75 脱出ルート
「もらったぁ」
ドンは絶唱とともに突き出した剣先が、リドルの生き残りの首を落とす瞬間を見つめていた。
これでまた1つ手柄を立てて、出世できるだろうとにやりと笑みを浮かべた途端、小娘の右目が赤く光ったような気がすると、突然何か固い物にぶつかり体が弾き飛ばされた。
「うぉっ」
思わず声を出してしまったが、周囲の光景が回転して見えるので、自分が転げ回っているのが分かった。
そして後ろの壁に当たってようやく体が止まると、何が起こったのかと兜の吹返を上げて周囲を見まわした。
すると先ほどまで居なかったはずの、ゴーレム馬がいた。
「何故、地下牢にゴーレム馬が現れたんだ? まさか、小娘、これもお前の仕業か?」
ドンはそれまでの見下した態度を止め、生意気な小娘を本気で殺すことにした。
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ドンが突き出してきた剣がこちらに届く前に私はブレスレットの神黄石に触れて、ガイア様を呼び出していた。
ドンが呼び出されたガイア様にぶつかり弾き飛ばされた事で、私は危機を避ける事ができていた。
そしてドンが喚き散らしている所で、ガイア様がこちらを振り向いた。
「アリソンよ、あのやかましい男はなんだ?」
「何故、ゴーレムが喋るんだ? それもリドルの怪しげな魔法なのか?」
私が答えるより先にドンが大声で叫んだが、私もガイア様もそれを無視した。
「あの男はリドル一族の天敵です。今も私を殺そうとしています」
「そうか。分かった」
ガイア様がそう言うとドンに向き直り、殺気を飛ばしたようだ。
ドンは兜の吹返を下げ剣を垂直に構えると、ガイア様に向けて突進してきた。
ガイア様とドンがぶつかると物凄い轟音が響き、へし折られた剣先が私の傍まで飛んできた。
ガイア様の足元に黒鎧が転がっていたので、両者の激突の結果は明白だった。
「ガイア様?」
「アリソンよ、害獣は退治してやったぞ」
ガイア様の足元に倒れている男が自慢していた黒鎧はべっこりと凹んでいて、どう見ても致命傷を負っているように見えた。
「あ、ありがとうございます」
当面の危機が回避できたので、シリルとカーリーの様子を見る事にした。
カーリーは、肩から腰に掛けて切られていてかなりの重傷で意識の無かったが、治癒魔法をかけるとその傷跡も残さず綺麗に塞いでいた。
神眼を開いていると、私の能力もかなり高まるようね。
そしてシリルの方は意識はあるようだが、沢山の切り傷があり、中でも脇腹の傷はかなり深かった。
「今、治癒魔法を掛けますね」
「ああ、頼む」
そして治癒魔法を掛けると、シリルがじっと私を見つめてきた。
「リドル一族って何だ?」
カラスが大声でわめいていたので当然思う疑問よね。
でもカラスと敵対していたことから、この2人がカラスとは繋がりが無いのは証明されたとみて良いだろう。
「私の本名はアリソン・リドルです。リドル一族は、カラスから目の敵にされているのです」
「何故、狙われているんだ?」
「それは、私達がこの世界の真実を知っているからです」
「それを教えてはもらえないか?」
「それは、ここから無事脱出出来てからにしましょう」
私がそう言うと、シリルはじっと見つめ返してきたが、やがて「はぁ」とため息をついた。
「分かった。今最優先する事はここからの脱出だな。カーリー、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫です」
「その男の話では、水路側は敵兵が待ち構えているので、ロエルの町に逃げ込むのが良いと思います」
「それて、マーメイドはどうする?」
シリルに質問された私は、ガイア様に視線を移した。
「ガイア様、海の中を進む事は可能ですか?」
「む、海の中はモーフの領域だからなぁ。出来れば入りたくない」
「それでは海側にある2つの閘門を破壊して海水を水門に入れて頂けますか?」
「ふむ、それなら問題ないな」
私はじっとこちらを見ているカンカさんに向き直った。
「カンカさん、海側にある水路に海水を入れますからそこから逃げて下さい。それと水路の両側には敵がいるはずですから、出来るだけ深いところを一気に海まで駆け抜けて下さいね」
私が海側をさししめしてそう言うと、カンカさんは首を横にふった。
「その前に教えて、リドル一族というのは只の神話ではないの?」
「違うわ。実在するわよ」
何故か、カンカさんは目を見開いて驚いていた。
「そんな、お祖母ちゃんが話していた事が事実だったなんて」
だが、次の瞬間、カンカさんは私を睨んできた。
「それならどうしてこの地がこんな状態なの? リドル一族が神話じゃないのなら、この状態はおかしいでしょう?」
「それはアリソンが私の世話係だからだ」
カンカさんの問に答えたのは、ガイア様だった。
私はガイア様の発言に頷いた。
「私はアンスリウムの担当よ。つまりここに居らっしゃるガイア様のお世話をするのが役割なの」
まあ、実際はグロウ様のお世話もするので、今はアンスリウム専属ではないけどね。
「では、この地を担当するリドル一族は何故、何もしないの?」
「確実な事は言えないけど、カラス共に追い払われたか、根絶やしにされたのではないかしら」
「では、では、貴女なら、この状況を何とか出来るの?」
カンカさんは、どうやら祖母から神獣様とリドル一族の事を聞いていたようね。
これなら、協力してもらえる可能性がありそうね。
「可能性はあります。ただし、この地の環境を調整しているモーフ様の居場所が分かればという前提がつきますが」
前提を聞いたカンカさんの顔から希望の色が消えて行った。
「整理すると、アンスリウムの環境を整えている神様がガイア様で、モステラの環境を整えている神様がモーフ様という事なのね?」
「ええ、そうね。正確には神獣様だけど」
「なんて事なの。そのモーフ様は何処にいらっしゃるの?」
「私は、貴女達が聖なる島と呼んでいる場所ではないかと思っているわ」
カンカさんの目が大きく見開いた。
「すると、貴女を聖なる島に連れて行けば、ノームが消えて魔魚も出てこなくなるのという事?」
「その場所にモーフ様がいらっしゃればね」
カンカさんの顔に希望の色が浮かんだが、同時に絶望も浮かんでいた。
「でも、今ではその聖なる島にも行けなくなっているの」
「どういう意味?」
「その場所に行くには海底洞窟を通らなければならないのだけれど、そこは今魔魚の巣窟になっているの。それで商業ギルドで交易して魔魚に対抗するための武器を手に入れようとしたんだけど、私は捕まってしまったわ」
私達の会話を聞いていたシリルがこちらに近寄って来た。
「それなら商業ギルドマスターに事情を話して武器を用意してもらったらどうだ?」
「そうね。ねえ、カンカさん、私達は武器を用意するから貴女は里に戻って他の人達にこの状況を説明してくれるかしら」
「ええ、ノームが消えるのなら皆協力すると思うわ」
カンカさんの協力的になった姿を見て、モーフ様のお世話が出来そうだと感じた。
「それならカラス共に見つからずに、武器を渡す場所が必要ね」
私がそう言うと、カンカさんはちょっと考えていた。
「ロエルの町から少し離れたところに、人間達が双子岩と呼んでいる場所があるわ」
「それは商業ギルドのギルドマスターも知っているのかしら?」
「ええ、多分大丈夫だと思うわ」
「武器を準備してもらって、カンカさん達に渡すのに日数的にはどれだけ必要かしら?」
私がそう尋ねると、カンカさんはちょっと考え込んでいた。
「う~ん、私の方は1日あれば大丈夫だと思うわ」
するとあとはこちら側の問題ね。
私はシリルとカーリーと相談してみると、2人は多分2日あれば用意できるんじゃないかという結論だった。
「それじゃあ2日後の真夜中、双子岩で待ち合わせでどう?」
「分かったわ。でも、私はどうやって脱出すればいいの?」
カンカさんが自分の体を見ながら、そう尋ねてきた。
「ああ、それは私に、いえ、厳密にいえばガイア様にお願いするわ」
私がそう言うと、ガイア様は得意そうな顔をしていた。
「ははは、私に任せておけば問題ないぞ」
うん、ここは機嫌の良いガイア様に協力してもらいましょう。




