新しいステージへ
そこには、ここに来た時より更にグレードの落ちた馬車が待機していた。
また、あの御者かしら。
ちょっと嫌だな。
と、思っていたら何と変装しているが執事長が自ら手綱を握っていた。
うわっ。執事長、御者もできるの?本当有能だな。
と、思うけど、黙って乗り込んだ。
郊外までそのまま運ばれ、降りると辻馬車が待っていた。
執事長は去り際に
「お元気で。」
と、言って握手してくれた。
手にはぬくもりとカメオが残された。
お母様の形見だ。
そうだ、イザベラの母は大分前に亡くなっていたんだった。
カメオのお陰でまた一つ記憶が蘇った。
そっと胸元にしまい込む。
ちょっとだけ心がほっこりとした。
ガラガラガラ
辻馬車は休むことなく、私を運んでいく。
最低限の休憩をする以外は車外から出されず昼夜を問わない移動。
馬は停車場で変えているみたいだけど、
御者・護衛もしくは逃亡を恐れての見張りは二人しかいない。
お互い交代しているみたいだけど辛くないのだろうか。
無体な事はされないが必要以上の会話もなされない。
寂しいが、思ったより振動も少なく車中で寝るのも辛くない。
普通、馬車って乗り心地悪いんだと思ってたけども、辻馬車といえどもそれなりのグレードの物を手配してくれたようだ。
やっぱり執事長はいい人だったな。
そんな事にじんわりしてしまう。
ぼんやりと窓から車外の景色を見ながらこれからのことに意識をはせる。
下働きって何をやるのだろう。
過酷な下働きはちょっと辛いな。
でも、今の私は紗菜の記憶が強いからイザベラの生活よりは働いていた方が気楽な気はする。実際、あの短時間だけでも着てたドレスは辛かった。
コルセットも締めすぎだし、あれでダンスを踊ったり、長時間儀式で立ちっぱなしとか耐えられない。
今後の展開で”ざまぁ”できる事はほぼ無いと思うけど、あの服を着て、上っ面の会話をしているのはできないから、なるべくこのままでいられるように頑張ろう。
その前に放り出されないようにしなければ、考えようによっては仕事を斡旋してもらったのと同じ事だし、自分は自分のやれることをやるだけだ。
幸いと言ってはなんだし、”救護院”って事は紗菜の仕事の介護士の仕事も被ることもあるかもしれない。
意味が無いと思っていた前世がちょっと役に立つのかもしれない。
少し前向きに考えてみよう。
そう気持ちの整理がついた頃、目指す救護院に到着した。