笑顔の〘ただいま!〙
「こちらこそ……ありがとうございました」
直属の上司は
そう言って、軽く頭を下げた。
そして
「正直ですね
本当は……辞めてほしくないです」
そう、静かに続ける。
「どの人とも、ちゃんと仲良くやってくれて
明るくて、一生懸命で、真面目で
仕事にも、ちゃんと向き合ってくれる」
そこまで言ってから
直属の上司は
ゆっくりと立ち上がった。
その空気につられるように
私も、立ち上がる。
そして、続きを待った。
直属の上司は
少しだけ視線を落としてから
静かに言った。
「……あまり言ってはいけないんでしょうけど
前の会社は……
惜しい人材を手放したなって思いました」
その言葉に
私は、思わず息を止めた。
「……でも」
直属の上司は
少しだけ笑って続ける。
「うちとしては……
来ていただけて、本当に良かったですし
次に、あなたを採用する会社が
羨ましくて仕方ないですよ」
直属の上司の言葉に
思わず……
涙腺が、ぶわっと緩みそうになった。
でも、私はそれをグッと堪える。
「……ありがとうございます
おかげで……やっと、前へ進めそうです」
そう言って
改めて、直属の上司の目をしっかり見た。
「本当に……本当に、お世話になりました
ありがとう……ございました!」
深く頭を下げる。
すると、直属の上司も
「こちらこそです
ありがとうございました」
そう言って
一緒に頭を下げてくれた。
そして、私は事務所を出る。
静まり返った現場を横目に見ながら
ゆっくりと、車へ向かった。
「うわっ……綺麗」
外へ出た瞬間
思わず、そんな言葉が漏れた。
見上げた空には
雲ひとつない、スッキリと晴れた
綺麗な青空が広がっていた。
きっと
今までも
こんな青空の日は、何度もあったはずなのに
何故だか、もう何年も
見ていなかったような気がした。
車へ乗り込み
私は、大きく深呼吸をした。
そして……
「さーてと……帰るか~」
そう呟いて
エンジンをかける。
走り出した道は
いつもと同じ帰り道。
見える景色も
いつもと、何も変わらない。
それなのに、何故だか
いつもより少し違って見える。
対向車も
流れていく街並みも
その全部が
今までとは、少し違う景色に見えた。
家の駐車場へ着くと
旦那が、玄関を掃いていた。
私に気付くと
「お!お帰り~」
そう、いつも通りの声が飛んでくる。
「ただいま!!」
私も、いつもより少し大きな声で返した。
そして
いつもより軽い足取りで
いつもより、自然な笑顔で
私は、家の中へ入った。




