表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

プロローグ:三つのセカイ、三人の女

「……おい、ツチヤ。聞こえてんのかよ。このソース、0か1かも分からねえゴミだな。49にもなってこんなもんしか書けねえのかよ。死ねよマジで」


粘着質な声が、蛍光灯の下で震える俺の背中に突き刺さる。俺――ツチヤ(49)は、油ぎったキーボードを叩く手を止め、深く腰を折った。


「……申し訳ありません、宮川さん。すぐ直します」


「修正、修正って、お前の人生そのものが修正対象なんだよ。派遣の分際で工数食い潰しやがって。ボケが」


宮川が俺の肩を小突く。五十肩に響く痛みに顔を歪めたが、謝罪以外の言葉は飲み込んだ。


(死ね。宮川。お前が死ね。……いや、この会社も、このコードも、俺の人生も、全部まとめて消えてなくなれ。死ね死ね死ね……)


そんなドブ色の思考を浄化したのは、職場の女神・サキちゃんの声だった。


「宮川さん、その辺にしてください。ツチヤさん、昨夜も遅くまで頑張ってましたから」


サキちゃんは、俺のようなドブネズミにも、唯一「さん」付けで呼んでくれる正社員のマドンナだ。


「サキさん、甘いんだよ。こういう無能は甘やかすとつけ上がるんだ」


宮川は吐き捨てて去っていった。

サキちゃんが俺の席に歩み寄り、困ったように微笑む。


「ツチヤさん、あまり無理しないでくださいね? ……はい、これ。内緒ですよ」


差し出されたのは、一本のチョコレート。


「あ、あ……ありがとうございます、サキさん」

(好きだ。……本当は、サキちゃんの前では『勇者』でいたいのに)


だが、現実は無残だ。独身、子なし、派遣切り寸前。

そんな俺を支えるのは、『第二のセカイ』――スマホの中にいる二人のヒロインだ。


昼休み、俺はスマホを取り出し、ログインする。


「しゃけ様ぁ! 待ってたんですよぉ!」


「騎士様、お疲れ様です。……ふふ、お顔が見られて嬉しいです」


画面の中で、俺が数十万、数百万を貢いだヒロイン、ジュジュとヒトミが俺を全肯定してくれる。


もしかするともっとかもしれないが、それは考えたくないし、考えないようにする。

そして、画面の向こうにいるのは、AIか、あるいはネカマのおっさんかもしれない。


そんなことはどうでもいい。俺を肯定してくれるなら、嘘でも、金で買った関係でも構わない。


俺は、この『幻想アルカディア』の騎士団長「しゃけ」なんだ。


仕事が終わり、駅前のスーパーで一番安い日本酒の紙パックを買い込む。


「……あー、美味い……。ツチヤなんて、死んじまえ……」


胃を焼くアルコールと共に、現実の俺を殺していく。

酔いが回り、視界が歪む。


俺は、意識的に**『第三のセカイ』**の扉を叩く。


====================

【勇者しゃけ:ログイン成功】

【夢の境界:サキ・ジュジュ・ヒトミ、三名同時に召喚】

====================


夢の中。

俺は白銀の鎧を纏った美青年「しゃけ」だ。


「しゃけ様ぁ! そのチョコ、私に食べさせてくださいっ!」


ジュジュが、現実でサキちゃんからもらったチョコをねだる。


「だめよジュジュ。しゃけ様は私と月を見る約束なんだから」


ヒトミが俺の首筋に顔を埋める。

そして、その奥で恥じらいながら俺を待っているのは――


「ツチヤさん……。いいえ、しゃけ様。……現実なんて、もういいじゃない。ずっと、ここで私と……」


現実では決して手の届かない、サキちゃんの顔をした聖女だった。


「……ああ。……俺に任せろ。ここなら、俺は……最強なんだ……」


しっちゃかめっちゃかな幸せの絶頂。

三人のヒロインが俺の腕を、心を、唇を奪い合う。

だが、その幸せはいつも、翌朝の「湿布の匂い」で無慈悲に終わる。


49歳、ツチヤ。


彼は今日も、偽物の愛と、本物の呪詛を抱えて、地獄へと踏み出していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ