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死に損なったエーデルワイス  作者: 釘抜き
一章《返り咲く雪の花》
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21話『無責任』

 ただ、何かが壊れる音がした。

 それが目の前で崩れ落ちてゆく少女(エデ)から響いたものか、或いは僕の(うち)にあった『何か』が砕け散る音だったのかはもう今となってはわからない。


 ただ、彼女は庇った。

 屈強な五陵会の刺客の蹴りを自ら受けたのだ。

 どうしてか、最も守られなければならない彼女が。僕を庇ったのだ。


 僕は、枯れた花の茎が折れるように儚く倒れていく彼女に、どうしてあげることも出来なかった。

 時間を巻き戻す異能はない。あるとすればきっと、それは奇跡を超えた神への冒涜の域なのだろう。

 だが、今の僕はこの時、真剣にそんなことを夢想した。


 彼女は勢いよく背中から地面に落下した。

 まずい、脊椎を強く打ったのかもしれない。少女の細い体からすれば、あの蹴りは原付で真正面からぶつかられたようなものだろう。


 僕が倒れたエデの下へ駆け寄る。

 短刀が突き刺さった右足が地面を噛み締める度、全身に灼熱の鋭痛が奔る。目の粗いアスファルトに手を付き、半ば転げるようにしてエデの下まで辿り着くと、細い少女の体を抱き上げた。


「エデ……!?エデッ!!……おまえ、何で……ッ!?」


 背後では、三人の喪服の男達がヒソヒソと小さな声で会話していた。エデが僕を庇うのは、彼らとて予想外だったのだろう。

 しかし、命を付け狙う黒い刺客を背にして、振り返ることが出来なかった。

 そんな『余裕』は無かったのだ。


 彼女は混濁した目で僕を見つけ、頬を撫でた。

 震えるような、消え入りそうな、か細い声で僕の声に応えた。


「……だって……言ったでしょ?……わたし……」


「……、だめだ。やめろ」


 咄嗟に、脳ではなく身体が勝手に声を出していた。

 (イヤ)な予感があったのだ。その言葉を聞いてしまえば、もうそこで新しい道が断絶してしまうような、確かな予感が。

 でも、結局僕にはその言葉を遮ることが叶わず、僕の精神に確かな楔が撃ち込まれた。


「あなたが私のために苦しむのは、見たくないって……」


 それが終わりだった。

 彼女の意識はそこで途絶えた。

 死んではいない。だが、すぐに手当しないと、きっと────。


「あ、ぁあ……」


 頭の中であの夜の惨劇がフラッシュバックする。ただ一つ、あの時と違うのは僕とエデの立ち位置だけだ。

 ああ、とんでもないしっぺ返しを喰らったものだ。

 これが、無責任に人の為に傷つくということ。

 これが、僕がこれまでエデに与えてきた苦しみのすべてだった。


「ぅあ……は……っ」


 なんと罪深いことか。

 僕は知らずのうちに、これだけの壮絶な不幸を、あの女の子の細身に叩きつけていたのだ。

 なんにも知らず、我が物顔で……。


「あ」


 こつり、こつりと僕の背後から男達が僕に歩み迫ってくる靴の音が聞こえる。


「おいおい、いいのかよ。お前が蹴り飛ばしたのって回収対象だろ?」


「馬鹿、あの女が意味不明な挙動するからだ。どうせ息さえしてりゃいいんだ。それよりもこの小僧の方を仕留めておかねえと」


 耳に彼らの会話は流れ込んでくるが、その言葉を脳で捉えて理解することが僕には出来なかった。

 足音が止まる。

 きっと彼らはこれから僕を殺すつもりなのだろう。僕が異能を使って再び脅威になる前に。

 するり、と布が擦れる音がした。きっと先程エデを蹴り飛ばした男が、今度こそは僕を仕留める為にその脚を振り上げたのだろう。


「……ら、」


「あ?」


 ああ。その点、僕は幸運だったのかもしれない。

 だって僕には、僕自身の手でこの溜飲を下げる手段があるのだから。


「お前らァァああああああああぁぁあああァあああああぁぁあああああああああああああああああッッッ!!!!」


 ────肩に突き刺さった鬱陶しい短刀を千切るように引き抜き、蹴り足を上げていた喪服の男のうちの一人の軸足に勢い良く突き刺した。

 思い切って引き抜いてみると案外痛くないもので、ただポットの湯をぶちまけられたような灼熱感だけがじくじくと傷口を炙っていた。


「なァっ……づ、ぐぉアッ!?」


 エデを蹴った男が間抜けな声を上げて地面に落下し、アスファルトに頭を強く打ち付けた。

 男は子供みたいに頭を抱えて丸まるが、それだけで済ませるはずがない。


「、ッ……!」


 足に刺さっていた短刀も歯を食いしばって一気に引き抜くと、僕は地面に縫い付けるように倒れた男の無傷な方の足のアキレス腱あたりにそれを突き立てた。


「い、づァァあああああああああああああっっっ!!!???」


 男は情けなくボロボロと大粒の涙を流しながら足に突き刺さった短刀を引き抜こうとする。

 どうせなら両腕も持って行きたかったが、まあいい。アレはどの道もう立てない。


 暫し呆然と立ち尽くしていた残りの二人だが、弾かれたように脇差を振り上げて背中から僕に斬りつけんと飛びかかる。

 が、


「お前らさぁ」


 僕の背中から突風の翼が吹き荒れ、まともに向かってきていた二人を10m単位で吹き飛ばすと、即座に僕は砂の触手を形成した。

 ……だんだん、この凶器(チカラ)の使い方が分かってきたような気がする。

 ああ、きっと……これは……。


「本当にぶち殺すぞ」


 そこから先は一方的だった。

 一方的な、蹂躙だった。

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