第一章〈屑転生者が〉
パタリ、と青年は読んでいた本を閉じる。表紙にはこう書いてある。
『最強の転生者たち』
青年は目に分かるようなイラつきを見せ、本を壁へとぶん投げた。当たった本はぐちゃぐちゃと崩れながらも、紙を見せつけたまま床へと落下した。
青年は、鉄の鎧を身にまとっており、黒い髪とやる気のなさそうな目つきが印象的な風貌。部屋は汗臭そうな木の壁で囲まれ、彼自身も退屈そうにボロボロの木箱の上に座っている。
青年は満足げに近くのカップを手に取り、一気に中のお酒を飲み干すと、ぷは、と息をついた。顔が真っ赤に染まり、辺りにはアルコールが香る。
そんな休息も束の間、どかどかと鎧のぶつかるような音が廊下から響いてくる。青年が目を向けると、随分と体格のいい男が入口から顔を見せた。
「おまえ!当直だろう!パレード始まるぞ!」
大男(まさしく青年の所属する第二兵隊の)分隊長は明らかなアルコールの匂いに顔を引きつらせながらも、青年へと駆け寄る。青年はむすっとした顔つきになりながらも。机に乗せていた鉄の兜を掴み、腰を起こす。かったるそうに髪を掻きながら
「行きゃぁ良いんでしょ、行きゃぁ…」
とぶつぶつと文句を垂れ流し続ける。
態度の悪さを見かねてか、分隊長は明らかに人相を曇らせた。青年が「ん?」と顔を上げるやその頬をドカリと一発殴りつけー不意打ちにバランスを崩した青年は、木箱を倒しながら尻もちをつく。「いっ…」自分の頬をかばうように撫でたあと、ぎろりと分隊長をにらみつけ、噛みつくように声を上げた。
「何しやがんだ!くそ野郎!」
「この若造がー…」
分隊長は再び拳を持ち上げ、殴りつけようとする…が、ふと床に落ちている本に気が付き、動きを止めた。
『最強の転生者たち』―…本のタイトルを見て、少しの間…分隊長は、プスーッと鼻息を漏らし、口角を持ち上げる。
「フン、いつまでもタラタラと、未練がましい男め…」
次に、満足げに微笑むと、青年の鎧に唾を吐き捨てた。
「エリー、自分がいつまでも勇者だと思うな」
先ほどから反抗的な態度をとる青年…エリーはピクリと目を動かした。唇をプルプルと震えさせると、歯をかみしめ、顔を伏せる。
「早く持ち場へ行け、一等兵士が」
その一言を吐き捨て、立ち去る分隊長。彼のまとう鎧の音がなくなると、エリーは小さく舌打ちをして、馬鹿にされた根源である本を睨みつけた。
♦
ウィンランド国の首都であり世界最大の都市、トリメル。螺旋状に並ぶレンガで築かれた城下街、その中央には守られるように建設された王宮がそびえ建っている。目を見張るほど統治されたこの街で、まさしく、今、パレードが行われていた。
エリーは重そうな鎧を着こんだまま、城下街の南地区の門の警備にあたるため街をとぼとぼと歩いていた。剣を腰に構え、ただ、抜くことはないだろうと、エリー自身は退屈そうに息を吐く。
世界最大都市のパレードという事で、昼の晴れやかな空には、花吹雪が華々しく舞っていた。街中は、鮮やかな踊り子たちやバニーガール、男たちは神輿を担ぎ、それぞれが軍隊の様に街を進軍している
輝かしい世界と、一等兵士の仕事の地味さに、エリー自身、何とも言えぬ惨めさをしみじみ痛感していた。
パレードの屋台にはこの国の真の勇者『転生者』を切り取ったような仮面が並んでおり、人々もそれを腰や頭に着けていた。
そんなところに一人のシスターの声が、神輿の上から聞こえてきた。
「世界から、あの凶悪な魔王が消えて十年が経ちました。魔王討伐に成功した転生者たちに感謝の祈りを捧げましょう!」
「転生者様!万歳!」「転生者様!ありがとう!」
町の人々が花吹雪を手からなげ、壮大にコールの声を上げている。
「なにが、転生者だ…パッと出が…」
「あなた!」
ぎっとシスターがエリーを睨みつける。まじかよ…とエリーが顔を背ける。
「聞こえていますよ!転生者たちをなんだとー」
シスターが声を荒げる、だが、鎧の隙間からエリーの目をみて、「あ」と口を押え声を漏らした。
「元…」
周りがその状況に気が付く。「勇者…?」「あれが無能の…」ひそひそ話に花を咲かせ始める街人たち。エリーには聞こえなくてもその内容がひしひしと分かっていた。シスターから顔を背け、剣を担いだまま、持ち場を離れていく。
♦
賑わう商店街を抜けると、小さなランプがついている、これまた古びた書店が見えた。
書店屋の前には『最強の転生者たち』の表紙で飾られた本が大量に積まれており、それを見た瞬間エリーは眉をひそめて不満げそうに口をへの字に曲げる。
店内からは女性二人が出てきたかと思うと、その腕の中にも『最強の転生者たち』の本が見え、エリーはぴくぴくと瞼をひくつかせた。
顔の鎧を外し、バン!と暴力的にドアを開け店内へと突入する。
書店内をずかずかと進むと、カウンターの年老いた爺さんが目に入り、かぁっと顔を真っ赤に染めた。エリーは勢いよく、バン!と手を机につきー
「おいごら、コーク!」
と叫ぶ。呼ばれた爺さんはにっこりと笑顔で振り返るー…
「はぁい、って…勇者様!」
勇者様、そう言われてまた、体をこわばらせるエリー。
「そう呼ぶな」
「あぁ、そうでした。元勇者様」
「そうじゃねぇわ!」
コークは自身のひげを触り、持て余しながら
「まぁた、さぼられているんですか」
と呆れたように微笑んだ。
「んなことより、なんだあの糞みたいな本!」
「まさか読まれていたとは。傑作でしたでしょう」
気楽な物言いに、エリーはぎりりと歯を鳴らす。目を充血させながら、コークの耳元まで顔を近づけー
「アイツらはな、美味しいとこだけ持ってった屑共だ、分かるかぁ?!この、元賢者よ!……も・と!」
コークは、アルコールの匂いを察知し嫌そうに、鼻をつまみながら
「…のわりにパレードには随分と浮かれているようですねぇ。勤務中とは思えませんよ」
と重ねて煽って見せた。ぷるぷると震えるエリー。コークはやんわりと口を開いて。
「転生者様がいなきゃ私達だって死んでいたと言いますのに…」
「俺は負けたとは思っちゃいねぇ」
「ですが、真実は本の通りです」
エリーはカウンターから乗り出す。コークの襟元をひっつかむと、ぎりぎりと歯を震わせた。プルプルと微動する手からは、怒りも感じられたが、どちらかと言えば、どうしようもない悔しさをにじませておりー…コークは恐怖も感じず呆然とその様子を見守っている。
「俺はアンタとは違う、この命失おうとも、倒してやるつもりだったさ」
エリーはそこまで言い切ると、うぐぐ、と唸り声をあげ、目から、ぽつぽつと涙をこぼす。力が抜けたかのようにコークから手を離すと、カウンターへと崩れおちていった。
ひぐひぐとしゃくりを上げては握りしめた拳でテーブルを叩きつづける。
「俺ゃ…おれはあの時ぃ…アイツをたおしてりゃ…」
酔いつぶれた哀れもない青年を見て、コークは、苦笑し、エリーの肩をポンポンと優しく叩く。
「今じゃ落ちぶれた一等兵士…おれなんてェ…うぐぁ…」
嗚咽ばかりはきだすエリーに向かって、コークは懐から布を取り出すと、その拳にぎゅぎゅっと押しこんだ。エリーがピクリと反応すると、コークは優しい声色で彼に囁く。
「勇者はあきらめずに剣を握り立ち上がった。シスターが彼に向かって声を上げる。私は…賢者の私は…恐怖のあまり、目を伏せていた…」
エリーは泣きはらした目を向けながら、不思議そうにコークを見上げた。
「私は逃げました。でも、あなたは」
カランカラン、とドアが開く音。突然だったため、エリーもコークも体をバッと起こす。
入店した客は、手中に『最強の転生者たち』を抱え、怪訝そうな顔で本屋にそぐわない一等兵士の姿を黙視する。
エリーは、焦りながら兜をかぶると、そのまま店を後にした。
背後からは「お役様!また、お待ちしております」というコークの声がわずかに聞こえる。
♦
持ち場に戻ると、後輩のジュリーが代わりの警備にあたっていた。凛々しく胸を張り、剣を腰に構えている。エリーがとぼとぼと歩きながら近づくと、ジュリーはハッと視線を向けた。鎧越しでも分かるさわやかそうな大きな目に、エリーは生気を吸い取られていくような気持ちをひしひしと感じている。
「どこ行ってたんですか!」
「本屋…」
「はぁ!?何度目っすか、僕、わざわざ西から呼び出されてー」
「おれ今日はもう、帰るから…」
「はぁあ!?」
「もう生きる気力がないというか」
「はぁぁあああ!?」
エリーがそのまま帰ろうとすると…
「きゃあ!」と女性の悲鳴が辺り一帯に響き渡る。兵士二人はびくりと体を動かし、声のしたほうへと視線を向ける。パレードでにぎわう人ごみを小さな子供がバタバタと走って逃げていく。声を荒げていた女性はその後方で倒れこんでおり、子供に向かって指をさすとー
「泥棒!泥棒!」
と訴えている。エリーとジュリーはとっさに走り出した。
「まてぇ」
人でにぎわう街中を、子供が走り抜ける。また、厳つい装備を身に着けた一等兵士らは追いつこうとがちゃがちゃと鉄をこすり合わせ走っていた。熱気に包まれた鎧兜の中は必死の形相だ。前を行く子供が振り返る、顔には『転生者』の一人である人狼をモチーフにした仮面を着けていた。お面は毛を意識しているのか、長い飾り毛をフラフラと後ろへなびかせている。
「ぐぅぅ」
エリーは歯を鳴らし、鼻息をこぼす。バタバタと必死に足を上げ下げし、街中をぐんぐんと進むが、明らかに速度が落ちる。
「重ぇんだよ…」
追いつけ、追いつけ、自分を鼓舞し、顔を真っ赤にする。
その横を、ブゥゥゥンと…見知らぬ音をかき鳴らしながら…何かがビュンと通り抜けたー…その何かは、言い表すならば、コンパクトな馬車のような見た目をしており、だが、屋根もなければ馬はいない…下に着いた滑車は見たこともない速さで自動的に回転し、その台車をぐんぐんと前へ進めていた…その乗り物には兜をかぶった二人の人物が乗っており、一瞬、エリーと彼らは視線を交わす。エリーは突拍子もない乗り物に、つい口から本音がこぼれた。
「ずりぃだろ…それ…」
その乗り物は一気に子供を潰しひき殺す。ぐちゃりと潰れた音、地面に血が飛び、子供はぴくりとも動く気配がない。人々は凶弾する。
子供をひいた二人は何事もないかのように降りると…ゆっくりと兜を外した。
緑のローブの男「転生者 エスイー」
青いローブの少女「転生者 ゆりた」
「転生者様…!」
人々は息をのむ。やっとの思いで辿り着いたエリーは、人だかりを手で押しのけながら、ゆっくりと現場へと近づいていく。
謎の乗り物・二人の転生者の姿…そして、轢き殺された子供の死体。
エスイーが眼鏡をきらりと持ち上げて高々と宣言する。
「皆さま!お騒がせ申し訳ございません!もう心配ありません、こいつはー」
エリー、ずかずかと渦中へ近づき、エスイーの襟首をつかむ。突然掴まれたエスイーはピクリと怪訝そうな顔を浮かべる。
「殺すことなかった!ただのひったくりだ!しかも子供だぞ…!」
ぎりぎりと怒りで睨みつけるが、リーマンは表情をにへらと緩ませる。
「兵士さん、よくみてくださいな」
「!」
近くにいた、もう一人の転生者…ゆりたんがその子供の首元を掴み、ぐっと持ち上げる。ずるりと持ち上げると子供から、人狼のお面が落下する。そこには緑色ゴブリン顔が。ゆりた、忽然と「ゴブリンのガキだょ」とつぶやく。
人々はその様子を黙って見つめていたが…状況を理解しると、わぁぁぁ!と歓声の声を上げた。
「ご、ゴブリン…?」
エリー、力が抜け、エスイーの胸倉からゆるりと手を離す。
「勘違いして悪いな」
エスイーがクスリと笑う。
「いいんですよ、兵士さん…ん?」
兜の隙間から目をじっと見つめるエスイー。エリー、冷や汗をかきながら、わずかに顔を背ける。
「なにか?」
「どこかで…」
「一等兵士ですから、どこかで会う機会もあるでしょう」
「そう…ですか。では、今後は人々に危険が及ばぬよう、しっかりとした見張りをお願いしますね」
ポン、とエリーの手のひらに、ゴブリンから取り返したリンゴを置く。
「返しといてください」
エリーは顔を真っ赤にし、ますます下を向く。エスイーは手を振りながら、エリーから離れていく。やっと追いついてきたジュリーがすれ違うエスイーに尊敬のまなざしを向けながら
「わぁ、転生者様だ…!何話してたの!?エリーさ…」
エリーが微動だにしないので、ジュリーは首を傾げた。
「エリーさん?おーい」
「じゃあな」
「はぁぁぁあ!?」
エリーはそのまますたすたと立ち去っていく。
「ちょ、エリーさん!?さぼり!?てか、鎧、戻さないんすか!?」
ジュリーがぐぬぬと拳を握り、不満げに鼻息を荒くする。
「もー!」
♦
エリーは薄暗い裏通りへと入り、下へ下へと抜けていく。レンガの壁もボロボロで、床は泥にまみれていた。浮浪者がよろよろと歩き、小さな子供が床に座り身を寄せ合っている。人々は衣服がススで汚れ、先ほどの華やかな城下街とは打って変わった雰囲気を見せていた。
世界最大の都市トリメルの闇―低下層地域…それがこのエリーの故郷であった。身を寄せ合っていた子供たちがエリーに気づき駆け寄ってくる。
「おかえり、勇者様!」
ワクワクとした顔で見上げ、エリーは顔を引きつらせた。
「お、おう、ただいま」
作り笑顔で答えるエリー。子供たちはその真理に気づかず、
「城下街では魔王討伐のパレードしてたんだよねぇ!」
「勇者様のためのパレードなんでしょ!すごいなぁ」
と興味津々の様子でエリーに詰め寄る。エリーはますます顔をひきつらせ、視線をうろうろさせる。
「ま、まぁ、それよりほら」
エリーは手に持っていたリンゴを思い出し、子供に一個、手渡した。
「いいの!?」
頷くと子供たちはパァと顔を輝かせた。とっさにかじりつきながら、「ありがとう!」と微笑む。
子供達が一生懸命リンゴにかじりついている間に、からそそくさと離れていく。
レンガで建てられたボロボロの家に辿り着くと、床に、手紙が落ちている。拾って中身を見ると、『来てました、また来ます。 シスターより』と書かれていた。エリーは舌打ちをして、ぎぃと音を鳴らしながら扉を開ける。
薄暗い部屋の中に、入り、机の前に立つ。机の上には写真が飾ってあり、その中に、微笑む女性の姿があった。
まじまじと写真を見つめる。一瞬、脳裏には今日見た転生者たちの活躍が思い浮かんだ。そしてこの浮浪者であふれる城下町の下層地域の風景がサッとよぎる。
エリーの表情はじょじょに曇り、じわじわと瞳に涙が溜まっていく。
「おれは…あんなに長く旅をしていたのに、何も変えられなかった…ごめん、」
♦
エリーはふと目を覚ます。変な時間に寝てしまったからか、鎧を着たまま、机に突っ伏していた。ぬっと体を起こすと、ウっと顔を青く染める。バタバタとドアから外に飛び出し、玄関前に膝をつく。
「うぇぇ…」
顔を背け、床に壮大なげろをぶちまけると、白い顔と虚ろな目で地面を見つめている。
「ぁ、はぁ…」
家の間の小さい広場、中央に井戸が設置されていることを思い出し、よろよろと立ち上がる。フラフラしながら井戸へと近づくエリー。ふぅふぅと息を漏らし、木のバケツを放り込む。
せっせと水を汲み、バケツに顔ごとつっこむと、ごくごくと喉に通していった。
「うばぁぁ…」
びしょ濡れの顔を持ち上げ、服の間から、コークから貰った布を取り出し顔をぬぐう。
バタバタバタ。足音。
「…?」
バタバタバタ。と再び。
「…ん?」
慌ただしい足音に、エリーは顔を上げ、辺りを見回した。
直ぐ近くの路地裏に影がサッと通り過ぎるー大きな体と、四つ足の影…。
「…ん?」
目を細め、ゴシゴシこする。ぱちぱちと瞬きして「よっこいしょ」と腰を上げる。兜をきっちりとはめると、エリーはゆっくり、影のほうへと近づいていった。物陰から、のぞき込むように影の通った道をのぞきこもうとするとー
「おにいちゃん、こっちはだめだよ」
目の前からリンゴをあげた少女が現れた。エリーがポカンと口を開ける。
「こんな時間に何してんの」
「……」
少女が一瞬顔を曇らせる。少しの間、取り繕うように「かくれんぼ!」と笑みを見せる。
「…もう一人の子は?」
「……なんで?」
「一人じゃできないでしょ」
「だから、この先に隠れてるから、ほら、邪魔しないで!」
「危ないだろ」
「ちょっ…」
ぐい、と少女を押しのけ、路地裏をのぞき込むエリー。だが、すぐに後悔する。
「…あ」
エリーは息をのんだ。そこにリンゴをあげた二人の子供たちの姿が月明りに照らされ…無残な姿で、横たわっている。明らかに息はもうない。
「うぐ…」
久々に見た無残な光景に、エリーは口元を抑え下へと膝をつく。残酷な血の跡が、地面を伝っているーそこに入るエリーの影と、先ほどの少女の影。
―この子は誰だ?
「じゃましないでって言ったじゃん?」
少女の影が一瞬、エリーが瞬きしたその一瞬で姿が変わっている。大きな口、大きな体、鋭い牙を見せたその姿―
「!」
エリーは背後からの声にとっさに反応し、体位をたてなおす。振り返っりその大男の姿を見て、エリーはハッと息をのんだ。
その姿は、全身を銀色の毛でまとった…オオカミー通称、
「転生者の人狼…」
月明りに照らされ、さらりとした全身の毛並みが大きく震える。口元には血の跡が濃厚にこびりついているように見える。エリーは一瞬気押されたが、もう一度剣を構える。
「お、まえ。この子たちに何を…」
「僕はこの子たちと遊んでただけ」
人狼は、さっと自分の顔をこする。一瞬にして顔が変化する。すぐ近くで死体になっているはずの、子供の姿だった。
「でも遊んでたら超お腹が減っちゃって…」
憂鬱そうな声で人狼がさらっと何かを言った。
「は、はぁ…?!」
到底理解は追いついていないエリー。ゴクリと唾をのむ。
「貴様、人を食うのか…?」
「いちおう」
けろっとした様子で言葉をこぼす人狼。
「僕さ、あっちでは結構良い暮らしてたんだよ?」
「あっち…?あっちってなんだよ!」
「週末にはパパが東京ホテルで、A5和牛ステーキをごちそうしてくれて…」
「は…?と、東京?A5和牛?」
「でもこっちに来てからは、あいつらがゴブリンの肉で我慢しろてそればっか…」
ぶつぶつと人狼が独り言を言い始める。エリーは剣を握りしめ、人狼を睨みつける。
「…人を食って許されるとでも?!」
「まさか。許されないから、下級階層を食べた。いなくなったってばれやしない」
「俺には、ばれた!」
「それが?」
「この…屑転生者が!」
エリーは自身の腰から剣を手に取りー駆け足で、その影へと突進する。剣は炎をまとい、一気に振り下ろされた。少女はいつの間にか姿を戻し、人狼の姿で迎え撃つ。一瞬で振り返ると、その剣を片手で握り止めた。
「…!」
エリーは、剣を振り、後ろへ下がり、体制を整える。
息を吐きだし、一気につこうと足を踏み込む。だが、人狼が一回手を払うだけで、エリーの体は遠くへと飛ばされた。地面へ突っ伏し、膝をつく。
「っ…まじか」
人狼は、爪を突き立て、大きくエリーに振りかぶる。エリーはとっさに剣を前に出し、その爪を盾のように抑える。
ぎらぎらとした人狼の牙がすぐ目の前で剥いている。だらりと、唾がたれ、エリーの鎧をどろりと溶かし始める。
「僕のよだれはねぇ、酸が強いんだって」
「さ、さん…?」
「こっちの人はなにもしらないね?」
人狼の爪がガリガリと剣を織り込むように握りつぶしていく。エリーはとっさに足を蹴り上げ人狼の足を引っかける。人狼はおっと、とバランスを崩し、横へとわずかにそれた。スキをつき懐から抜け出すエリー。ふらりと避けたのちに、自身の腹を見る。酸で鎧の一部が解けていたー
「ありえねぇ…なんで…」
ぐふ、と人狼がげっぷを出す。じろりと視線をエリーに向け今にも食べたそうに唾液を口から垂らしていた。垂れた液体はジワリと地面の土を溶かし、くぼみを作った。
目の前の人狼が一気に走り出し、エリーへと振りかぶるーまっすぐ迎え撃つように剣を握るエリー。その時―
「■※▲◎!」
と女性の声が耳へと入った。瞬間、人狼が紫色の煙に包まれる。
「わああああ!なにこれぇ!」
人狼が煙を消そうと顔を触りもがいている。その様を呆然と見つめるエリー。
「はぁ、はぁ」
そのエリーの頭上から一人の女性が飛び込んでくる。そしてエリーに抱き着くとー彼が驚く間もなく、呪文を唱えた。
「×☆■▽!」
黄色の光がエリーと女性をつつみこみー…その場から姿を消した。
取り残された人狼から紫の煙が消えたとき、そこには何の人影もなくなっていた。人狼が顔色を悪くする。
「やばい…逃がした…」
♦
エリーが顔を上げると、そこは城下町西側のとある宿屋の屋上であった。
「…」
呆然とエリーが前をまっすぐとみている。
「勇者様…」
エリー、声に反応し、ハッとして振り返る。そこには、昔、魔王討伐のためともに旅に出ていた、シスター・リムの姿があった。
彼女は頭に着けていた薄い布地をめくると、輝くようなショートの銀髪を見せつけた。スリットの入ったラインの分かるワンピースからは美しく長い足が覗いている。その美しいボディラインと整った顔立ちがやけに目立つ。
そんな彼女は心配そうにエリーをのぞき込み、意外と低い声で淡々と声を発した。
「勇者様、何があったんです?…あれって、転生者の人狼様ですよね?」
エリー、いまだ呆然としたまま、呟く。
「あいつ…下層地域の子供を…食べてた…」
「は…?」
ぽかん、という阿保面はその美麗な顔には程遠い表情だった。
「人狼様が、人を食らう!?」
強く声を荒げるリム。
「俺は、少し風にあたるため、外に出て、そしたら人狼が子供に化けてて、その子供はすでに食われてて…」
ようやく現実を飲み込み始めたのか、徐々に涙がこみ上げてくるエリー。
「おれは、子供すら、守れない…」
泣きじゃくりながら目を覆うエリー。
「これが元勇者だよ…所詮、一等兵士だぁ、俺は…ごめんなぁ…」
その様子を見ていたリム、やれやれとため息をつく。
「涙もろいのはお変わりないようですね…」
スッと、懐から布を取るとエリーへと差し出す。が、エリーはそれを手で制して泣きながら、自分の懐を探り始めた。リムは呆れながらも話を進める。
「久々にこの都市を訪れたので、勇者様の所へ寄ってみたのですが…変なことに巻き込まれたようですね」
ごそごそと懐を探し続けるエリー。
「いや、あれ…?」
二人は視線を交わす。
「やっぱ借りるわ」
「なんなんですか」
顔に布を押し付けるリム。
「それで、これからどうするんです」
リムがエリーを睨みつける。エリー、拳をぐっと握り、睨み返して、
「王へ告訴する。転生者の人狼は人を食らう犯罪者だってな」
「はぁ、なるほど」
エリーがじっと見て、怪訝そうな顔になる。
「反対しないのか?」
「しませんよ、別に」
「いいやつだな、リム…」
「それより、その…証拠がいりますね」
あっと、口を開くエリー。
「い、今から兵士を連れて現場を…!」
「人狼様がまだいます、危険です」
「だが、人狼が食いつくしてしまったら…!」
うーむと考え込むリム。
「…では、エスイー様に頼むのはいかがでしょう」
エリーは緑のオーブを羽織った転生者の姿を思い出し、眉間に皺を寄せた。
リムはさっと指をあげ、街についている丸い筒のついた黒い物体を指さすリム。ところどころが赤く光って、何かを起動しているように見える。
「あれは?」
「『監視カメラ』というそうで、あれに取り込まれたものは後で見返すことができると…」
「どういう意味だ?」
エリーも説明をしているリムも疑問符を浮かべる。
「よく分かりません。が、あれが現場に設置されていれば、証拠もその中に残っているという事です」
エリーが複雑そうに顔をしかめる。
「彼にとっては仲間の転生者様を苦しめる行為となりますが…まぁ、事情を話せば分かってくれるはずです。彼も勇者ですからね」
刺すような目でエリーの睨みつけるリム。
「あなたの大切なものがなんであるのか、勇者様がちゃんと考えられますように」
分かりやすい様子で手を前でくみ、祈りをささげるシスター・リム。
「パッと出の転生者どもと協力するなんて、苦痛しかないが…いや、やるよ、俺は元勇者だ」
♦
鎧を着た一等兵士が、最下層地域に立っているー鉄の鎧をまとい、だが。腹のあたりは欠けたかのように溶けていたー鉄の兜からのぞく瞳はなぜかエリーに酷使している。その彼が暗い闇に向かって口を開く。
「で、こんな見た目だった!」
さっともう一度自分を撫でると、人狼の姿へ戻る。
「あとこれ」
懐から布を取り出す人狼。人狼は、はきはきと声を出す。
「この布からあいつと同じ匂いがした!これをたどれば何かが分かるはずだよ!」
暗い闇に月明りの光が差すー闇が晴れ、見せた人影、その姿はー転生者 エスイー。
「分かりました、では、向かいましょうか」
エスイーは、にんまりと笑って頬骨を上げた。




