プロローグ:三つのセカイ、三人の女
「……おい、ツチヤ。聞こえてんのかよ。このソース、0か1かも分からねえゴミだな。49にもなってこんなもんしか書けねえのかよ。死ねよマジで」
粘着質な声が、蛍光灯の下で震える俺の背中に突き刺さる。俺――ツチヤ(49)は、油ぎったキーボードを叩く手を止め、深く腰を折った。
「……申し訳ありません、宮川さん。すぐ直します」
「修正、修正って、お前の人生そのものが修正対象なんだよ。派遣の分際で工数食い潰しやがって。ボケが」
宮川が俺の肩を小突く。五十肩に響く痛みに顔を歪めたが、謝罪以外の言葉は飲み込んだ。
(死ね。宮川。お前が死ね。……いや、この会社も、このコードも、俺の人生も、全部まとめて消えてなくなれ。死ね死ね死ね……)
そんなドブ色の思考を浄化したのは、職場の女神・サキちゃんの声だった。
「宮川さん、その辺にしてください。ツチヤさん、昨夜も遅くまで頑張ってましたから」
サキちゃんは、俺のようなドブネズミにも、唯一「さん」付けで呼んでくれる正社員のマドンナだ。
「サキさん、甘いんだよ。こういう無能は甘やかすとつけ上がるんだ」
宮川は吐き捨てて去っていった。
サキちゃんが俺の席に歩み寄り、困ったように微笑む。
「ツチヤさん、あまり無理しないでくださいね? ……はい、これ。内緒ですよ」
差し出されたのは、一本のチョコレート。
「あ、あ……ありがとうございます、サキさん」
(好きだ。……本当は、サキちゃんの前では『勇者』でいたいのに)
だが、現実は無残だ。独身、子なし、派遣切り寸前。
そんな俺を支えるのは、『第二のセカイ』――スマホの中にいる二人のヒロインだ。
昼休み、俺はスマホを取り出し、ログインする。
「しゃけ様ぁ! 待ってたんですよぉ!」
「騎士様、お疲れ様です。……ふふ、お顔が見られて嬉しいです」
画面の中で、俺が数十万、数百万を貢いだヒロイン、ジュジュとヒトミが俺を全肯定してくれる。
もしかするともっとかもしれないが、それは考えたくないし、考えないようにする。
そして、画面の向こうにいるのは、AIか、あるいはネカマのおっさんかもしれない。
そんなことはどうでもいい。俺を肯定してくれるなら、嘘でも、金で買った関係でも構わない。
俺は、この『幻想』の騎士団長「しゃけ」なんだ。
仕事が終わり、駅前のスーパーで一番安い日本酒の紙パックを買い込む。
「……あー、美味い……。ツチヤなんて、死んじまえ……」
胃を焼くアルコールと共に、現実の俺を殺していく。
酔いが回り、視界が歪む。
俺は、意識的に**『第三のセカイ』**の扉を叩く。
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【勇者しゃけ:ログイン成功】
【夢の境界:サキ・ジュジュ・ヒトミ、三名同時に召喚】
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夢の中。
俺は白銀の鎧を纏った美青年「しゃけ」だ。
「しゃけ様ぁ! そのチョコ、私に食べさせてくださいっ!」
ジュジュが、現実でサキちゃんからもらったチョコをねだる。
「だめよジュジュ。しゃけ様は私と月を見る約束なんだから」
ヒトミが俺の首筋に顔を埋める。
そして、その奥で恥じらいながら俺を待っているのは――
「ツチヤさん……。いいえ、しゃけ様。……現実なんて、もういいじゃない。ずっと、ここで私と……」
現実では決して手の届かない、サキちゃんの顔をした聖女だった。
「……ああ。……俺に任せろ。ここなら、俺は……最強なんだ……」
しっちゃかめっちゃかな幸せの絶頂。
三人のヒロインが俺の腕を、心を、唇を奪い合う。
だが、その幸せはいつも、翌朝の「湿布の匂い」で無慈悲に終わる。
49歳、ツチヤ。
彼は今日も、偽物の愛と、本物の呪詛を抱えて、地獄へと踏み出していく。




