リアル・ダンジョン
ツチヤ(49)は、重い足取りで○○総合病院のロビーに立っていた。
ここは「城」などではない。消毒液の匂いと、病的な静寂が支配する、現実という名の冷徹なダンジョンだ。
「……あ、ITの……ツチヤです。宮川に言われて、システムの修正に伺いました」
ナースステーションの受付で声をかける。すると、一人の看護師が振り返った。
その名札には、はっきりと『樹々(じゅじゅ)』と書かれている。
「……あ、あなたが、ツチヤさん?」
振り返った彼女は、スマホのアイコンのような可愛らしい少女ではなかった。目の下にクマを作り、獲物を値踏みするような鋭い目つきをした、30代後半の女性だ。
彼女はツチヤを一瞥すると、周囲に聞こえないような低い声で囁いた。
「昨日の……『城に来い』ってメッセージ、驚いたよ。……『しゃけ』さん」
ツチヤは心臓が口から飛び出しそうになった。
「な、なんで……」
「宮川さんから聞いてるの。あんたがゲームで数百万も注ぎ込んでる『上客』だってこと。……ちょうどよかった。この病院のシステム、わざとバグらせておいたから。適当に工数(時間)かけて、裏で私に『特別手当』回してよ。……あんた、ヒトミにはあんなに貢いでるんだもん。私にも、それくらいできるよね?」
(……ジュジュ。お前もか……)
ゲームの中の、無邪気で「お金なんていらない」と言っていた天使。その正体は、宮川と繋がってツチヤの資産を剥ぎ取ろうとする、現実の欲深なハイエナだった。
ツチヤは、脂汗を流しながらノートPCを開く。
宮川、ジュジュ……。全員が、俺という養分を吸い尽くそうとしている。
唯一の救いであるはずのスマホゲーも、今や彼らにとっての「集金カタログ」でしかない。
その時、ツチヤのスマホが震えた。サキちゃんからのSNSだ。
『ツチヤさん、大丈夫ですか? 宮川さんが、ツチヤさんの失敗を部長に報告しようとしています。……私、できるだけ止めてみますけど……』
サキちゃんの優しさが、今のツチヤには痛すぎた。
「……死ね。……宮川、死ね……。ジュジュ、お前も……消えろ……」
小声で呪詛を吐きながら、ツチヤは必死にキーボードを叩く。
だが、その時。ツチヤの目に、あるログが飛び込んできた。
病院のシステムを操作している「管理権限」のアクセス元――。
それは、宮川の端末であり、同時にゲーム内で『ヒトミ』がログインしているIPアドレスと一致していた。
(……え? ……まさか……)
疑惑が、確信に変わる。
宮川は、ヒトミとしてツチヤから金を巻き上げているだけじゃない。
この病院のシステムトラブルそのものを演出し、ジュジュ(看護師)と共謀して、ツチヤを社会的に抹殺し、退職金まで毟り取ろうとしているのだ。
「……ふざけるな……。ふざけるなよ……!!」
ツチヤの中で、何かが弾けた。
49年間、ただ耐えて、酒を飲んで、夢を見て逃げてきた男の心に、初めて殺意に近い「怒り」が灯る。
(……全部、壊してやる。……宮川も、この偽物のジュジュも、俺を馬鹿にするこのセカイも……全部デバッグして消してやる!!)
ツチヤは、鞄に忍ばせていた日本酒の小瓶を、一気に煽った。
喉を焼くアルコール。
視界が歪み、現実の病棟が、ゲームの魔王城と重なり始める。
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【勇者しゃけ:覚醒】
【リミッター解除。……現実世界のコードを書き換えます】
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