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三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

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混乱を招く策

 何進かしんが宦官誅滅に中々動かないことにじれ始めた袁紹えんしょうは何進にこう進言した。


「大将軍は皇太后の意向を気にしておられる様子。ならば、董卓ら四方の猛将や諸豪傑を多数招いてはどうでしょう。彼らがそれぞれに兵を率いて洛陽に向かわせ、皇太后を脅かせば、こちらの意見も受け入れることでしょう」


 つまりは各地の軍を持っている者たちを収集して皇太后を脅そうということである。


 袁紹はよくも悪くも自信満々で自分の考えは正しいと思っている。そのためこのような突飛な意見を自信満々に発言した。


 そのため慎重な性格というべき何進は彼の自信満々さに影響されてかこれに同意した。


 そんな中、とても冷静な意見を述べた者がいる。主簿・陳琳ちんりんである。後に建安七子の一人に数えられ、文化の担え手の一人である。


「諺に『目を覆って雀を捕る(自分の目を覆えば雀が見えなくなるため雀も自分が見えないはずだ、と思って雀を捕りに行くこと。自分を騙すことの比喩として使われる)』とあります。小さな物でも騙して手に入れることは難しいというのに、国の大事ならなおさらです。どうして詐術によって為すことができましょうか。今、将軍は皇威を集め、兵権を握り、その様子は龍が昇って虎が歩くようで(ここでの「龍」は大きな馬の意味ともされている)、将軍の考えしだいで万事を自由にできるのです。これは洪爐(大炉)を焚いて毛髪を焼くようなものです。ただ速やかに雷霆を発し、果断に権を行えば、天人がこれに順じましょう。それなのに逆に利器(鋭利な武器)を放棄して改めて外助を徴集すれば、大兵が集結してから、強者が雄となります。これはいわゆる武器を逆に持って他人に柄を与えるというもので、成功するはずがありません。後の禍根となるだけです」


 今、必要なのは何進の決断力である。それにも関わらず、周辺の豪傑を招いて助けを乞えば、自ら下手に出るということでもあり、やがては集まった豪傑同士で争い始めるだろう。


 しかしながら何進は諫言を聞き入れなかった。


 典軍校尉・曹操そうそうは何進とは離れたところにいたが、今回の袁紹らの策を聞くと笑ってこう言った。


「宦官は昔も今もいて当然だ。ただ世主が権寵を与えて今のような状況にするべきではなかったのだ。その罪を治めるのならば、元悪を誅すべきであって、一人の獄吏がいれば足りる。どうして混乱と外兵を召す必要があるのか。これを全て誅そうと欲せば、事が必ず露見する。私には失敗が手に取るようにわかる」


 また、袁紹の策を聞いて驚いて反対した者は陳琳以外にもいた侍御史・鄭泰ていたいである。彼が特に問題視したのは、董卓を招くという点である。


 前年、霊帝が董卓を召して少府に任命しようとしたことがあった。しかし董卓は上書した。


「私が率いている湟中の義従(漢に帰順した少数民族)や秦・胡の兵は、皆、私を訪ねて『牢直(食糧)が行き届かず、稟賜(賞賜)が断絶しているので、妻子が飢え凍えています』と言っており、私の車を牽引して京師に行けないようにしています。羌・胡は心中が悪劣で態度が犬のようですので、私には彼らを止められません。よってこの状況に順じて按撫し、状況が変われば、また報告します」


 董卓は詭弁を用いて断った。はっきり言えば、不忠とも取られ枯れない内容であったが、朝廷は董卓を制御できるほどの力は既になかった。


 霊帝が病に倒れてから、詔書によって董卓を并州牧に任命し、その兵を皇甫嵩こうほすうに属させるように命じた時も董卓は再びこう上書した。


「私は誤って天恩を蒙り、軍を統率して十年になりますので、士卒の大小が慣れ親しんで久しくなり、養育の恩を恋して、私のために命をかけて尽力しています。これを率いて北州に向かい、辺垂で尽力することを乞います」


 この上書を知った皇甫嵩の甥・皇甫酈こうほれきが皇甫嵩に言った、


「天下の兵権は叔父上と董卓だけにありますが、今、怨恨が既に結ばれており、共存できない形勢です。董卓は詔を受けて兵を叔父上に委ねるように命じられたのに、上書して兵を率いることを自ら請いました。これは命に逆らうことです。彼は京師の政乱を量っているため、敢えて停滞して前に進まないのです。これは姦を抱くことです。この二者(逆命と懐姦)は刑が免除されるべきではありません。しかもその凶暴かつ無情には、将士が附いていません。叔父上が今、元帥として、国威を持ってこれを討てば、上は忠義を明らかにし、下は凶害を除くことになるので、成功しないはずがありません」


 皇甫嵩はこう答えた。


「命に違えるのは罪だが、勝手に誅殺するのも罪がある。この事を顕奏(公開の上奏)して、朝廷にこれを裁かせた方がいい」


 皇甫嵩が上書して報告したため、霊帝は董卓を譴責しましたが、董卓はやはり詔に従わず、河東に兵を駐留させて時局の変化を観察した。そもそも王朝に董卓を罰せる力は既になかったのである。


 皇甫嵩はそれを理解していなかったのか。それとも理解していながらも行ったのか。


 何進が董卓を招き、兵を率いて京師に向かわせようとした時、鄭泰は何進を諫めた。


「董卓は強暴残忍で仁義が薄く、欲求に限りがありません。もし彼に朝政を委ね、大事を授ければ、董卓は凶欲(邪悪な欲望)を恣にして必ずや朝廷を危うくすることでしょう。大将軍は親徳の重(外戚としての徳がある重責)をもってし、阿衡の権(皇帝を輔佐する重臣の大権)に拠り、自らの意思を持って独断し、罪がある者を誅滅・廃除できるのですから、誠に董卓に頼って資援とするべきではありません。しかも事を留めれば、変事が生まれます。殷鑒は遠くありません(教訓は近くにあるという意味で、竇武の失敗を指す)。速決するべきです」


 尚書・盧植ろしょくも董卓を招くべきではないと進言したが、何進は全て従わなかった。


 鄭泰は官を棄てて去り、荀攸じゅんゆうに、


「何公の輔佐をするのは容易ではない」


 と言った。荀攸は、


「あなたの補佐を受けるのも容易では無い」


 と、皮肉を呟いた。


 何進の府掾・王匡おうきょうと騎都尉・鮑信ほうしんはどちらも泰山の人で、何進は二人を郷里に帰して募兵させた。


 また、東郡太守・橋瑁きょうぼうを召して成皋に駐屯させ、武猛都尉・丁原ていげんに数千人を率いて河内に侵攻させた。丁原が孟津を焼き、火が洛陽城中を照らした。


 彼らは皆、宦官誅滅を唱えた。


 炎に照らされている洛陽を見ている男がいる。若いながらも筋骨隆々の体を彼は持っていた。


「あれが洛陽か……」


 男はそう呟きながらも洛陽を眺め続けていた。


 彼の名は呂布りょふ、字は奉先という。


 董卓は何進に招かれたと聞くとすぐさま洛陽に向かって出発しようとした。その時、


「一筆、書かれては如何ですか?」


 と、董卓に発言した男がいた。


「この急いでいる時になぜ、一筆書くというのか?」


 くだらないことを言うなとばかりに董卓が怒鳴ってもその男はその無表情さを変わらない。


「洛陽の混乱を一筆のみで大きくできますが……」


「ほう……その一筆は誰宛てだ?」


「皇太后宛てでございます」


 董卓は男の進言に少し考えると、


「わかった。書こう。内容はお前が考えろ」


「既に考えております。では、こちらの筆と木簡にこうお書きください」


 男……賈詡かく、字は文和はそう言った。





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