モデルかなんかかな?)


 そんなことを考えながら、瑞希はその少女とすれ違おうとした。が、その少女が突然瑞希の腕を掴み、引っ張って来た。


 「瑞希、こっちこっち」

 「は!?……え、あの、どちら様……」

 「……はぁ?」


 その少女は戸惑う瑞希の顔をまじまじと見て……爆笑した。


 「アハハっ……ヤダー!アンタ、マジで気付いてない訳!?アタシよアタシ!」

 「???」


 そう言われ、瑞希はその少女をじっと見つめてみた。クラスの女子……ではないし、中学校や小学校の同級生でもなさそうだ。


 やや面食らいつつ少女の顔を眺め、その口元、顎の辺りにあるほくろを見つけ、瑞希はあんぐり、と口を開けた。

 

 「……まさか……玲!?」

 「やだもう!もっと早く気付いてよ!」


 そう得意げにケラケラと笑う仕草は女の子そのものだった。


 「なっ……じょ、女装してんのかよ!!えっ、これって、ウィッグ!?」

 「そうよー。それに目を大きくするコンタクトもしてんのよ。ど?かわいーでしょ?」

 「か、可愛い……けど、この服、マジもん?」


 上から下まで眺めても、全く違和感がない。瑞希を出し抜けたことに、玲は嬉しそうにくるりとターンをして見せた。


 「当たり前でしょー!メイクもしてるわよ」

 「すげー……うちのクラスの女子より上手だな……。てか、脚とかどーしてんの?」

 「そりゃ、剃ってるわよムダ毛は。アンタも剃りゃいーのよ、嫌でしょボーボーの脇とか、脛とか!」


 確かに男の体になって嫌悪感を感じるものの一つに毛深さがあった。同学年の男子に比べたらまだ薄い方だが、男になる前の自分の体とは比べるべくもない。


 「……でもあたし、まだこの体を直視出来ないんだよ……」

 「ま、ついてるモンついてるでしょーしね。それより!前から気になってたんだけど、アンタ、女の時からその喋り方な訳!?完全男じゃん!!もっとお淑やかに喋れないの!?」

 「う……、だっ、だってこれがあたしの地だし……!」

 「駄目よ、そういうがさつなとこも直していかなきゃ!それじゃ、もし女の体に戻れたとしてもカレシの一人も出来ないわよ!」


 詰め寄られ、瑞希はたじたじ、となった。確かに、今目の前にいる玲は、素の自分と比べても100倍は女の子らしい。


 「ま、いいわ。今日はアンタのお祓いに呼んでるんだしね。女に戻ったらアタシが自ら色々レクチャーしてあげるわよ♡」

 

 そう不敵に笑った玲の目が妖しく輝くのを見て、瑞希は助けを求める相手を間違えたんじゃ、と冷や汗をかく自分を否定出来なかった。



 ―――玲に連れられて、瑞希は神社の裏門から神職者や斎家の人間が出入りする奥殿に入って行った。


 「おや、玲さん珍しいですね、お客さんですか?」


 途中袴姿の30前後の若い男が玲に話しかけて来た。どうやら神職者の一人のようだ。見慣れているのか、玲の女装姿にも全く動じた様子はない。


 「そうなの、夏目さん。今日はこの子のお祓いで道場使うから。あと、夏目さんにも少し手伝ってもらいたいんだけど」

 「なるほど。分かりました」


 そう言うと、夏目と呼ばれたその若い男は一度顎に手を掛け考え込んだ後頷き、一礼して奥に引っ込んで行ってしまった。


 「あの人は、うちの禰宜ねぎで事務から人事から広報から全部取り仕切ってくれているの。あ、そうそううちらの養護教諭の夏目先生の旦那さんよ」

 「え!?そ、そうなんだ!!」

 「そーなの、あの人の奥さんがアタシの事情を知ってくれてるお陰で体育の時とか上手く匿ってくれてるのよねーほら、嫌じゃん汗臭いヤローどもと体育とかすんの。水泳とかマジ最悪だし」

 「なるほど……」


 どうりで玲の保健室出没率が高い訳だ、と瑞希は妙に納得してしまった。


 その時、ふと遠方から厳しい視線を感じ、瑞希は思わず辺りを見回した。


 (なに……?あのおじさん、こっちを睨んでる……)


 中庭を挟んだ反対側の棟の外廊下に姿勢よく佇む、4、50代の痩身の男がいた。夏目と同じように袴姿だが、色が異なりより高位の神官だと瑞希でも分かった。


 「父さん……」

 「え!?」

 

 玲の呟きに瑞希は仰天した。玲の父と言う事は、この神社の最高責任者である神主であるはずだ。

 

 しかし、玲の父にしては身に纏う空気が重々しく、他を寄せ付けない厳格な印象だった。


 玲の父は、数秒ほどこちらを睨み付けていたが、とくに口を開くでもなくつい、と体を背けるとそのまま奥へと姿を消した。


 「……っはぁー!キンチョーした!やっばー父さんの前では女装姿見られないように気を付けてたんだけどナァ」

 「えっ!?おじさん知ってんの!?玲の悩み!」

 「……知ってるも何も、ウチはそれで両親離婚してんのよー。母親が3年前にお姉ちゃんと出てって、家族バラバラ、今じゃ全然親子でも会話もしないわよ」

 「……え」


 軽い口調に似合わない、深刻な家族の事情をあっさりと告白した玲に、瑞希は固まった。どう言葉をかけていいか分からない瑞希の様子に、玲は苦笑した。


 「ヤダ、そんな顔しないでよー!もう、慣れっこなんだから。アンタが気にすることじゃないのよ。さ、それより、さっさと始めるわよ」


 そう言うと、玲は瑞希を奥へと促した。


 「―――じゃ、準備して来るから、ここで待ってて」

 「こ、ここって……玲の部屋!?」

 「そうよーなんか文句ある?そんじょそこらの女子よりよっぽど綺麗にしてるでしょ?」


 瑞希は通された部屋を見回して、目を丸くした。


 元々は和室だったのだろうが、洋風にアレンジされており明るい色合いのカーテンに、ラグが敷かれ、奥に置かれたベッドにも可愛らしいクッションがいくつも並んでいる。それよりも瑞希が驚いたのは、ずらりと複数のポールハンガーに掛けられている女物の洋服と、窓際のデスクに置かれた化粧品の数々だった。


 「すげー量……これ全部玲の?」

 「そりゃそうでしょ、この家にアタシの他にこういう服を着る人間がいると思う?」

 「思わない……」


 苦笑いをしつつ、瑞希はポールハンガーに掛けられているワンピースに触れてみた。手触りのいい、さらりとした感触が伝わって来た。


 (可愛い服……部屋も、女の時のあたしの部屋より、ずっと……)


 「……凄いな……お前ってほんとに中身女なんだな」


 瑞希は改めて玲の姿を見る。どこからどう見ても普通の、いや普通以上に綺麗な女の子だと思った。


 瑞希はふ、と口の端を上げて笑った。


 「尊敬するよ……お前は、努力してんだ。それに比べて、あたしなんてキャラもブレブレで……ほんとは自分がどうしたかったのかも見失ってた」

 「……!」


 瑞希の言葉に、玲は目を瞠った。真剣な表情の瑞希に、からかう気持ちはとうに失せていた。

 

 「あたしが男に変わる直前にさ、クラスの女子があたしに化粧とか、ファッションとか教えてくれようとしたんだ。……恥ずかしい話だけど、女の時もあたし全然そういうの疎くて、手入れも何もしたことないし、髪も短くて……フツーにしてても男に見られること多くてさ。最初は悠人との友達関係を変えたくなくて男みたいに振舞ってたんだけど、いつからかそこから抜け出せなくなってって、女らしくすることが自分の中でタブーみたいになって行ってたんだ。悠人に振られて男っぽく振舞う理由が無くなって、女子とも関われるようになって、そういうコンプレックスからもようやく抜け出すチャンスが出来ていたのに、あたし……自分でそれをぶち壊したんだよな」


 語っている内に改めて込み上げて来た馬鹿馬鹿しさに、瑞希は乾いた笑いを漏らした。玲はそれを神妙な表情で見つめている。


 「……瑞希」


 ワンピースを掴んでいる手の甲にぽつ、と一滴涙が落ちた。


 「……もっと、お前みたいに努力すれば良かったんだ。最初っから投げ出さないで、ちゃんと自分の弱さに向き合っていればきっと……!」

 

 グイっと乱暴に手の甲で涙を拭った瑞希の肩に、ふわっとなにか温かいものが包みこむ感触があった。


 「遅くないよ……女の子に戻って、全部やりなおそ。アタシが教えてあげる、メイクも、おしゃれの仕方も」

 「玲……」

 「大丈夫よ、もう、いいのよ。無理に男にならなくても。ありのままのアンタを皆受け入れてくれるから」

 「……っ」


 瑞希は肩に回された玲の腕にしがみ付いて、嗚咽を漏らした。見た目は華奢な女の子そのものなのに、玲の腕は意外なほど力強い。それが頑なだった瑞希の心をより脆くさせた。


 「大丈夫、アタシがアンタを女の子に戻してあげるからね。そしたら女同士、カフェに行ったり、買い物したり、いっぱい遊ぼうね」

 「うん……っ!」


 幼子のように肩を震わせる瑞希の背中を優しく撫でながら、玲は胸に温かなものが広がって行くのを感じていた。


 (瑞希……アタシを可愛いって言ってくれた。尊敬するって言ってくれた。……ありのままの『アタシ』を受け入れてくれた……初めての『女友達』……)


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