良き終わりとは何か?
西羌の余衆が焼何の大豪と共に張掖を侵した。
早朝、校尉・段熲の軍に迫った。
段熲は馬から下りて奮闘した。戦いは日中に及び、刀が折れて矢が尽きたが、羌人も後退したため、段熲は追撃を始めた。戦いながら行軍を続け、昼夜とも交戦し、軍馬の肉を割いて雪を食べ、四十余日後に積石山に至ってついに大破した。
段熲は塞から出て二千余里も兵を進め、焼何の大将を斬って他の部衆も降してから帰還した。
161年
四月、太常・劉矩が太尉になった。
かつて劉矩は雍丘令を勤めており、礼譲によって民を教化を行った。訴訟があるといつも訴えた者を前に出させて丁寧に訓告教導を行い、
「怒りは忍ぶことができる。県官が介入するべきではない」
と諭してから、訴えた者を帰して再考させた。
訴えた者達は劉矩の言に感動し、常に訴訟を取りやめて去っていった。
九月、大鴻臚・劉寵が司空になった。
劉寵はかつて会稽太守を勤めた。そこで煩多・苛酷な法令を減免・排除し、法を守らない者を糾弾・監察した。それによって郡中は大いに治まった。
朝廷が劉寵を招いて将作大匠に任命した時、山陰県の五六人の老叟(男の老人)が若邪山の谷間から出て来た。それぞれ百銭をもって劉寵を贈り、こう言った。
「山谷の鄙生(賎しい者。知識がない人)は今まで郡朝(郡の官署。または太守)を知りませんでした。他守(他の太守)の時は、吏が民間に発求(徴発・要求)し、夜になっても絶えることはなく、ある時は犬が夜中吼えるため、民は安寧を得ることができませんでした。しかしあなた様が下車して以来、犬が夜に吼えなくなり、民が吏を見ることもなくなりました。年老いてから聖明に廻り逢えたにも関わらず、今、私達を棄てて去ることになったと聞きましたので、自ら助けあって送り出しに来ました」
劉寵は、
「私の政治はあなた方が言うほど立派ではない。父老を勤苦させてしまった」
と言い、それぞれから一枚の大銭だけ選んで受け取った。
先零、沈氐羌と諸種羌(羌の諸族)が并・涼二州を侵した。
護羌校尉・段熲が湟中の義従を率いてこれを討伐した。
湟中には義従胡(漢に帰順した少数民族)がおり、小月氏胡(小月氏族)がこれに当たる。
涼州刺史・郭閎は功績を段熲だけのものにさせないため、段熲の軍を停留させて前に進めないようにした。
そのため戦が長引き、義従の胡人は兵役に就いて久しくなり、故郷を恋したため、皆、離反して帰ってしまった。
郭閎はその罪を段熲に押し付けた
段熲は罪に坐して京師に呼び戻され、獄に下されて左校で労役することになってしまった。
済南相・胡閎が段熲に代わって校尉になったが、段熲のような威略(威信と智略)がなかったため、羌人が勢いを増した。営塢(営塁)を攻略したり、互いに結びあって諸郡を侵し、寇患が甚だしくなった。
この状況に泰山太守・皇甫規が上書した。
「今、狡猾な賊が当地で滅んで泰山がほぼ平定されましたが、また群羌が並んで皆、反逆していると聞きました。私は邠岐(豳岐。豳山・岐山一帯)で生まれ育って年が五十九になり、昔、郡吏を勤めた時は、羌の叛乱を二回経験し、あらかじめその事を謀って(羌族との戦いを予測して)不幸にも的中してしまいました(馬賢の敗戦を予測したことを指す141年のことである)。私はかねてから痼疾(難病)があるため、犬馬の歯が窮して大恩に報いられなくなることを恐れます(老将がもうすぐ死ぬという意味)。よって、冗官(散官。実務が無い官位)を乞い、単車を準備して一介の使(使者)となり、三輔で労来(慰労・順撫して帰順させること)し、国の威沢(威信と恩徳)を宣揚して、習熟した地形と兵勢によって諸軍を佐助(補助)することを願います」
「私は孤危(孤独・危険)の中で窮居(隠居)し、坐して郡将(太守)を観察すること数十年になりますが、鳥鼠から東岱に至るまでその病(弊害。病原)は一つであり、強敵を探して戦うよりも、清平な政治を行って順撫した方がましです。努力して『孫子』や『呉子』の兵法に精通するよりも、太守が法を遵守した方がましです。前変(以前の羌人の叛乱)から遠くないため、私は誠にこれを憂いており、そのため職責を越えて区区(小人の意見、心情)を尽くしました」
桓帝は詔を発して皇甫規を中郎将に任命した。符節をもって関西の兵を監督し、零吾らを討伐させた。
十一月、皇甫規はそれに答えるように羌人を撃って破り、八百級を斬首した。
先零の諸種羌(諸羌族)は皇甫規の威信を慕っていたため、互いに勧めあって十余万人が投降した。
大きな桑の木が朝日に照らされている。
その木を見た者は誰もがその木を仰ぎ見た。
赤子を抱えたあるひと組の夫婦がその桑の木の近くをとおり、桑の木を仰ぎ見た。
夫婦がその桑の木の大きさに目を細めていると赤子はその木に向かって手を伸ばす。
桑の木の枝の一本、一本が揺れ、それはまるで赤子をあやすかのような慈愛が含まれているような揺れ方であった。
その様子を遠くから見ている者がいた。
「あれが……」
仮面をつけた男は夫婦に抱き抱えられている赤子を見て、目を細める。
その赤子こそ、歴史上最も奇々怪々なる英雄・劉備である。
「英雄たちの時代が近づきつつある。しかし、それは……」
男は後漢の都の方角を見る。
「それは……一つの時代の終わりを意味している。お前が努力して作った王朝が、つなぎ止めていたはずの王朝が終わろうとしている……」
男はふうと息を吐く。すると先ほどとは違う声が男から発せられた。
「始まりがあり、終わりがある。それが当たり前のことだよ……だからせめて良き終わりであることを願うだけだよ」
その言葉に男は空を見上げながら呟く。
「良き終わりとはなんだろうな」
男の姿は何処かへと消えた。




