計画
アレ以降、ようやく思いついた様子で顔を上げたアオフリヒ様は、急いで料理を口に詰め込んでから自室として使っている客室へと戻ってしまった。
何を思いついたのかは知らないが、傍から見たらさすがに行動がわんぱく小僧すぎる。
まあ良いけど。
いくら彼だとしても、何かしら事前準備やら、思考の整理やらがあるだろうが、待たせすぎるのは良くないか。
程よいタイミングをつかめないまま、なんとなく客間の前まで来てしまった。
一応、周囲に掃除などで留まっている侍従がいないことは確認済みである。
確か、二回はお手洗い、三回は親しい人、四回は礼儀正しくだっけか、なんて思いながら客間を四回ノックする。
「アオフリヒ様」
「入れ」
軽く声をかければ、客室内部から短く声が飛んでくる。
どうやら一段落ついたらしい。
いや、もしかしたらそうでもないのかもしれないが。
どちらにせよ自分は呼ばれたとおりに来ただけだし。
なんて一旦頭の中で言い訳をしながら、客間の中へはいる。
客間には丸テーブルと、向かい合うように置かれた椅子が二脚。
そのうち片方に座ったアオフリヒ様は、向かいへ座るように示す。
表情と態度から見るに、目処はついたらしい。
「それで、アオフリヒ様は何を思いついたんですか?」
「うまくいくかはわからないが、策を練ってみた。リューゲの視点から見て、現実的な策はあるか?」
と言っても、オレたちはリーヴルの意見が通るように後押しするだけだが、とアオフリヒ様はつけ足す。
アオフリヒ様が考えた策は、基本的にどれも何かと解除を天秤にかけるものだった。
一つは領民を、一つは兄上を、残りの一つは被害総額の概算結果を、だ。
おそらく、一番効果が高いのはやはり被害総額だろう。
数字を見ているだけでも馬鹿にならないほど膨大な数だし、なによりこの額の九割は未然に防いでいれば発生するはずのなかった出費だ。
これがなければ、その分の額はほかのことに充てたとしてもお釣りが来るほどだろう。
領地を発展させるのなら、可能な限り出費を抑えたいはず。
次に効果が高いのは兄上だろうか。
父上からしてみれば、領民よりも兄上のほうが重要度が高い。
仮に領民がいなくなったとしても、人の流れは流動的だからまたそのうち集まる。
しかし、兄上は一人きりだから死んだら困る。
父上からしてみても、兄上が死んだら自分に継がせる以外方法はないが、こんな馬鹿に任せるには不安が大きいだろうし。
そして、最後は領民。
この3つの中で一番優先度が低い。
とはいっても、それなりの効果は見込めるだろう。
「被害額、兄上、領民の順に効果が高いと思います」
「そうか、理由は?」
「僕でも父上のことは掴みきれていないので憶測も混じりますが、兄上より被害額、領民より兄上のほうが優先順位が高いかと。もしかしたら、兄上と被害額の優先順位が逆転するかもしれませんが」
被害額は極論出せばそれで済んでしまう話だが、兄上は一人しか存在できないのだから、より取り返しのつかないほうが効果的かもしれない。
個人的には、父上はどちらともほぼ同等に大切にしていそうなので、明確な数字として出せる被害額のほうが効果は高いかもしれないが、順位が逆転する可能性もある。
「まあ、その程度のことなら父上も考えているでしょうから、一番は父上が何を調べているかについて知ることが最優先だと思います」
「伯爵が検討していないものを伝えるべきだ、と?」
「はい。それで、父上の背中を後押しするんです。というか、アオフリヒ様が直接解除するのは駄目なんですか?」
「それは最終手段だな。おそらくだがあの侍従――リーヴルと言ったか――がすでに報告しているだろう。報告を聞いて解除をしに来たのに目的のものがないとなれば、伯爵も困惑してしまう。数年待って、動きがなければオレがやる」
なるほど、一理ある。
こちら側は四年後だろうと分かっているが、父上はそうでもない。
だから、父上はわざと見逃すつもりでもなければ、早くリーヴルから報告された例の魔術陣を解除しないとなのか。
でも、アオフリヒ様は実際に天才と言われるキャラクターなのだから、普通に能力の高さを開示してもいいと思うんだが。
まあ、彼自身なにか考え合ってのことなんだろう。
自分には全くわからないが、本人の意志は尊重しないとな。
「父上の集めている情報は僕が探してきましょうか」
「できるのか?」
アオフリヒ様はじっとこちらを見る。
こういうところは王族の貫禄なんだよな、なんて仕方のないことが頭をよぎった。
確かに、父上は普段執務室にこもっていることが多くて、そう簡単に侵入することは許されなさそうだ。
休憩のお茶を、なんて差し入れでもすれば簡単に入れるだろうが、普段しないことなので父上は大いに警戒することだろう。
重要なことは隠すはずだ。
父上が何を重要とするのかは分からないが、自分たちの持ち帰った情報を重要とする可能性も大いにある。
「やるだけやってみます」
「じゃあ、任せる。それでも、本格的に動くことになるのは明日以降だな。もう時間も遅いし。戻っていいぞ」
「失礼いたします」
アオフリヒ様に一礼し、客間をあとにする。
簡単にやると大口を叩いてしまったが、さて、これからどうするか……。
何考えないのであれば、リーヴルに全て打ち明けて協力してもらうか、普通に執務室へ入って普通に探すくらいだが、そんなこと、できるわけないか。
アオフリヒ様の意向としても、おそらく可能な限り無闇に周囲へ協力を求めるのは避けたいところだろう。
となると、簡単に執務室へ入る方法がないかを考えるべきか。
何かいい案が――
「明日、早起きするの? なんで?」
考え込みながら廊下を歩いていると、曲がり角からそんな声が聞こえる。
早起きするのがそんなに意外か?
というか、この屋敷の侍従は一部を除いて起きるのが遅すぎるんだよ。
なんて悪態をつきつつ、侍従同士の会話に聞き耳を立てる。
「やぁね、最近、出涸らしが調子乗ってる気がして」
「わかる、第二王子が来たからかしら? 所詮呪い児で第二王子なんだから、王様になんてなれないクセにね」
キャッキャと性格の悪い笑い方でそんなことを話す。
調子乗ってると思われてたのか。
確かに、アオフリヒ様が来てから多少アクティブになったことは否めないが、まさか、それのことか?
それとも、彼との会話量が多いからか?
どちらにせよ、勘違いと言うか、被害妄想たくましいように思うが……。
アオフリヒ様のことを〝呪い児のクセに〟と軽んじたことは言わないでおこう。
自分は前世の記憶もあるし、何とも思わないが、アオフリヒ様はいくら達観していると言ってもまだ五歳。
ここまで嫌われているのだと伝えるには時期尚早というものだ。
王宮の扱いからして、なんとなく察していそうではあるが。
「だから、襟にこの針を仕込もうってこと?」
「そーよ。致死毒じゃないけど、半日は動けなくなる麻痺毒ですって。いつも昼間から世話してあげてるんだし、変わんないわよ」
「出涸らし、泣いちゃうわよ。アハハ」
「泣かせておけばいいのよ。痛い目見たら目も覚めるんじゃない?」
「アハハ、残酷〜。でも『なんでこんな仕打ちされるの?』とか言ってそうよ。出涸らしはお兄様に全部吸い取られたバカの出涸らしだもの」
廊下に響くほどの大声で笑い声を上げる。
聞こえてきたのは二人分だ。
さすがに声だけで誰なのかは判別がつかないが。
これは自分の落ち度だな。
普段から話していれば誰なのか分かったものを、相手が話しかけないからと、無視していた。
このままだと、顔を見ても誰か分からない可能性がある。
上手い具合に相手と仕込む場所を話してくれたから良かったが、もし分からなかったら服を着る時にかなり警戒していないといけないところだった。
足音が遠ざかるのを確認し、廊下の角から顔を出して様子を窺うと、彼女らは侍従専用の階段を降りて行くところだった。
ノルデン家はなぜか、基本的な階段とは別に、侍従用の階段が設置されている。
設置したのか先代当主か、そのさらに前なのかは分からない。
おそらく、今まで当主になった中で、相当な平民嫌いがいたのだろう。
もちろん、それ以外の可能性もある。
「とにかく、明日どうにかすればいいか」
もしかしたら、針の件もどうにかできるかもしれないしな、なんて心のなかでつぶやき、自分の部屋へと向かった。




