プロローグ:親方の"自信作"と、不穏な(?)予感
セレネフィアに穏やかな初夏が訪れた頃。家具職人のゴードンは、工房で何やら難しい顔をして、一つの椅子と向き合っていた。それは、彼が長年の経験と知識、そして職人としての魂を注ぎ込んで作り上げた、「究極の椅子」とでも言うべき自信作だった。
「ふん……これなら、どんな頑固な腰痛持ちでも、座った瞬間に極楽気分だろうて……」
最高の座り心地を追求するあまり、ゴードンは今回、少しだけ“冒険”をしていた。弟子のフィンが森で見つけてきた、不思議な木目を持つ木材(それは、感情に微かに作用する性質を持つ、珍しい「共鳴樹」の枝だった)を肘掛けに使い、さらに、以前フィリアンネが「安らぎの波動がある」と評した鉱石(これも感情に作用する「感情鉱」)の粉末を、ニスにこっそり混ぜ込んで仕上げていたのだ。もちろん、ゴードン自身は、それらが持つ特殊な効果など露知らず、あくまで「最高の素材と仕上げ」を追求した結果だと信じ込んでいる。
ついに完成した「"心揺さぶる"椅子(仮称)」。見た目は、ゴードンらしい質実剛健さと、美しい木目の調和した逸品だ。彼は、その座り心地に絶対の自信を持ち、早速、工房にやってきたフィンに座らせてみた。
「どうだ、フィン。この親方の最高傑作の座り心地は!」
「わ、わぁ……! 師匠、すごいです! なんていうか、体がすごく軽くなって……心が、すごく……正直な気持ちになります!」
フィンは、椅子に座った途端、目を輝かせて叫んだ。
「僕、師匠のこと、本当に心から尊敬しています! いつも厳しく指導してくださって、ありがとうございます! 僕、もっともっと頑張って、いつか師匠みたいな立派な職人に……!」
普段は師匠の前で萎縮しがちなフィンが、まるで堰を切ったように、素直すぎる感謝と尊敬の言葉をまくし立てる。ゴードンは「ふん、当然だ(…まあ、そうだろうな?)」と、満更でもない表情で腕を組む。
しかし、その様子を隣の工房『星見草』から見ていたルカとフィリアンネは、顔を見合わせていた。フィンの心の染みが、普段とは比べ物にならないほどキラキラと輝き、感情の抑制が全く効いていないように見えるのだ。
(……なんだか、妙だな……。ただ座り心地が良いだけじゃ、あんな風には……)
(あらあら……あの椅子、少し『活性化』の力が強すぎるかもしれませんわね……)
二人は、ゴードンの自信作に、一抹の、しかし確かな不安(あるいは、面白そうな予感?)を覚えるのだった。




