ハイorロー②
開け放たれる扉の音と僕の呆れた声。
それによってようやく僕の入室に気づいた二人の反応は、じつに対照的なものだった。
茶髪の髪を肩口で揃えた女子生徒――鳳呉羽は、僕の登場に気づくやいなや、手にもっていたクッキーを素早く後ろに隠すも、机の上に散乱したゴミの山を見つめ「やばっ」と小さく呟くと、あわてて自身の身体で覆い隠した。
一方で、坂神くんはというと、彼にいたってはもはや隠すつもりもなく、またその必要もないのだろう。彼ご自慢の金色に染め上げた髪が跳ね上がる勢いで飛び起きると、僕の方へと駆け寄ってきた。
「やぁやぁ、ずいぶんと遅かったじゃないかぁ!優利くぅん!今日はもう来ないのかと、俺がどれだけ寂しかったのか君に分かるかい?いや、わからないだろう! はっ!まさかこれが焦らしプレイというやつか?何て高度な心理戦を仕掛けるというんだ、君はぁ!」
「落ちついてください、坂神くん。それにたぶん、一部言葉の用法を間違えています。今日僕が遅れたのは先生の手伝いをしていたからで、他に意図はありません」
大袈裟かつ冗長な口調で話す坂神くんをなんとか冷静にそう諭す。
さらには親愛のハグまで求めてきたが、それも丁寧に流した。さすがに自分よりも身長が高く体格のいい男子生徒に抱かれるのは、友情よりも恐怖が勝る。
がっくりと肩を落とす坂神くんを尻目に鳳さんに視線を向けると、後ろに回していたはずの手がいつの間にか前に来ており、握られていたクッキーだけがそこから消えていた。
「……鳳さん」
「な、何?どうしたの、夕月?そんな顔して。何かあったの?」
「さすがにそれは無理があるのでは?」
「……む、無理って……何が?…………ってか、遅かったじゃん、夕月。遅刻の理由は一応聞いたけど、謝罪は聞いてないんだけど?」
「そうですね、それに関しては僕の明確な落ち度ですので申し訳ありません。……しかし、何かあったの?というのはこちらのセリフでは?」
「……ん?…………え、えっーと、それはこのお菓子のことを言ってるのかな?」
僕は無言で頷く。鳳さんは忙しなく視線を動かしながらも、なんとか僕を言いくるめる方法を思索しているようだ。
「これは、その…………そう!友達にもらったんだよ、友達に。夏休みの旅行のお土産に、さ。で、みんなで食べようと思ったんだけど、夕月が遅かったから。先に食べちゃってて。ごめんね?」
「旅行のお土産、ですか。小分けにされた一つならともかく、クッキー缶の箱ごと、ですか?それに夏休みが開けてからかなりの日にちが経っていますが」
「そ、れは…………あの子、結構ズボラなところがあるからさ。それに、私はクラスでも人気者っていうか?あの子からしてみれば、私はそれほどの存在だった、ってことだよね」
胸を張って自慢気にしてみせる鳳さん。
その役者っぷりには酷だが、僕は切り札を切ることにする。
「その棚の中に、部長から預かっている領収書があります。そして購入したクッキー缶の名称とそのメーカーも。もし、保管している場所にそれが無ければ、そのクッキー缶を見せてもらうことになりますが……」
「……すみませんでした」
降伏の白旗とでも言いたげに、手をヒラヒラと振る鳳さん。これで少しはしおらしくなるか、と思ったのもつかの間、むしろ逆効果だったようで今度は趣向を変えて反撃に打ってでるようだ。
「……ってか、別に責めるわけじゃないけどさ。夕月が遅かったのが悪いんじゃん?夕月がもっと早くきてくれてたら、私も魔が差すことはなかったし、このクッキーも、罪を被ることはなかったし。それに私、クッキーあんまり食べてないしね」
「ん?たしか俺が食べたクッキーは優利くんの分も考慮し、三つ。だが、机の上にあるゴミは全部で九つ。俺の計算が正しければ俺の二倍食べていることになるが?」
「なっっんで、それを言っちゃうのよ!あんたは!言わなきゃバレなかったのに。それに、あんたも食べてるからね、クッキー。五十歩百歩って言葉知らないの?」
「数にたいした意味がないからこそ、罪が重くなるのでは?」
劣勢に開き直りで対抗しようとした鳳さんの健闘も空しく、最後に付け足した一言が仇となる。
坂神くんの事実をもとにした追及に言い逃れることはできず、完全に打つ手をなくした鳳さんは今度こそ完全に沈黙した。
それが、たとえ表面的なものであったとしても、ひとまずこの問答は決着を迎えたということで、判断していいだろう。それに事が起こってしまった以上、優先するべきは部長に発覚する前に内々で処理しきってしまうことだ。
「だって……だって、クッキーが食べて欲しそうにしてたんだもん……」と、うわ言のように呟く鳳さんを横目にクッキー缶の中を覗き見る。
残りは少ないが、分けられない数ではない。
「まぁ、二人ともこうして反省している……かどうかは定かではありませんが、過ぎたことは仕方がありません。ここは水に流すとしましょう。それにちょうど、いい時間ですからね。残りは均等に分けて紅茶でも淹れましょうか」
「賛成!私コーヒーがいい。ミルク多めのやつ」
先ほどまで顔を下げていたはずの鳳さんが息を吹き返えしたかのように、にこやかに応えた。
「坂神くんは?」
「俺は、優利くんと同じものを頂こうか」
「分かりました。すぐに淹れますね」
二人の要望を受けて、部屋の窓際に設置された電気ケトルのスイッチを入れ、隣に据え付けられたウォーターサーバーから汲んだ天然水を注ぐ。
やがて、静かな駆動音とともにケトルが小さく熱を帯び始めた。
湯が沸くまで、およそ二分。
そのわずかな待ち時間の中で、今日はどれを淹れようかと思案するひとときこそ、僕にとって最も幸福な一時だ。
傾き始めた西日が窓から差し込み、古びた室内を淡く橙色に染め上げている。
その光の中で、鳳さんは懲りる様子もなく新しいクッキーへ手を伸ばし、坂神くんはそんな様子を眺めながらスマホを弄っていた。
騒がしいようでいて、どこか緩慢で。
呆れるほど自由なのに、不思議と居心地は悪くない。
耳を澄ませば、遠くから運動部の掛け声が微かに聞こえてくる。
時折吹き込む風がカーテンを揺らし、それに合わせるように、菓子のこうばしい香りがふわりと鼻を掠めた。
そんな、取り立てて特別でもない放課後の一時。
――ふいに、勢いよく扉が開け放たれた。
「ゲーム部って、ここであってるよね⁉ちょっと聞いてほしい話があるんだけど!」
弛緩した室内に、怒気を孕んだ声が殴り込むように飛び込んだ。
開け放たれ扉の先。
そこに立っていたのは一組の男女だった。
苛立った口調やきつく寄せられた眉間の皺から、怒りを隠そうともしない女子生徒に対して、隣に立つ男子生徒は気まずそうに室内を一瞥しただけで、彼女を宥めることもなく口を閉ざし続けている。
一見するとまるで対照的な二人組。
だが、そんな二人が揃ってこのゲーム部を訪れたということは、二人の間に共通する問題が存在するということに他ならない。
ゲーム部の理念。その第一条を想起する。
「この学園で起こるすべての問題は、ゲーム部主導のもとゲームによって調停・解決されなければならない」
それに従うのならば、彼ら彼女らのもつ問題もまたゲーム部が調停し、解決すべきものだ。
だから、為すべきことは最初から決まっている。
こちらに視線を向ける二人に対して、僕も努めて柔らかな視線を交わし、そして問う。
「お二人は何を飲まれますか?」
直後、湯が沸いたことを知らせる電子音が、ポンッ、と穏やかに弾けた。




