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三国志  作者: 大田牛二
第一章 数多の戦旗

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旅の始まり

 霊帝れいていは詔を発して皇甫嵩こうほすうに東郡を、朱儁しゅしゅんに南陽を討たせた。


 一方、張角ちょうかくの本軍とぶつかることになったのは北中郎将・盧植ろしょくである。彼は黄巾の勢いに対して冷静に対処し続けた。


「まともに戦わず、相手の力をいなし続ければ良い」


 張角は人をまとめ、盛り上げる才覚に関しては中々のものであったが、戦においてはほぼ素人であった。そのため戦い方に素直さがあり、策略も何もなかった。そのため盧植は相手の攻撃をいなし続け、連戦して張角率いる軍が弱まったところで反撃に打って出た。その結果、張角の軍を破り、一万余人を斬獲した。


 張角らは広宗に走って守りを固めた。


「彼らの怒りは民の怒りでもある……」


 盧植は彼らとまともにぶつかっている時の強さの源は怒りであると思いながらそう呟いた。


 そこでふと、彼はある青年のことを思い出した。


『私はこの木のようになりたいのです』


 桑の木を眺めながらそう呟いた教え子の一人である劉備りゅうびである。


『何故、この木のようになりたいのだ?』


『この世には多くの嵐が吹き荒れています。嵐から逃れるとき、大樹の下に逃げ込みましょう。だから、その嵐から身を守れる場所に私はなりたいのです』


 無表情でありながらどこかで恥ずかしそうにしていた青年の姿を盧植は思い返していた。


「その嵐から民を守るのは本来は王朝の役割であった……」


 盧植はそう思いながら劉備は今、どうしているだろうかと思った。


 盧植は囲いを築いて濠を掘り、雲梯を作った。すぐにでも攻略できる形勢になった時、霊帝が小黄門・左豊さほうを派遣して軍中を視察させた。


「賄賂を与えるべきかと考えます」


 ある者が盧植に進言して、左豊に賄賂を贈るように勧めたが、盧植は同意しなかった。


 そのため左豊は還ってから霊帝にこう報告した。


「広宗の賊は容易に破ることができます。しかしながら盧中郎は塁を固めて軍を休ませ、張角が天誅を受けるのを待っています」


 霊帝は怒って檻車で盧植を召還したが、死一等を免じた。


「賄賂一つでこの様か」


 嵐からか弱き民を護る大樹たる王朝はもはや腐りきってしまっているのではないか。盧植はそんなことを思いながらそれでも……


「見捨てられないのは人の性というものか」


 そう呟いた。


 代わりに任命されたのが東中郎将・董卓とうたくである。


「ふん」


 黄巾賊による反乱は大規模であった割には王朝側が盛り返し始めている。そのことが董卓にとって面白くなかった。


「ここで張角を殺したところでな……」


 このままではつまらない。董卓は戦いで手を抜き始めた。彼は小剣を取り出した。


「大きなことというのはこの時ではあるまい」


 巴郡の人・張脩ちょうしゅうが妖術によって人の病を治療しました。その方法は張角とほとんど同じであるが、病人の家に五斗の米を出させたため、「五斗米師」と号した。


 七月、張脩が衆を集めて反し、郡県を侵した。


 当時の人々はこれを「米賊」と呼んだ。この男が後に五斗米道を率いた張魯ちょうろの父であるという説がるが実際は違うとされている。


 張魯の祖父・張陵ちょうりょうは蜀に客居し、鵠鳴山の中で道を学び、道書を作って百姓を惑わした。張陵に従って道を受けた者(教授された者)は五斗の米を納めたため、世の人々は「米賊」と号すようになり、張陵の死後、子の張衡ちょうこうが受け継ぎ、張衡の死後は張魯が受け継いだ。


 どうにも米賊と呼ばれた五斗米道には二つの流派があったようで、前者の張脩のは過激派、張魯のは穏健派というべきかもしれない。


 八月、皇甫嵩が黄巾と蒼亭で戦い、帥(将領)・卜巳ぼくしを捕らえた。黄巾賊との戦いで結果を出し続けている皇甫嵩に対して董卓は張角を攻めても功がなかったため、罪を問われて処罰を受けた。しかしながらそこまでの罰は受けなかったようである。


 霊帝が詔を発して皇甫嵩に張角を討伐させることにした。


 黄巾賊は段々と追い込まれつつあった。




 


 





「これからどうするんだ?」


 張飛ちょうひ関羽かんうに尋ねる。しかしながら関羽はそれを無視したまま森の中を歩き続ける。


 関羽は結局のところ黄巾賊から離れた。張角のやり方と自分の正義を妥協させることができなかったのである。


 そんな彼であるが黄巾を抜けた後のことはほとんど考えてはなかった。


「この世は間違っている」


 その認識を強く持っている。しかしながらそれをなんとかるする術を彼は持っていなかった。その術を持っていると思った黄巾の長である張角のやり方に正義があるとは思えなかった。


 そもそも正義とは何か。関羽にとって多くの人々が語る正義がとても正義だとは思えなかった。だからこそ黄巾にも入った。そして出て行った。


「兄貴、このまま進むと……」


 張飛の言葉を聞かないまま関羽が歩いているとある村にたどり着いた。その村は大きな桑の木を中心にした村であった。


 関羽はその村に見覚えがあるのを感じながらその村に入っていった。


 大きな桑の木に近づくと一人その木を見上げる男がいた。見覚えのある男である。関羽はその男に近づき、隣に立った。


「大きな木だろう」


 見覚えのある男、劉備りゅうびは木を眺めながらそう言った。


「両親はよく赤子の私をここに連れてきてくれたものだ」


 劉備はそのように言いながら目を細める。


「この木は桑の木ですが、天子の車が桑でできていることを知っていますか?」


「知っている」


「その車に乗ってみたいと言ったら叔父に怒られてしまったものです」


「それはそうでしょうな」


 劉備と関羽は静かに互いに顔を見合わせることなく話す。


「私はね。この木のようになりたいのです」


「何故?」


「まあこの木が好きだというのもありますがね。この世には多くの嵐が吹き荒れています。嵐から逃れるとき、大樹の下に逃げ込みましょう。だから、その嵐から身を守れる場所に私はなりたいのです」


 そこでやっと劉備は関羽を見た。


「しかしながら私はどうすればこの木のようになれるのかわからないのです。あなたが自分の正義を成すにはどうすればわからないように」


 関羽は少し驚いたような表情を浮かべる。自分の悩んでいることを見抜かれたためである。


「どうです。一緒に旅をしませんか?」


「旅?」


「そうです。お互いが悩んでいることを探す旅に……」


 その言葉になぜか関羽は惹かれるものがあった。このどこか不思議な男がどこに旅をし、どのようなものを見るのかを知りたくなった。そこに自分の正義の成す術も見つけることができるのではないか。


「承知しました。お付き合い致します。今後は関羽とお呼び下さい」


 関羽が頭を下げると張飛も同じように言って頭を下げた。


「では、さっそく行きましょうか」


 劉備は旅の準備を行うとそれを知った劉備を慕う者たちが自然と集まった。


「皆もついてくるなら義勇軍という形で行きますかね。そうすれば賊と戦いつつ皆を養うお金もでますしね」


 こうして劉備は義勇軍として故郷を旅立った。


 とても長い旅の始まりである。その長い旅の果て、彼は皇帝にまで上り詰めるのである。







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