表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/372

遷都

 董卓とうたくは遷都を言い出すと、公卿たちは皆、敢えて発言する者がいなかったが、反対の意思を示した。


 その空気によく思わなかった董卓は河南尹・朱儁しゅしゅんを推挙して太僕に任命し、自分の副にしようとした。


 ところが、使者が朱儁を召して任命しようとしても、朱儁はそれを受けようとせず、この機に、


「国家が西遷すれば、必ずや天下の望に裏切り、山東の禍乱を成功させることになります。私はその善を知りません」


 と言った。使者はこう言った、


「君を召して任命を受けさせたのに君はこれを拒み、徙事(遷都の事)を問うていないのに君はこれを述べた。何故ですか?」


「相国の副となるのは、私ができることではありません。遷都が良計ではないのは、急とすることです。できないことを辞して急とすることを語るのは、私のあるべき姿です」


 董卓は朱儁を副にするのを止めた。


 それでも遷都を諦めない董卓は公卿たちを集めて会を開き、遷都について討議した。


「高祖が関中を都にして十一世で光武が洛陽に宮殿を築き、今でまた十一世になる。『石包讖(預言書の一種)』によるならば、長安に遷都しても、天人の意(天意と民心)に応じるべきである」


 百官は皆黙って何も言わない中、司徒・楊彪ようひょうが言った。


「都を移して制度を改めるのは天下の大事です。だからこそ商の盤庚が亳に遷った時、商の民は怨恨しました。昔、関中は王莽の破壊に遭ったため、光武が洛陽に都を改めました。その後、年を経て既に久しくなり、百姓が安楽しています。今、理由がないのに宗廟と園陵を棄てれば、恐く百姓が驚動し、必ず糜沸(沸騰した粥。混乱を意味する)の乱が起きます。『石包讖』は妖邪の書です。どうして信用できるでしょうか?」


(理由など防衛戦をするためではないか)


 馬鹿ではないかこいつと思いながら董卓は言った。


「関中は肥沃であるため、秦が六国を併呑できた。しかも隴右は材木を自ら産出し、杜陵には武帝の陶竈(陶器を製造する竈。陶器の製造所)がある。力を併せてこれを営めば一朝にして完成できるだろう。百姓がなぜ議論するに足りるのか。もしも私の前で遮る者がいれば、私は大軍でこれを駆逐して大海に送ることができるぞ」


 それでも楊彪は引かずにいう。


「天下とは、これを動かすのは至って容易ではございますが、安んじるのは甚だ困難です。あなた様の思慮を願います」


 董卓が顔色を変えた。


「汝は国の計を妨害したいのか」


 太尉・黄琬こうえんが発言した。


「これは国の大事です。楊公の言は考慮するべきではありませんか?」


 董卓は何も言わなかった。


 このままでは二人とも処罰されると思った司空・荀爽じゅんそうはおだやかな口調で言った。


「相国は喜んでこうしようとしているのではありません。山東の兵が起きており、一日で禁じられるものではないため、遷都によって対応しようとしているのです。これは秦・漢の勢です(秦と西漢は関中に都を置き、山河の形勢を利用して天下を制したという意味。董卓もこれに倣おうとしたということ)」


 董卓は怒りを少し解いた。


 黄琬は退いたが、再び遷都に反対する主張を提出した。


 これが怒りを買ったのだろう董卓は災異を理由に太尉・黄琬、司徒・楊彪らを罷免した。


 光禄勳・趙謙を(ちょうけん)を太尉に、太僕・王允おういんを司徒に任命した。


 城門校尉・伍瓊ごけい、督軍校尉・周毖しゅうひつも頑なに遷都を諫めたため、董卓は激怒して言った。


「私が入朝したばかりの時、二君が善士を用いるように勧めたから、私はそれに従ったのだ。しかし彼らは官に就くと挙兵して互いに図った。これは二君が私を売ったも同義である。私が何をもって汝らを裏切ったのか」


 董卓が伍瓊と周毖を捕えて斬った。


 楊彪と黄琬は恐懼して董卓を訪ね、謝罪した。


 董卓も伍瓊と周毖を殺したことを後悔したため、再び楊彪と黄琬を推挙する上書を行って光禄大夫にした。その後、董卓は京兆尹・蓋勳がいくんを召して議郎にした。


 当時、左将軍・皇甫嵩こうほすうが兵三万を率いて扶風に駐屯していた。蓋勳は密かに皇甫嵩と董卓討伐について謀ろうとした。


 ちょうどその時、董卓は皇甫嵩も招いて城門校尉に任命した。


 皇甫嵩の長史・梁衍りょうえんが皇甫嵩に言った。


「董卓は京邑を侵略・略奪し、廃立を意のままに行いました。今、将軍を召しましたが、大きければ危禍があり、小さくても困辱がありましょう。今、董卓が洛陽におり、天子が西に来た機会に乗じて、将軍の衆をもって皇帝を迎え入れ、令を奉じて逆を討ち、兵を徴発して将を集めるべきです。袁氏がその東を逼迫し、将軍がその西を逼迫すれば、董卓を捕えることができます」


 皇甫嵩はこの意見に従わず、董卓の招きに応じた。


 胡三省は、


「皇甫嵩は以前、甥・皇甫酈こうほれきの言に従うことができず、今回また梁衍の策に従わなかった。ここからその才が董卓を制すには足りなかった理由をうかがい知ることができる」


 と述べている。


 蓋勳も衆が弱く独立できないため、京師に還った。董卓は蓋勳を越騎校尉に任命した。


 河南尹・朱儁が董卓のために軍事について述べると、董卓はそれを遮ってこう言った。


「私は百戦百勝しており、自分の考えがある。汝は妄りに説くな。我が刀の汚れとなるぞ」


 すると蓋勳が言った。


「昔、商の武丁(胡三省注は「武丁」は「武公」の誤りで、春秋時代の衛の武公を指すのではないかとも述べている、。どちらも諫言を受け入れた名君である)の明があってもまだ箴諫を求めました。武丁に及ばないあなた様のような者が人の口を塞ごうと欲するのですか」


 よくもまあ董卓に対して言ったものである。しかもこれに董卓が謝罪したのだから面白いことである。


 董卓が軍を派遣し、陽城に到った。


 ちょうど民が社(土地神の社)に集まっていた。


 董卓の軍はその地で男を全て斬り、民の輜重車を使って婦女を載せ、斬った頭を車轅に繋げ、歌唱して洛陽に還り、


「賊を攻めて大収穫した」


 と宣言した。


 董卓は頭を全て焼き払い、婦女を甲兵(兵士)に与えて婢妾にした。


 その後、遷都が実行されることになった。献帝けんていを西へ向かわせた後、董卓は富豪を捕えて罪悪を理由に誅殺し、財物を没収した。死者の数は数え切れないほどであったという。


 残った民数百万口を全て駆って西に入関させ、長安に移した。


 歩騎が逼迫して民が互いに踏み合い、更に飢餓と略奪によって死体が積まれて路を満たした。


 董卓自身は留まって畢圭苑に駐屯し、宮廟、官府、住居を全て焼いた。二百里以内の室屋(家屋)が全て無くなり、鶏や犬もいなくなった。


 また、呂布りょふに諸帝陵や公卿以下の冢墓(墳墓)を掘り起こさせ、珍宝を回収した。


 董卓は山東の兵を得れば、十余匹の布に豚の脂を塗り、それを山東の兵の体に巻き付けて、足から火をつけて焼いた。


 このような残虐な行為が洛陽で行われている中、董卓の女官が遷都のために董卓の集めた金品、財宝などを運んでいた。その一人が暗がりに近づいた時、暗がりから手が伸び、女官の口を塞ぐと暗がりに連れ込んだ。


「あなたの顔、もらうわね」


 そんな声が女官の耳に聞こえた後、彼女は意識を失った。


「ふう、けっぷ」


 しばらくして暗がりから女官の姿をした女性が口元に手を当てながら現れた。


「あらあらはしたないこと……」


「何やっているの?」


 すると別の女官が彼女に話しかけた。


貂蝉ちょうせん、ここで何やっているの。董卓様に知られたら、どんなことになるか」


「ごめんなさい。ちょっと頭が痛くて」


「そうだったの。でも仕事をやらないと殺されるわよ。さあ、行くわよ」


「はい……」


(取り敢えず、この女の名も知れたし、後はあれさえ手に入れれば……)


 彼女は目を細めながら歩き出した。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ