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瑠璃の奮闘記  作者: 蜂矢ミツ
2/4

灯火と、小さな花

「ふっふっふ、どんなもんよ!」


 瑠璃がランプに灯された火を誇らしげに掲げて、いばりん坊の姿勢を取っている。

 その姿に、その灯に。眩しいほどの懐かしさを覚えながら、切り株はしばらく押し黙った。


 黙り込んでしまった切り株に、どうしたのか問いかけようと思ったところで、

 瑠璃はふと、切り株の呼び名が分からないことに気がついた。


「ねえ、あなたのこと、なんて呼んだらいい?」

「……ああ、好きにしたらいい。

 みんな好きに呼んでいたよ。呼び名がたくさんあってね」


 わたしは、なんと呼んでいたのだろう?

 瑠璃はそう考えたが、ちっとも思い出せそうにない。


「そうなんだ。じゃあわたしは”キリ”って呼ぶね」


 切り株だし。

 その程度の軽い気持ちの、安直な何気ない一言であったが、切り株はひどく驚いたようだった。


「瑠璃、きみ……大きくなったねえ」


 よく分からなかったが、何やらしきりに感心しているようでもある。


 想定外、あるいは嬉しい誤算か。

 それから、キリは話そうとしては言葉を詰まらせることを繰り返した。

 まるで、何かを逡巡しているかのように。


「前にも言ったとおり、そのランプはきみのものだ、瑠璃。

 きみはその暖かな灯を携えて、僕や仲間のたすけになるようにと、此処に連れられてきたんだ。

 ……昨日のことのように思い出せるよ。その灯を使ってかがり火を焚いて、それをみんなが囲んで幸せそうに笑っていた、あの日々のことを」


 もう戻らないと思っていた。

 キリは、その言葉は飲み込んだ。わざわざ言うことでもない。

 目の前には、明々と燃える灯が、確かに在るのだから。


「瑠璃。きみは、強い子だ。

 もう少し、がんばれるかい?」


 その灯があれば、この暗い地でも動くことができる。

 一縷の望み。言葉通り、風前の灯火といえるかもしれない。

 それでも、生きている。

 小さくとも、燃え続けている。


 何もかも枯れた此の地であれど――

 何もかもを諦めるには、いささか早すぎる。


「既に、条件は揃っている。

 その灯りを手に、探してごらん。

 この地に眠るものを。

 何かは言わない。

 見つければ、すぐにそれと分かるだろう」


 キリが何を言いたいのか、瑠璃にはよく分からなったが。

 その言葉に後を押されるように、瑠璃はランプを手にして、その足を踏み出した。






 ---






 る、る、る

 る、る、る

 る、る、る、る、る、る、る


 ロウは、歌っていた。

 ひとり寂しく、うずくまりながら。


 時は、少し遡り。


 様々な努力や挑戦を経て、ロウは、ついに坩堝の地に辿り着いた。

 その枯れゆく土地を目の当たりにしながら、それでもロウは諦めずに、必死に捜し。

 ついには、瑠璃を見つけたのだ。


 ロウはよろこびの声を上げて近づいた。

 やっと会えた! また、一緒に遊ぼう! と。


 しかし、なんとも奇妙なことに。

 瑠璃の目には――全くロウのことが見えておらず。

 瑠璃の耳にも――ロウの声は届かなかった。


 その上、全てを忘れてしまっているかのようであり。


 こっちを見ない。

 この声すら、碌に届かない。

 一体、瑠璃に何があったというのだろう?


 吠えてみても、舐めてみても、身体を擦り付けてみても、瑠璃は気づかない。

 まるで、自分が幽霊になってしまったかのように思いながら、

 それでもロウは、瑠璃のそばにいて、見つめていた。


 這いずっているところも、泣きじゃくっているところも、力なく倒れている時ですら。

 何もできずとも、ずっと、見つめていた。


 坩堝の地。

 その土地の木々や花々が、全て枯れたころ。


 ロウの首にかけられた花飾りの花も、全て枯れ落ちた。

 かつてはあたたかであったその飾りは、のしかかるように重く冷たいものに変わり。


 ロウも、ついには動くことができなくなって、うずくまってしまった。

 それでも、わずかな望みを捨てることはできずに。


 る、る、る

 る、る、る

 る、る、る、る、る、る、る


 ひとり、歌いつづけた。






 ---






 瑠璃は、暗い地を注意深く進んだ。

 ひどく疲れていて、すぐにでも横になってしまいたかったが、ランプの灯を見ていると、不思議と歩き続けることができた。


 やがて、大きく窪んだ場所に出た。

 切り株から、さほど離れてはいないところ。

 自然と、足がそこに向いていた。

 何も思い出せないのに、どこか懐かしいような気がした。


 窪みを覗いてみても、辺りが暗いためによく見えない。

 下りてみようかと、おそるおそる身を乗り出したところで。

 手をついていたところの土が崩れ、瑠璃は、そのまま体勢を崩して転がり落ちてしまった。


「あいたたた……」


 まずいなあ、どうやって登ろう。

 そう思いながら、とにかく起き上がろうと手を伸ばしたところ。


 何かが、手に触れた。

 自分の身体ではない。けれども、わずかにぬくもりのある、何かに。


「……これは、花?」


 何かの花の蕾か、そう思い、触ってよく確かめようとしたところで。

 それは、ほどけるかのように花開いた。


 混じりけのない白色の、小さな花だった。






 ---






 ロウは、うずくまっていた。

 首のあたりが冷たく、重く、ロウの身体を地に縛り付けるかのようだった。


 それでも。

 この花飾りを手放すくらいなら、動けなくなってしまう方がマシだった。

 瑠璃が全てを忘れてしまった今。

 それは、瑠璃とロウの間に確かに絆があったことの、唯一の証であるから。


 たとえこのまま死んでしまったとしても。

 おれはこれを、手放すことだけはしないのだ。

 そんな悲痛な想いを抱えながら、ロウが瞼を下ろしかけた頃。


 冷たく枯れ朽ちたはずの花飾りの樹の枝に、新しい蔦が一本、するりと伸びていき。

 ぬくもりのある白い花が、いくつも咲いた。


 ロウは驚き、その目を見開いて。

 やがて、むっくりと起き上がった。

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