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三国志  作者: 大田牛二
第一章 数多の戦旗

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長社の戦い

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 黄巾賊の蜂起という事件に対し霊帝れいていは三月、河南尹・何進かしんを大将軍に任命し、慎侯に封じた。


 何進は左右羽林と五営(屯騎・歩兵・越騎・長水・射声)の営士を率いて都亭に駐軍し、器械(武器装備)を修理して京師を鎮めた。


 また、函谷、太谷(大谷)、広成、伊闕、轘轅、旋門、孟津、小平津に八関都尉の官を置いた。


 霊帝は続けて群臣を招いて会議を開いた。


 そこで進み出て発言を行ったのは北地太守・皇甫嵩こうほすうである。彼は皇甫規の甥で、読書を好み弓術と馬術に優れている。この人の変わったところは陳蕃と竇武に招かれても断ったが、霊帝が招くと「出仕したところである。


 彼はこう述べた。


「党禁(党人の禁錮)を解き、中藏の銭と西園厩の馬を増出して軍士に下賜するべきです」


 この意見を受けて霊帝は中常侍・呂強りょきょうに計を問うた。


 呂強は答えた。


「党錮を行って久しくなり、人心が怨憤しているため、もしも赦免しなければ、軽率に張角ちょうかくと共謀し、変がますます大きくなって後悔しても救えなくなりましょう。今はまず左右の貪濁の者を誅し、党人を大赦し、刺史・二千石の能力を料簡(見極めて選ぶこと)することを請います。そうすれば盗を平定できないはずがありません」


 霊帝は懼れてこれに従い、天下の党人を赦免し、諸徙者(党人やその妻子で辺境に遷された者)を還らせた。但し、張角だけは赦免されなかった。


 続けて霊帝は詔を発し、公卿に馬・弩を供出させた。また、列将の子孫および吏民で戦陣の略(戦略)に明るい者を挙げさせ、公車(官署)を訪ねさせた。


 同時に天下の精兵を徴発し、北中郎将・盧植ろしゅくを派遣して張角の討伐を命じ、左中郎将・皇甫嵩と右中郎将・朱儁しゅしゅんに潁川の黄巾を討たせることにした。








 この非常事態の中であっても宦官同士の権力争いが起こっているのだから呆れた話しである。


 当時は中常侍・趙忠ちょうちゅう張譲ちょうじょう夏惲かうん郭勝かくしょう段珪だんけい宋典そうてんらが皆、封侯されて貴寵(顕貴で寵愛を受けること)になっていた。


 霊帝はしばしばこう言っていた。


「張譲は我が父であり、趙忠は我が母である」


 そのため宦官は憚り畏れることがなく、次々に宮室を模倣した第宅(邸宅)を建てた。


 ある日、霊帝が永安候台に登ろうとした。


 宦官は霊帝が自分の住居を眺め見ることを恐れたため、中大人・尚但しょうたんを使って諫めさせた。


「天子は高い所に登るべきではありません。高い所に登ったら百姓が虚散します」


 霊帝はこの後、敢えて台榭(「台」は土を盛って高くした場所、「榭」は台上の建物)に登らなくなった。


 今回の黄巾の乱によって封諝と徐奉の事が発覚すると、霊帝は諸常侍を詰問・譴責してこう言った。


「汝らは常に党人が不軌を為そうと欲していると言った。だからこそ皆、禁錮を命じ、あるいは誅に伏した者もいた。今、党人は改めて国のために用いられ、汝らは逆に張角と通じた。斬るべきではないか?」


 常侍は皆、叩頭して、


「党錮は王甫と侯覧が為したことです」


 と責任転嫁を行った。


 諸常侍は一人一人引退を求め、それぞれ州郡にいる宗親や子弟を呼び戻した。


 趙忠、夏惲らが共に呂強を讒言した。


「呂強は党人と共に朝廷について議論し、しばしば『霍光伝』を読んでいる。呂強の兄弟は各地で皆、貪穢(貪汚)を行っている」


 という内容である。


 霊帝は中黄門に武器を持たせて呂強を招かせた。


 呂強は霊帝が招いていると聞くと、怒ってこう言った。


「私が死ねば、乱が起きるだろう。丈夫が国家のために忠を尽くそうと欲しているのに、どうして獄吏に答えられるか。犯罪者とみなされるつもりはない」


 呂強は自殺した。


 そこで趙忠と夏惲が再び讒言した。


「呂強は陛下に召されてから、質問される前に外で自屛(自殺)しました。姦があるのは明審(明白)です」


 霊帝は呂強の宗親を逮捕して財産を没収した。


 侍中・向栩しょうしょうが便宜(国のためになる事)を上書して霊帝の左右の者を譏刺(批難)した。


 すると張譲が、


「向栩は張角と同心であり、内応になろうとしている」


 と誣告した。


 その結果、向栩は逮捕されて黄門北寺獄に送られ、殺された。


 郎中・張鈞ちょうきんが上書した。


「窺い思うに、張角が兵を興して乱を為し、万民がこれに喜んで従ったのは、全て十常侍が多くの父兄・子弟・婚親(婚姻関係にある者)・賓客を放って州郡を典拠(監督・占拠)させ、財利を辜榷(集めること。壟断すること)して百姓を侵掠(侵犯略奪)していることが源(原因)です。百姓の冤(冤罪や怨み)を告訴する場所がないので、不軌(叛逆)を謀議し、集まって盗賊になったのです。十常侍を斬って頭を南郊に掲げることで百姓に謝罪し、使者を派遣して天下に布告するべきです。そうすれば、出兵せずに大寇を自ら消滅させることができましょう」


 霊帝は張鈞の上書を諸常侍に見せた。


 諸常侍は皆、冠を脱いで裸足で頓首すると、自ら洛陽の詔獄に入り、家財を出して軍費の助けにすることを乞うた。


 霊帝は詔を発して全ての官位・職責を今まで通りとした。


 しかも霊帝は逆に張鈞に怒ってこう言った。


「これは真に狂人だ。十常侍には一人の善人もいるはずがないというのか」


 御史が霊帝の意思に迎合して、


「張鈞は黄巾道を学んだ」


 と上奏した。


 張鈞は逮捕されて拷問を受け(收掠)、獄中で死んだ。












 黄巾賊討伐に動く皇甫嵩と朱儁は合わせて四万余人を率いて共に潁川の黄巾と戦った。皇甫嵩と朱儁、それぞれ一軍を指揮を行った。


 しかしながら朱儁は黄巾賊の将の一人、波才はさいと戦って敗れた。特別、朱儁が戦下手であったわけではなかっただろう。彼は戦に細かな策を用いない男であるため真正面からぶつかったのだろう。


 だが、黄巾賊の士気は凄まじいほど挙がっており、真正面からのぶつかり合いに朱儁の兵は圧倒されてしまったのだろう。


 この敗戦を受けて皇甫嵩は長社に進んで守りを固めた。


 各地でも黄巾賊の勢いは凄まじく汝南の黄巾賊は邵陵で太守・趙謙ちょうけんを破り、広陽の黄巾賊は幽州刺史・郭勳かくくんと太守・劉衛りゅうえいを殺した。


 これらの敗戦で慌てたのか霊帝は皇甫嵩の元に援軍を派遣することにした。


「この戦いはどちらが勝っても虚しさだけが残るだろう」


 今回の事件により騎都尉に任命された曹操そうそうはそう呟いた。


「相変わらず理屈っぽいなお前は」


 彼にそういうのは夏侯惇かこうとん、字は元譲と言う。


「黄巾は元々は農民であった者たちだ。その彼らを殺し尽くしていくことは結局はこの王朝を苦しめることでもある」


 彼らも人であり、王朝を支える存在たちであったはずなのだ。


「俺たちには連中の正義を許容してやるほどの地位も名誉も力も無い。そんな俺たちがやるのは賊討伐。それだけだ。そうだろう?」


 夏侯惇はそう言った。曹操は溜息をつきつつも頷いた。


「私ではどうすることもできない……」


「そうだ。これからできるようになるために連中には悪いが犠牲になってもらおう」


 夏侯惇の言葉に曹操は頷いた。


 波才らは勝利の勢いのまま大軍を率いて長社に篭る皇甫嵩を包囲した。皇甫嵩は兵が少なかったため、軍中の人々が皆、恐れを抱いた。


 しかしながら皇甫嵩は全く動揺せずに黄巾賊の様子を眺めていた。すると黄巾賊は草地の中に営塁を構えた。


「好機である」


 皇甫嵩はそう呟くと軍吏を集めた。


「戦には奇変(常道を越えた変化)がある。重要なのは兵の数では無い。今、賊は草地に営を構えている。そのため容易に風火を為すことができる。もし夜に乗じて火を放って焼き払えば、必ずや大いに驚乱することだろう。そこを我々が兵を出して撃ち、四面から一つになれば、田単の功も成せるだろう」


 その夜、ちょうど大風が吹いた。


「天は我らに勝てと告げている」


 皇甫嵩は全ての軍士に命じ、苣(葦のたいまつ)を束ねて城壁の上に登らせた。同時に秘かに鋭士を包囲の外に出させ、火を放って叫ばせた。


 包囲の外で火が上がると、城壁の上でもかがり火を挙げて呼応した。


 「出陣」


 皇甫嵩は城内から戦鼓を敲きながら喚声を上げて出撃した。間髪入れずに黄巾賊の陣へと突撃を仕掛けた。黄巾賊は驚乱して奔走した。


「燃えている」


 ちょうどそこに騎都尉・曹操が兵を率いて到着した。


「黄巾賊を破ったのか。行くぞ、我らも続くぞ」


 曹操は皇甫嵩の軍に合わせるように敗走する黄巾賊に軍を向けた。


「まだ、拙いが良い戦をする」


 皇甫嵩は曹操の戦を見てそう呟いた。


 その後、二人は合流した。


「見事な大勝利でございました」


 曹操はそう言って皇甫嵩を称えた。曹操は初めて皇甫嵩という人を見たが、想像以上に細い体つきな男で、物静かな印象を受けた。


「運が良かったのです。称賛されるような勝利ではござらん」


 皇甫嵩はそう言うと曹操と共に敗戦して軍の立て直しを図っていた朱儁と合流し黄巾賊を追撃した。再び黄巾賊と戦い、これを大破した。斬首は数万級に上るほどの大勝利であった。


「まだ王朝にはこのような名将がいたのか」


 曹操にとってまじかで皇甫嵩の戦を見ることができたのは貴重な体験であった。


 この勝利を聞いた朝廷は皇甫嵩を都郷侯に封じた。

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