PHASE1:絶望の戦場
地上へと続く最後のハッチを突き破り、デサピアは地上へと到達する。浩介は視認で六機の敵FTを確認する。それに続くようにデサピアも状況を報告する。
「敵FTを確認、データ照合。BR-S96『ゾベーズ』です」
浩介の記憶にある『ゾベーズ』は世界で最も多く配備されている型のFTだ。固定武器は無く、主武装は主にライフルかショットガン。ライフルを装備して狙撃にも使える汎用型だ。
敵は突然の正体不明FTの出現に混乱しているようだった。敵を殲滅するのなら今が好機だとデサピアは言う。しかし、それができない。何故なら浩介はFTを操縦した事は今までに無い。すなわち、何処をどうしていいのかさっぱり分からなかった。
先手を打ったのは、ゾベーズの小隊だった。どうやら、敵だとみなしたようで攻撃を開始する。この状況で突然現れた正体不明FTを味方だと思う能天気なテロ組織などいないということだ。
ろくに回避行動も出来ないまま、敵の砲撃が機体に全弾命中する。普通のFTなら大破するところだが、デサピアには傷一つついていない。だが、機体は無事でも中の浩介は無事ではなかった。攻撃の直撃による衝撃と、機体が倒れた時の衝撃で浩介の意識は飛んでいた。
「装甲に軽度の損傷。戦闘に問題なし。反撃を推奨します」
コクピットの中にデサピアの言葉とアラーム音だけが、響き渡る。同じ言葉を繰り返していたデサピアがやがて言葉を変えた。
「搭乗者の返答無しにより、搭乗者の安全を最優先。システム戦闘モード『DESPAIR』で再起動開始」
都心より離れた住宅街で突然のFTによる襲撃。住民は混乱の中でも必死に生き延びようと逃げようとしていた。そんな様子を無視して六機のゾベージはデサピアへの再度攻撃をしようと銃口を向ける。
「よろしいのですか? あれは我々の奪取目的では?」
「仕方が無かろう。あの機体には既に搭乗者がいるようだ、奪取が無理ならば破壊するしかない。全機ありったけの残弾を奴に打ち込め! この国の軍が動く前に脱出するぞ!」
六機のゾベージがデサピアの周りを取り囲み、砲撃を打ち込もうとするが、それよりも早くデサピアが動き出した。
大型のスラスターを展開させ、ライフルの砲火をものともせずに一機のゾベージの頭部を掴み持ち上げ、ゾベージを敵に向かって投げる。ゾベージ同士がぶつかり合い、大破する。
「こいつ、先程とは動きが!? だが、敵は一機だ。全機取り囲んで奴を撃破しろ!」
デサピアはブースターを展開させ、空中に跳躍する。現代の技術のFTにはそんな真似は到底出来ないはずだが、デサピアは跳躍し、空中から両肩のミサイルポットを開き、ミサイルを発射した。
雨嵐のように降り注ぐミサイルを回避できたのは、ゾベージ小隊の隊長機だけだった。その隊長機もデサピアに頭部を掴まれ、機体を持ち上げられていた。圧倒的な火力の差、機体の性能の差の前に”絶望”した瞬間だった。
デサピアの両脇から上部へと砲台がスライドし、ミサイルポットの横に固定される。持ち上げたゾベージのコクピットに照準を合わせ、両肩に固定したグレネードランチャーを打ち込み、爆発する。
「敵、全機殲滅。新たな機影を六時方向に確認殲滅する」
腰についているレールガンを解放し、両腕でトリガーを支える。両肩のグレネードと両腰のレールガンに続き、残っていたミサイルも一斉に発射させる。
戦闘地帯から二十キロほど離れた場所にいたFTにデサピアの砲火が襲い掛かってくる。真っ白なFTは翼の形状をしたシールドを背後から展開させ、機体を護る。
「αポイントA-23にまで後退する」
デサピアが攻撃の手を止めたのは、単に弾が尽きたからではない。遠く離れたFTよりも近くにいるFTの方が自分にとって危険度が高いと判断したからだった。
浩介の家から脱出し、ゾベージを破壊する気で学校の裏山から出撃した、FT『ノーチェアス』の搭乗者である花菜は惨状を見て背筋が凍っていた。
六機のFTを破壊したにも関わらずに、デサピアには何の損傷も無い。明らかに普通のFTとは次元が違う性能だと分かる。
「未確認FTを確認。データ照合、機密事項A-3の新型機『ノーチェアス』と確認。危険と認識し、排除する」
武装の弾薬がほとんど尽きたために、左脇のグレネードの横に装備されている大型の大剣を引き抜き、スラスターを展開させ一気に間合いを詰める。
「私は敵じゃない」
通信を入れても返事が返ってこない。仕方なくノーチェアスの右腕に装備されているライフルを構え、発射する。胸部に直撃したがデサピアの装甲を貫く事も出来ず、デサピアを怯ますことも出来ない。続いて二発三発と撃ち込むが効果は無かった。
デサピアの攻撃範囲内に入れられる前にブースターを展開し、後退する。デサピアよりも機動性で上回っているノーチェアスは回避に専念した。わずかに残っているデサピアのグレネードやレールガンを全て回避し、通信を入れ続ける。
「今すぐ攻撃を止めなさい! 一体どれだけの被害が・・・!?」
デサピアの姿がレーダーばかりか、目の前からも消えた。辺りを見回してみても姿を確認できない。周りに注意を払いながら、移動しようとした瞬間にノーチェアスの左腕が地面に落ちる。
アラームが鳴り響き、咄嗟に花菜は左側を確認する。そこには真っ黒に染色され、右腕に大きな剣を持ったデサピアの姿があった。
何時の間にこれほどまでに接近されたのか、花菜は全く分からなかった。レーダーにも引っかかる事も無くどうやって。
目の前のデサピアが剣を向けてくる。コクピットを貫くつもりのようだ。徐々に大きくなっていく剣を前にして花菜は目を閉じた。
衝撃は襲っては来なかった。恐る恐る目を開けると、モニターの真前で止まっている剣があった。デサピアの頭部の目からは赤い輝きが失われていた。
「活動限界。予定よりも280秒ほど速い。修正の余地あり」
知らない部屋で、知らない天井を浩介は眺めていた。白く清潔感のある部屋は病院の一室を思わせる。ということはここは病院なのだろうか。
備え付けられているテレビのリモコンを操作し、電源をつけると声が聞こえ始め、何かの報道をしているようだった。次に上空からの映像がテレビに映し出された。そこで、浩介の脳裏に昨日の出来事が蘇った。
家の地下にあったあのFTに搭乗して、その後気を失って。気を失った後には何があったのだろうか。
大体の察しはつく、あの後六機のFTによって住宅街が破壊されたのだろう。そしてその六機のFTも花菜の乗るあのFTに破壊され、ここに連れて来られたと浩介は考えていた。
「よぉ〜、少年! 生きてるかね!?」
やたらハイテンションで部屋に入ってきたのは、中年の男だった。浩介はため息を吐きながら、テレビから男へと視線を向ける。
「久しぶり。父さん」
「いやぁ、今回の事件はびっくりだったもんだ。お前も大変だったな」
浩介の父親である、弥勒政人はテレビを見ながら呑気そうに言う。
「お前は元の生活に戻りなさい。新しい家はこちらで用意しておく」
「あの機体、デサピアは?」
「ふむぅ。あれはこちらで預からせてもらう」
預かるも何も、あの機体は元々研究の為に造ったはずではなかったのだろうか。少しの疑問を抱きながらも、それ以上追求することは無かった。
その日のうちに浩介は新しく住む家へと案内された。学校まで徒歩で少しの距離に広がっている住宅街に建っている一軒家だ。
見慣れた街の景色を。見慣れない家の部屋で眺めながら、浩介は事件のあった方角を見つめていた。テレビのニュースではあの事件はテロ支援国家との関係のあるテロリストの無差別テロだと発表されていた。
もう、この街が戦場になるなんてことは絶対にないと浩介は思う。いや、願いであると言ってもいいだろう。あの戦闘で大勢の人が死んでしまった。損害は少なくない。だが、戦闘の原因になったFTはもうここにはない。ここから遥か遠くに離れた山奥の軍の研究所に収まっている。テロリストでも何でも勝手にあの研究所を襲って山奥で戦闘でも何でもやればいいのだ。
浩介が新しい家で街を眺めている一方で、軍の研究所ではデサピアの解析が始まっていた。
「どうだ?」
「駄目ですね。あの機体に使われている全てのパーツが解析不能です」
「明らかに、現代の技術水準を遥かに上回っている機体ということか」
弥勒政人は整備員と一緒にパソコン画面を見つめていた。画面にはデサピアの立体映像とアンノウンの文字が映し出されていた。
「それにしても、妙なんです。あの機体の構造」
「何かあるのか?」
「これです見て下さい」
パソコンを操作し画面が切り替わる。そこに映し出されたのは機体の内部の構造だった。だが、その機体の内部構造をみると誰もが驚愕するだろう。
「あの機体の内部にもう一機のFTが収納されているのか?」
「ええ、それであのFTが通常よりもサイズが大きめなのは分かりますが、こんな機体どうしたって造れませんよ」
「一体誰が造ったというんだ? この機体は」
政人が見つめる先には、整備員や研究員に解析されている一機のFTがあった。そのFTの名称はUN-00”デサピア”製作者は不明。
倒壊した家。なぎ倒された電信柱。浩介は戦闘があった立ち入り禁止区域に足を踏み入れていた。見慣れているはずの道は、今までに通った事のない初めて通る道に思えた。
浩介は自分が過ごした家を通り過ぎて、ひたすらに歩いていた。何処に行こうとも考えていない。ただ、歩いているだけだった。
破壊された小学校の前を通り過ぎる時に、ふと足を止めた。倒壊した校舎がありその手前には校舎の残骸が散らばっている校庭がある。その校庭の中心に人が立っていた。
花を添えるのでも、死者を弔うのでもなく、ただ立っている人がいた。夜も遅く、満月ではあるものの街灯が破壊され、辺りも暗いというのに小学校の校庭の中心に立っている少女を浩介は見つめていた。
ふいに少女が振り返り、浩介と目が合った。浩介は一瞬ためらったが、そのまま立ち去るのもなんだが気が退けたので、声を掛けた。
「何を見てたんですか?」
返答は無い。聞こえなかったのかと思いもう一度言おうと息を吸い込んだ瞬間に、
「死んだ人」
少女が答えた。
浩介はどう答えていいのか分からず、吸い込んだ息を肺に留めていた。やっとの事で声に出来た言葉は無神経なものだと浩介も思う。だが、この場ではそれしか浮かんでこなかった。
「あの事件で、知ってる人が死んだ・・・・の?」
首を横に振る。どうやら知っている人が死んだわけではなさそうだった。だが、やはり先程の答えは何かがおかしいと思う。もしかしたら死んだ人の幽霊がこの辺をさまよっていて、
そんなわけあるかと浩介は思う。浩介はUFOは信じるが、幽霊は信じない主義だ。
「名前は? 君の」
「・・シオン」
「しおん? 詩に音って書くのかな?」
昔近所に住んでいた少女がそんな名前だったから。少女は否定も肯定もしなかった。そこで会話が途切れそうだったので、浩介はすかさず自分の名前を言う。
「おれは弥勒浩介」
少女が何かを言おうとしたが、言わなかった。その代わりに後ろが明るくなり振り返ると、道路に一台の車が止まっていた。車から降りたスーツ姿の男は後部座席のドアを開ける。
浩介の隣を少女が通り過ぎて行き、車に乗り込むとそのまま車は走り去っていく。一人残された真っ暗な校庭で浩介は空を仰いだ。
次の日に学校に登校すると少しの騒ぎが起こった。どうやら、FT襲撃の現場が浩介の家の近くであり、なおかつ連絡も無しに一週間も学校を休んだため、死亡したと思われていたようだ。とりわけ岡本一徳が幽霊が出たと騒いでいた。
一週間ぶりの学校は何処か新鮮だった。その理由の大半は、クラスに既に溶け込み、様々なアホな発言をしている浅本花菜にあると思うが。
浅本花菜は浩介が休んでいる間も律儀に学校に通い続け、初日に言った爆弾発言とその後の行動についてかなりのでまかせでごまかし、その後は普通に学校生活をしてきたらしい。
二限目が終わり、休み時間が終わり、三限目の英語の教科書を机の上に置こうと取り出すと、何故か英語の教科の先生ではなく、担任の先生が入ってきた。
クラスの生徒全員が不思議がっている中で、担任で世界史担当の石橋明正ちなみに野球部顧問が説明を始める。
「え〜、一週間前に転入生が来たばかりだが、実は今日も転入生が来る事になった」
説明終了。生徒のささやき声が聞こえる「まじで?」とか「そんなことあるんだ」とか「普通は他のクラスじゃね?」とか。一番最後の意見に対しては、なんで他のクラスになんだよと反論の声も合った。そう反論したのはクラス一変な事を考える天才、森長陽介である。
そんなささやきあいの中で、教室に入ってきたのは少女だった。森長やその他の男子生徒が一斉に身を乗り出す。女子生徒は少なからずがっかりしているようだった。今度こそはカッコイイ男子が来て欲しかったとでも言いたげそうである。
石橋が転校生の事を説明していた。一徳が浩介の肩を叩きながら何かを言っていた。だが、それらは浩介の耳には届いていなかった。
黒板には綺麗な字で「河嶋詩音」と書かれており、石橋の隣には昨日の夜に校庭に立って校舎を、いや、幽霊を見ていた少女が立っていた。
「河嶋、詩音・・・です」
少女の声だけが、浩介にははっきりと届いた。




