虎の元に集う牙たち
皇甫嵩と朱儁が黄巾賊と戦っている中、護軍司馬・傅燮が上書した。
「私が聞くに、天下の禍は外からではなく、全て内から興るものです。だからこそ舜は先に四凶を除き、その後、十六相を用いました。悪人が去らなければ善人が進むことができないというのは明らかです」
舜は共工、驩兜、三苗、鯀の四凶を放逐した。また、十六相とは高陽氏の才子八人(蒼舒、隤敱、檮戭、大臨、厖降、庭堅、仲容、叔達。これを八元という)と高辛氏の才子八人(伯奮、仲堪、叔献、季仲、伯虎、仲熊、叔豹、季貍。これを八愷という)を指す。
「今、張角が趙・魏で起き、黄巾が六州で乱していますが、これは全て宮内で禍患が生まれて禍が四海に拡がったのです。私は戎任(軍の任務)を受け、陛下の命を奉じて罪を討ち、始めて潁川に至ってから、戦えば勝てないことがありませんでした。たとえ黄巾が盛んでも、廟堂の憂となるには足りません。私が懼れるのは、治水においてその源から始めないため、末流がその広さをますます増していくことです。陛下は仁徳寛容であるため忍べないことが多くあり、そのため宦官が権を弄んで忠臣が進めなくなっています。誠に張角を誅滅させて、黄巾を帰順させても、私が憂いることはますます深くなります。なぜでしょうか。邪と正の人は国を共にするべきではなく、それは氷と炭が器を同じにできないようなものだからです。彼らは正人の功が顕著になれば、危亡の兆が現れることを知っているため、皆、辞を巧みにして説を飾り、共に虚偽を長じさせます。孝子でも噂が頻繁に至れば疑われ(孔子の弟子・曾子の故事のことを指す)、市の虎も三夫によって形成されるものです(市には虎がいるはずがないのに、三人が「市に虎がいる」といえば信じてしまうという意味)。もし真偽を考察しなければ、忠臣に再び杜郵の戮があるでしょう(杜郵は秦将・白起が冤罪のために自殺した場所)。陛下は舜による四罪の挙を思い、速やかに讒佞の誅を行うべきです。そうすれば善人が進もうと思い、姦凶が自ら消滅します」
趙忠がこの上書を見て憎んだ。
そのため傅燮は黄巾と戦い、多くの功績を立てたため本来ならば封侯されるはずのところを趙忠が讒言を行った。
霊帝は傅燮の諫言を覚えていたため罪を加えませんでしたが、封侯もしなかった。
黄巾賊を始め、各地では戦いが起こっていた。
張曼成が宛下に駐軍して百余日が経った。六月、南陽太守・秦頡が張曼成を攻撃して斬った。
交趾の土地は珍貨(宝物)が多かったため、前後の刺史の多くに清行(清廉な行動)がなく、財産を記録する計簿が充たされてから交代を求めた。
それが原因で吏民が怨恨して叛し、刺史や合浦太守・来達を捕えて柱天将軍を自称した。
三府(三公府)は京令・賈琮を交趾刺史に選び、討伐・平定させた。
賈琮は交趾州部に至るとまず叛乱の原因を訊ねた。
人々は皆、こう言った。
「税収が過重なため、百姓で貧困ではない者はいません。しかしながら京師は遙遠なので、不当な扱いを告げる場所もなく、民は生活を維持できないため、集まって盗賊になったのです」
賈琮は書を発して吏民に告示し、人々に自分の家業を安定させ、荒散(災難を避けて逃亡離散すること)した者を招撫し、傜役を免除した。
特に害が大きかった賊だけを誅斬した。
また、良吏を選んで試しに代理の県長・県令を置いた。
その結果、一年の間に蕩定(平定)され、百姓の生活が安定した。
巷路の人々が賈琮の業績を称えてこう歌った。
「賈父が来るのが晩ければ、我々を先に背反させた。今、清平を見て、官吏が敢えて民の家を訪ねて食事をしないようになった」
皇甫嵩と朱儁が勝ちに乗じて進軍し、汝南と陳国の黄巾を討った。
波才を陽翟まで追撃し、彭脱を西華で撃ち、どちらも破った。余賊は降伏し、三郡が全て平定された。
皇甫嵩が上書して戦況を報告し、功績を朱儁に帰した。それにより朝廷は朱儁の爵を進めて西郷侯に封じ、鎮賊中郎将に遷した。
皇甫嵩の上書は政治的な部分での報告ではなく実際の戦いの中で朱儁の軍は確かに結果を出したためである。
「あの軍の先鋒の旗は……」
曹操は朱儁の先鋒の軍の旗に「孫」の文字が見えたためそう呟いた。
「孫堅、字は文台という男の軍だそうだ」
夏侯惇がそう言った。
「孫文台……」
「そうだ。なんでも先の敗戦でも最も奮闘し、敗戦して崩壊した部隊を再編成してみせたことで朱儁の軍が続いて戦えるようにもしたそうだ」
「ほう……それほどの男か」
曹操は関心しながら呟いた。
後に曹操は孫堅の息子と対峙することになるとはこの時、思いもしなかった。しかしながら三国志における三カ国の主役である二人がこの時、肩を並べ黄巾と戦っていたのだから面白いものである。
一方、孫堅の陣地は賑やかであった。孫堅は傷だらけの体に薬を塗っているのを諸将が囲んでいる。
「孫文台殿は勇気の塊のような方ですなあ」
そう言って笑うのは程普である。
「全くですな。孫文台殿の戦は武人として惚れ惚れしますぞ」
頷くのは韓当である。その隣には祖茂もいる。皆、朱儁旗下で一部隊を率いていたが敗戦した際、旗下の兵のほとんどを失ってしまった。そんな彼らを孫堅が集めて旗下に加えて再編成した上で朱儁軍の立て直しを行ったのである。
「皆様、兄上をそんなに褒めないで頂きたい。褒められると無茶しますので」
孫静がそう言う。実のところ孫堅の軍の回復において最も才覚を見せたのは彼である。彼はどこにどの兵が逃げたのかを素早く知るとすぐさま接触するなど大いに働いたのである。
「静よ。前よりも無茶はしていないぞ。皆のおかげでだいぶ楽できているしな」
孫堅はからからと笑う。その姿に三人の諸将は思う。
(なんと気持ちの良い男か)
このような時代においてこれほどに気持ちの良い男は見たことがなかった。彼らは孫堅を大いに尊敬し、また彼と共に戦いたいと思うようになった。
このように彼らはやがて孫堅、息子たちを支えるようになるのである。
「兄上はやはり人をまとめる力がある」
この様子を見ながら孫静は呟く。
「兄上は英雄になられる方なのだ」
彼は眩しそうに目を細めた。




