虎、死す
袁術が南陽に入った時は数百万の戸口があったが、袁術が驕奢淫逸で欲をほしいままにし、税の徴収にも限度がなかったため、百姓はこれを苦にして徐々に離散していった。
そのため南陽の地は以前ほどの豊かさは無くなってしまっていた。
袁術と袁紹が対立してからは、それぞれが党援を立てて互いに策謀を図るようになっていた。袁術は公孫瓉と結び、袁紹は劉表と結んだ。豪傑の多くは袁紹に附いており、勢力的には袁術の方が弱かった。
その状況に袁術は憤った。
「群豎は私に従わず、我が家の奴に従うのか」
袁術は公孫瓉にも書を送って、
「袁紹は袁氏の子ではない」
と伝えた。これを聞いた袁紹は大怒した。
このように二人の仲は凄まじいほど仲が悪かった。もし二人が手と手を取り合ったのであれば、董卓を倒すことは全くと言っていいほどに難しくはなかっただろう。
袁紹が憎い袁術は孫堅を送って劉表を攻めた。
「兄上、袁術にこのまま従っていて良いのでしょうか?」
袁術は勤王の者として名声を有しているが、その本質はその名声とは真逆であることは孫静にとってはわかりきっていることである。
「わかっている。だがらといって袁紹に従うのもな。少なくとも袁紹に比べれば袁術はましだ」
「五十歩百歩に違いないでしょう」
袁紹は劉虞を擁立しようとした逆臣行為がある。兄の考えもわかるが袁術の政治のあり方や態度を見ていれば彼も同じ穴のムジナであることは確かである。
「まあ、そう言うな袁紹と対立するということで私の勤王の意思を示すのが今回の戦の目的だ。袁術のためではないさ」
孫堅が袁紹を敵視するのは董卓との対決を邪魔されたという思いもあるのだろう。
「わかっていますが……」
それでも孫静にとっては孫堅は英雄である。その英雄が袁術のような男に使われ続けるのは不本意であった。
「さあ、行くぞ」
孫堅は明るく出撃の号令をかけた。
劉表は自分の配下である黄祖を派遣して樊・鄧の間で迎撃させることにした。
黄祖は劉表軍の中では戦巧者であるが、長年各地で戦ってきた歴戦の将である孫堅の相手ではなかった。
難なく孫堅は黄祖を撃破して劉表の拠点である襄陽を包囲した。
襄陽に退却した黄祖に劉表は夜間の内に城外に出て、兵を徴発させた。
黄祖が兵を率いて還ろうとしたが、孫堅はこれに気づき、迎え撃ったため、黄祖はまた敗走して峴山の中に隠れた。
「さあここを黄祖の墓場としてやろう」
「兄上が自ら行くことはありません。私や孫賁(孫堅の兄の子)がいますし、その他にも程普らもおります」
この時、孫静は嫌な予感を覚え、孫堅を止めた。
「いや、私はあまり包囲戦は苦手だしな。お前に任せときたいんだ」
「兄上は大将です。大将の仕事ではないから止めているんです」
「私は大丈夫さ」
孫堅は彼の静止を聞かず、出撃した。
月が雲に隠れ始めている中、孫堅は駆け抜けていく。
「黄祖め、どこまで逃げるのか」
山の頂上まで逃げるつもりなのか。上を見上げると月は雲に隠れ、真っ暗闇となった時、急斜面の開けた場所にたどり着いた。そこに至った瞬間、孫堅に向かって大岩と数多の矢が放たれた。
孫堅は岩から逃れ、矢を剣で弾こうとした時、雲に隠れていた月が顔を出した。その光に気を取られた瞬間、矢が彼の体を貫き、岩が彼の眼前を覆った。
孫静の元に孫堅と共に追撃を行った兵が駆け込んできた。
「孫堅様が」
その瞬間、孫静は全てを悟った。兄が死んだのだと。
(そんな兄上が……)
まだ、三十七歳という若さであり、これから時代を駆け抜けていくことになる英雄になるはずだった。そんな兄がこんなところで死んでしまった。
「い、遺体は?」
「劉表軍の元にあります」
「そうか……」
孫静はここで無言になり始める。
「叔父上、どうなさいますか?」
孫賁が不安そうに問いかける。
「軍はお前がまとめよ」
「良いのですか?」
本来であれば、孫静かもしくは孫堅の長子である孫策が率いるべきだが、孫策はここにおらず、彼はまだ若く、自分は大将の器ではない。
(孫賁は才覚は平凡だが、真面目な男だ。まとめることはできるだろう)
それよりも兄の遺体をどう取り戻すかが問題であろう。
「桓階に頼むことにするか」
桓階はかつて孫堅が孝廉に推挙した長沙の人である。その彼であれば、孫堅のために交渉してくれるだろう。
「私は桓階の元に行き、兄上の遺体を取り戻す。お前は軍をまとめて袁術の元に迎え」
そう言って彼は桓階の元に出向き、彼に孫堅の遺体についての交渉を頼んだ。桓階は推挙された恩義をもって同意して、劉表を訪ねて孫堅の喪(死体)を請うた。
劉表は桓階の義を認めて同意した。
こうして孫堅の遺体は孫氏の元に戻った。
孫賁は軍を率いて袁術に附いた。袁術は再び上表して孫賁を豫州刺史に任命したが、孫堅を失った代償を重く、袁術は劉表に勝てず、難しい状況となってしまった。




