第四話 これは仕方ないですね……
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突然飛び出した黒い影に押し倒されたリーベは、何とか後頭部だけをかばう形で尻もちを突いた。
「おのれおのれおのれおのれおのれ……」
上に乗った黒い影は地の底から響くような怨嗟の声を上げる。しかし、その声質自体は少女のように高い。
「うわっ、ぷっ……ちょ……な、なんなんですかぁ!?んむぅっ!?」
黒い影はその小さな手でリーベの顔をガッシリ掴むと、その唇を顔中に浴びせかけてきた。
「ふ、ふえぇぇっ!?」
「そんな変な声をあげても今日という今日は絶対許さないでござる!ンチュッチュッチュ……ん?」
「ふぁっ!?」
黒い影は暫くリーベの顔中に口づけを続けていたが、なにかに気がついたような反応をする。そして徐に、リーベのその小柄な割にたわわと育った”モノ”をなで始めた。
「な、な、なななな……!?」
「む、これは……」
もみもみ……。
更に揉みしだかれる大きな”モノ”。
「はうぅっ!?」
「な、これは一体!?」
もみもみもみ ……ぎゅぅっ!!
更に強く揉み上げられ、先端を捻り上げられる”モノ”。
「はぅ!?」
思わずのけぞるリーベの顔を見上げた影は、その顔をまじまじと見つめ、突如大声で叫びを上げる。
「お、お前は誰でござるかぁぁぁぁぁ!?」
「ふええぇ!?突然私の初めてを奪っておいて、それは私のセリフだよぉ!?」
――――……
「それで、どうしてこんな事をしたんですかぁ?」
「……」
気まずそうに顔をそむけるは、オニキスの愛刀”神凪”その人(?)である。リーベにとっては見覚えはない人物であるが、どことなくオニキスに似た風貌、そしてあどけない少女にしか見えない姿に、リーベの警戒心は薄らいでいた。
「えーとぉ、あなたはオニキスお姉さまのお友達なんですかぁ?それとも親戚の方とか?」
「……」
「うーんとぉ、私はリーベって言うんだけど、貴方のお名前教えてもらえるかなぁ?」
「……神凪」
「かんなぎちゃん?貴方のお名前は、かんなぎちゃんって言うのねぇ?」
「……ッ!!我は主殿の愛刀、神刀神凪でござる!かんなぎちゃん等とふざけた呼び方はやめていただこう!あいたッ!?」
リーベの呼び方に憤り、立ち上がろうとした神凪の頭部に突如真紅の刃が振り落とされた。
「ふえっ!?」
「久しぶりですね神凪。所でお前はなんでピンクに襲いかかってるですか?ことと次第によっては叩きますよ?」
「叩いてる、シャマちゃんもう叩いてるよ~!?ていうかその剣って火竜切ってたやつだよね!?かんなぎちゃん大丈夫?」
「グヌッ!!フラムヴィエルジュ殿とその主の白髪チビでござるか!?引っ込むでござる。某を愚弄したその女めを成敗……あいたッ!?」
再び真紅の刃が神凪の頭に振り落とされる。火竜の鱗も難なく切り裂いたフラムヴィエルジュの刃を受けていながら、神凪の頭部は斬り裂かれることは無く只々痛そうに頭を押さえるのみだった。
「ふえっ!?シャマちゃん?ダメだよ。そんなもので叩くのは危ないよ!?」
「大丈夫です、こいつの頭を砕く為にはいくらフラムヴィエルジュといえど、力を溜めて全力で振るう必要があるです」
感情の感じられない声でそう言うと、シャマの握った赤い剣が震えるように振動し、耳に痛いほどの高音を発しながら赤く輝いた。
「死ぬが良いですよ邪刀……吼えろ死に至る慚愧の炎」
「ぅわおっ!?」
地獄の業火を纏い、容赦なく振り抜かれた刃が神凪の頭をさっくりと2つに別ける直前、彼女の姿は消え、その場には一振りの見事な刀が現れた。
「……これは?」
「これがこいつの本性ですよ。人型だと煩いんで、シャマはこいつを見たら即座にフラムヴィエルジュでぶっ叩くことにしてるです。こいつの刀身はヒヒイロカネで出来てやがりますから、フラムヴィエルジュでぶった切ってもそうそう刃が欠けたりはしないですから。ちなみにオニキスちゃんもこいつが人型になった時はシャマ以上に容赦ない攻撃をかますですよ?」
「……オニキスちゃんがこの刀にどんな折檻するのかはちょっと想像つかないね。あの娘にはまだまだ僕の知らない顔が存在するんだね。ゾクゾクするよ……」
「オニキスちゃんに比べたらシャマなんか優しい方ですよ。オニキスちゃんなら全力で魔法打ち込んで動けなくした上で、多重結界に放り込んで二度と出てこれない様にするでしょうから。まあそれでもこいつは暫くすると出てきたりするのが恐ろしいんですけどね。……んで、お前はなんでまたピンクを襲ってたですか、人型にならずに答えるですよ。人型をとったら直ちに斬り捨てるです……」
シャマの声に反応し、神凪がカタカタと怯えたように揺れる。やがて震えが収まると刀身が浮き上がり、机の上のインクと紙まで移動し、その切っ先で器用に文字を書き始めた。
「……何ていうか器用すぎやしないかい?少し不気味なんだけど」
「こいつは頭が可怪しい事と、煩いことを除けば、世界でも最高峰の神剣ですから。更に神剣でありながら掃除、裁縫、調理、洗濯をこなし、こうして文字を書くことも出来るです。実に無駄な機能満載ですね、缶切りとかにも使えそうなので十得神刀とでも言いますか……」
「そんなに便利なのになんでいつもは持ち歩いてないの~?」
「そんなの煩いからに決まってるじゃないですか。シャマには分かんないですけど、こいつってオニキスちゃんにだけは刀の姿でも声を届けることが出来るらしいですから、封印されてない間は結構離れてても話す事が可能らしいですよ?」
そうこう言うっている間にコンコンと机を叩く音がする。
「書けやがりましたか?十得神刀」
「ッッッ!!」
シャマの言葉に反応して何か言いたげではあるが、何を言っているのかは全く聞き取ることが出来ない。おそらく人型であったならさぞ賑やかな文句が利けたことだろう。
――――…… side オニキス
「……うわぁ、煩い!?うるさーい!!何をいきなり騒いでるんですか!?どうして貴方が外にでているんです!あ、遠く離れてしまったから封印の力が弱まっちゃったんですかね?え、私が今どこに居るかですって?私はクティノスに向かっている途中ですよ」
突然脳内に響き渡る甲高い声に頭を押さえるオニキス。今は夜なので人通りはないが、もし昼間であったらさぞや不気味な光景で在ったことだろう。
「……ッ!……ッッ!!」
「えぇ?何でクティノスにいくのに自分が帯刀されてないかですって?それはまあ……ええ、そうです例の釘バットを持っていますね……うわっ!?煩い!!」
「……ッッッ!?!???!?」
「煩いうるさーい!!」
「~~~~ッ!!」
――――……
「なんか机の上でバッタバッタ暴れてるね~?」
「あれは多分念話でオニキスちゃんに絡んでるんでしょう、今のうちにこいつの書いた文章を読んでみましょうか」
『主殿ノ力ガ弱マリ、封印ヲ解ク事ニ成功シ候。某ヲ封印セシ主ノ所業ニ憤慨セシ候エバ、某コレヲ晴ラソウトシ候。部屋ノ中、主ノ帰宅ヲ待チ候エシ所、ソコナりーべ成者、主ノ気配ヲ纏イ現レシ候。故ニ某、コレヲ主ト誤認セシ候……――』
「……読みづれえです。書き直し!」
「……ッ!?」
「暴力はダメだよシャマちゃん~!?」
壁に叩きつけられた神凪は再びフラフラと空を飛び、机の上で文字を書き始める。
「本当に頑丈だねえ、この刀……」
「性能だけは無駄に最高峰なのです。忌々しいことですが……」
「あ、書けたみたいだよ~?」
「どれどれ」
『某の封印がいきなりとけちゃったからー、めっちゃオコでー、もう主殿ってばープンプンだぞーってしたかったのにー、なんかリーベとか言うおっぱい女がきたせいでー、某誤爆ッタていうかー。ていうかー、主がークティノスむかったのにー、何で某置いてけぼりなのんー?まじむかつきなんですけどぉー……――』
「ふむ、やれば出来るじゃねえですか?」
「ふえええ!?これでいいの?」
「一貫性もないし謎すぎる言語になってるよ!?しかもさっきまでの口調はキャラ付けなんだ……」
シャマが褒めると、心なしか誇らしげになった神薙は、更に続きを書き始める。
『兎に角ー、某を今すぐ連れていけっていうかー。お前、従者のくせに何のんきに置いてかれてるのーとかマジワロリンヌdtrfcyhbjkんl;……』
書いている途中でシャマに掴まれ、壁に叩きつけられる神薙。
「ふむ、手が滑りやがりました」
「本当に容赦ないね?ちょっとだけ僕はあの刀が可哀想に思えてきたよ?」
「取り敢えず、お馬鹿な刀ではありますが。これは好都合かもしれないですね」
「好都合?」
不思議そうに問うリーベに向かって悪そうな無表情を浮かべるシャマ。
「敵地に向かうのに愛刀が無いなんてこれは相当な事ですからねー。シャマは仕方なくオニキスちゃんを追いかけなくてはいけなくなりました。いやー、タイヘンダータイヘンダー……」
そう言うとシャマはいそいそと荷造りを始めるのだった。
シリアス……




