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三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

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脅迫

寝落ちしていて投降を忘れていた。

 董卓とうたくの書簡が何皇太后の元に届けられた。内容は以下のようなものである。


「中常侍・張譲ちょうじょうらは幸を盗んで陛下の寵愛を受けて、海内を濁乱しています。私が聞くに、湯を揚げて沸騰を止めるより、薪を除いた方がいいといいます(沸騰した湯を汲んで冷ましてからまた鍋や釜に戻すように、一時しのぎの方法で湯を冷ますより、薪を除いて火を消した方がいいという意味)。できものを潰すのは痛いことですが、内部を侵食されるよりもましです。昔、趙鞅は晋陽の兵を興して君側の悪(国君の近くにいる奸臣)を逐いました。今、私も鐘鼓を鳴らして洛陽に入ります。張譲らを逮捕して姦穢(姦汚。姦邪)を清めることを請います」


 脅しのような内容であるが、何太后は従わず、弟の何苗かびょうに見せた。彼がこの書簡を知ると何進かしんの元に出向き、こう言った。


「我々は始め南陽から来た時、皆、貧賎の身でしたが、省内(宮内。ここでは宦官を指す)に頼って富貴をもたらしました。国家の大事もまた容易ではありません。こぼれた水を収めることはできないため、深く考慮するべきです。とりあえず、省内と和しましょう」


 何進は返答せずに弟を下がらせた。


「董卓が皇太后に書簡か……」


 何進は袁紹えんしょうらを呼んだ。


「ほう、これは董卓が我らを支持することを表明しているのでしょう。董卓は我らの味方と言えましょうな」


 袁紹は董卓は評判よりも悪くない男ではないかとばかりにそう言う。しかしながら荀攸じゅんゆうは全く違う感想を抱いた。


(まずいな……)


 恐らくこの書簡は何進を支持するといった綺麗なものでは無い。そもそも何進支持を示すのであれば、わざわざ皇太后に書簡を出す必要性はなく、何進にでも送れば良いのだ。


(それを敢えて、皇太后に送ったのは恐らく宦官を煽るためだ)


 一見、皇太后への脅しの内容であるが、あれは宦官への脅しであろう。自分たちが今、宦官を皆殺しにしようとしていると宦官を脅し煽っているのだ。お前たちは指をくわえてそのまま殺されるのかと。


(書簡を送ると共に恐らく工作員もこちらに送り込んでいるはず……董卓らしくない)


 董卓の狡さはある種のわかりやすさがあった。しかしながら今回のは巧妙に隠されている。


(誰か知恵者がいるな)


 厄介なことだ。ただでさえよかなることを考えているであろう董卓を助けようとする知恵者がいるとなれば、董卓が洛陽に来た後の排除が難しくなる。


「どなたか董卓が今、どこまで来ているか。存じ上げているでしょうか?」


 荀攸がそう問いかけると皆、無言であった。


(董卓への警戒心が薄すぎる)


 少し呆れながら彼はこういった。


「現在、董卓は澠池に到っています。いくらなんでも驚異的な速度でこちらに向かっています。本来の彼の役割は皇太后への圧力としての役割です。勝手なことをしていると言っていいでしょう。ここは彼の進軍を止める使者を送っては如何でしょうか?」


「ふむ、なるほど、確かに下手に董卓だけが来るというのも問題か……良かろう、送ろう」


(ここは一応、董卓の進軍を止め、その間に宦官の始末をつければ良いだろうが、難しいだろうなあ)


 荀攸はそう思った。


 何進は諫議大夫・种卲ちゅうしょうを派遣し、詔を宣布して董卓に進軍を止めさせることにした。しかしながら董卓は詔を受け入れず、前進を続けて河南に到った。「河南」はかつて周の王城があった場所であり、洛陽はもはや目と鼻の先である。


 种卲は諦めずに董卓を迎え入れて労い、その機会に軍を還すように諭し命じた。


(ここまで止めるということは変事が起きたのだな)


 そう思った董卓は軍士に命じて武器で种卲を威嚇させた。すると怒った种卲は詔と称して軍士達を叱咤した。軍士は全て四散した。


 种卲は更に前に進んで董卓を質責(譴責・詰問)した。董卓は答えに詰まって軍を夕陽亭まで還した。


 董卓は案外、正論に弱いところがある。


「むうう」


 ここまで賈詡かくは無言であった。








 


 袁紹は董卓が近づいてきたというのに、まだ決断しない何進が計を変えるのではないかと懼れ、脅してこう言った。


「既に対立が成り、形勢が既に露わになっているのに、大将軍はまた何を待とうと欲して早く決しないのですか。事が久しくなれば、変が生まれ、再び竇氏のようになってしまいますぞ」


 何進は袁紹を司隸校尉に任命し、符節を与え、自由に専断する権利を与えた。また、従事中郎・王允おういんを河南尹にした。


 袁紹は洛陽の方略武吏(官名)に宦者を司察(視察)させた。また、董卓らに使者を送り、駅馬を駆けさせて、


「平楽観に兵を進めたい」


 と上奏するように促した。


 何太后は恐れを抱き、全ての中常侍や小黄門を罷免して里舍(私宅)に還らせた。何進が個人的に信任している者だけを留めて省中を守らせた。


 諸常侍や小黄門は皆、何進を訪ねて謝罪し、一切の処置に従うことを表明した。何進は彼らに言った。


「天下が喧噪としているのは、正に諸君を患いているからだ。今、董卓がもうすぐ到着する。諸君はなぜそれぞれ早く国に帰らないのか」


 ここで袁紹は、


「ここで彼らを皆殺しにしましょう」


 と、何進に対してこの機に宦官誅滅を決断するように勧めた。しかし再三勧めても何進は許可しなかった。


 何進は宦官全員殺さなくとも良いのではないかと思うようになっていた。謝罪する彼らに同情したというのもあったかもしれない。


「大将軍は優しすぎる」


 苛立った袁紹は書を送って諸州郡に告示し、何進の意思と偽って宦官の親属を逮捕させていった。


 何進が謀をして日が重なっていたことで、前々から少なからず情報が漏洩していた。宦官は懼れて戦々恐々としていたが、董卓の脅しと工作員が宦官たちを煽ったこともあり、宦官たちは段々と恐怖していった。


 工作員たちは彼らにこういっている。


「何進たちは宦官やその親戚も含めて全て抹殺しようとしている」


 宦官は悪の代名詞として扱われているが、実際のところ彼らの恐ろしさは残忍さといったようなものではない。彼らの恐ろしさは生存力である。生き残るための手段の選び方の尋常の無さが彼らの恐ろしさである。


 張譲ちょうじょうの子婦(息子の妻。恐らく養子の妻)が何太后の妹だったため、張譲が子婦に叩頭してこう言った。


「老臣は罪を得たため、新婦(息子の妻)と共に私門(故郷の家)に帰るべきであるが、代々恩を受けてきたことを思うと、今、宮殿から遠く離れることになり、心中で恋恋とした情を抱いている。再び一度入直(宮内に宿直すること)して、暫く太后陛下の顔色を奉望できることを願います。その後、退いて溝壑に就くのなら(「溝壑」は山谷のことであるが困窮の境地、または野垂れ死を意味する)、死んでも恨みがありません」


 子婦はこれを母の舞陽君(何太后の母でもある)に話しました。舞陽君は何太后に報告した。


 同情した何太后は詔を発して全ての諸常侍を再び入直させた。


「皇太后は何を考えているのか」


 何進は呆れながら再び、何太后の説得を行おうと何太后の元へ向かった。


「大将軍は皇太后の元に向かいました」


 何進を監視していた男が宦官たちに伝えた。


 宦官の逆襲が始まろうとしていた。


 



 

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