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三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

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苛烈なる虎

 三月、献帝けんていは長安に入り、未央宮を行幸した。


 献帝が入宮しようとした日、大雨が降って昼なのに暗くなり、鳥が飛んで長安宮に入った。実に不吉なことであった。そのため未央宮は住みたくないと思った献帝は京兆府舍に住み、後に宮室を少し修築してそこに住むことにした。


 この時、董卓とうたくがまだ長安に入っていなかったため、朝政の大小は全て王允おういんに委ねられることになった。


 王允は外は欠陥を補い、内は王室のために謀り、甚だ大臣としての度量があったため、献帝および朝廷の百官が全て王允に頼りにするようになった。また、王允は意を屈して董卓に迎合したため、董卓も以前から信用していた。


(今は我慢の時だ)


 それが王允の考えであった。


 董卓は袁紹えんしょうが背いたため、太傅・袁隗えんかい、太僕・袁基えんきおよび袁家の尺口(嬰児)以上の者五十余人を殺した。


 袁紹は挙兵する前に彼らに書簡なりで知らせるべきであった。その辺りの爪の甘さが袁紹及び、袁氏にはある。


 曹操そうそうの家族は妾である卞氏べんしが曹操が洛陽から逃走した際に家族を上手くまとめて脱出している。元は歌妓であった彼女は頭が結構回る。









 霊帝の死後、董卓が朝政を専断し、京城でほしいままに横行したため、諸州郡が並んで義兵を興して董卓を討伐のため連合を組んだ頃、それを聞いた長沙太守・孫堅そんけんは胸を叩いて嘆息し、


「張公(張温ちょうおん)が昔、私の言に従っていれば、朝廷にこのような難が訪れなかったはずだ」


 と呟くと、孫堅も挙兵した。


 以前、荊州刺史・王叡おうえいと長沙太守・孫堅が共に零陵・桂陽の賊を撃った際、孫堅が武官だったため、王叡には孫堅を頗る軽視する言葉があり、待遇に礼を失していた。


 王叡は字を通耀といい、西晋の太保・王祥おうしょうの伯父である。王祥は二十四孝の一人に数えられることになる人である。


 州郡が董卓討伐の兵を挙げるようになると、王叡も挙兵して董卓を討伐しようとした。


 王叡は以前から武陵太守・曹寅そういんとの関係がうまくいかなかったため、先に曹寅を殺すと宣言した。


 懼れた曹寅は偽って按行使者(地方を巡視する朝廷の使者)・温毅おんこくの檄文を作り、孫堅に送った。檄文は王叡の罪過を述べ、逮捕して刑を行ってから状況を報告するように命じていた。


「なんとこのようなことをしていたとは許せん」


 元々良い感情を思っていなかっただけに孫堅は檄文を受け取るとすぐに兵を整えて王叡を襲った。


 王叡は兵が来たと聞いて楼に登って外を眺め、人を送って、


「何をするつもりだ?」


 と問うた。


 孫堅の先鋒が答えた。


「兵が久しく戦って労苦しているのに、今までに得た賞では衣服を作るのにも足りないため、使君(王叡)を訪ねて資直(費用。資財)を求めたいと欲しているだけです」


 王叡は、


「刺史がどうして惜しむことがあるか」


 と言うと、庫藏を開き、兵達に自ら中に入って残っている物がないか確認させた。


 兵達は前に進んで楼下に至った。


 すると王叡が孫堅を見つけ、驚いて、


「兵が自ら賞を求めているのに、そなたがなぜその中に居るのだ?」


 と問うと孫堅はこう返した。


「使者の檄を被って君を誅すのです」


「私に何の罪があるのか?」


 王叡は恐れてそう言うと、孫堅は、


「何も知らないという罪に坐したのだ」


 と答えた。窮迫した王叡は金を削り、それを飲んで死んだ。「生金」には毒があり、「生金」は天然の金を含む鉱石のことである。


 しかしながらこの王叡の追い詰め方は孫堅らしくない。あれほど清々しい人でもこのような追い詰め方をするほど王叡は孫堅のことを軽蔑したのだろうか。その内容を記録されていないことは残念である。記録しないことだけが孫堅を庇うことでは無いだろうに。


 孫堅は進軍を続けて南陽に到った。彼を慕って集まった兵は既に数万人になっていた。


 南陽太守・張咨ちょうしは孫堅の軍が来たと聞いてもいつも通り平然としていた。張咨の字は子議(または「子儀」)といい、潁川の人で、名声があった人物であった。


 これ以前に、袁術が孫堅を推挙する上表をして假中郎将に任命した。


 孫堅は南陽に至った時、檄文を太守・張咨に送って軍糧を請うた。


 張咨が綱紀に意見を求めると、綱紀は、


「孫堅は鄰郡の太守です。調発に応じるべきではありません」


 と答えた。


 そのため、張咨は孫堅に軍糧を提供しなかった。


「我らは義兵である。それを阻むのか」


 怒った孫堅は弟の孫静そんせいにどうすれば良いのかと訪ねた。


「彼を誘い出して、捕らえて殺してしまいましょう」


 孫静はそう言って。張咨を誘い出すため、牛酒を使って挨拶するようにいった。孫堅がその通りにすると張咨も翌日、答礼のために孫堅を訪ねた。


 宴を行い、酒がまわった頃、長沙主簿が部屋に入って孫堅に報告した。


「以前、檄を南陽に送りましたが、道路は整備されておらず、軍需物資も準備されていません。南陽の主簿を捕えて理由を追及することを請います」


 張咨は大いに懼れて去ろうとしたが、兵が四周に配置されているため外に出られなかった。


 暫くして主簿がまた入室し、孫堅に報告した。


「南陽太守は義兵を停留させ、賊をすぐに討たせないようにしています)。太守を逮捕して連れ出し、軍法に基いて処理することを請います」


 主簿は張咨を引っ張り出して軍門で斬った。この後、郡中が震撼し、孫堅が求めて獲られない物はなかった。


 これも孫堅らしくは無いが、このまま後方に彼を残したままにしとくと董卓との戦いで後方を乱される可能性があったため、このような強行に出たのだろう。


 張咨を殺した孫堅はさらに前進して魯陽に至り、袁術と合流した。


「よくぞ参られたぞ」

 

 袁術はこれを機に南陽を占拠し、孫堅を推挙する上表を行い、破虜将軍代理(行破虜将軍)・領豫州刺史(兼豫州刺史)に任命した。


 孫堅は魯陽城で兵を整えた。


「これで後方を気にすることなく、戦うことができるな」


「ええ、兄上が王朝を救うのです」


 孫静はそう言った。それによって孫堅は救国の英雄となるのである。それが孫静の考えであった。


 孫堅が董卓と戦う準備を整えている中、董卓に最初に挑んだのは曹操であった。




 

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