第二十七話 暗躍
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――気に食わねぇ……。
男は校舎の窓から複数の男女のやり取りを見て心の中で呟いた。その中に居る赤い髪の青年を見ると、彼の心中には苛立ちが募り、今度は心の内を隠すでもなく「気に食わねえ……。」と口に出して呟いた。そんな男の横で困った表情を浮かべるのは、前回連携術講習にて、シーザーのパーティの盾役をやっていたシーザーの取り巻きの男だった。
「おいおい、確かにシーザーさんこの間の連携術講習からちょっと変わっちまったけど、そんな言い方は無いだろう?」
「うるせえぞ、馴れ馴れしく話しかけるな……アビディ。」
軽いノリで話しかける盾の男を鋭い目つきで睨みつけ、男は屋内であるにもかかわらず廊下に唾を吐き捨てる……身なりは整っているが粗野な行動をする男、それは先日までシーザーの取り巻きをしていた剣士だった。
ローガン=ヒュージャ
元々男爵家に生まれ、特に不自由なく幼年期を過ごした彼は、己が生まれ持って力を持つ”貴族”で有ることに過剰な自信を持っていた。しかし、歳を取るごとに、その権力には上があることを知り、徐々に彼は鬱屈とした不満をその心に沈殿させ腐敗していった。しかし、学園に入りシーザーに取り入ることによって、彼は嘗ての栄光によく似たものを感じるようになっていった。スクールカーストという狭い世界では、彼は嘗ての万能感を取り戻すことが出来たのだ。
しかし、先日の一件以来シーザーは変わってしまった。彼は良くも悪くも周りに興味を持ち始めた。結果、シーザーはローガンに苦言を呈する事が増え、彼と少し距離を取るようになってしまったのだ。
こうして彼は、再び嘗て感じた権力の失墜を味わう羽目になってしまった。元々それは彼個人の勝手な思い込みに過ぎないのだが、彼はそうは思わない。今、彼の視線の先には、彼を変えてしまった黒髪の女と、変わり果ててしまったシーザーが見えていた。
横に居るアビディは非常に頭が悪く、ローガンは昔から彼を軽蔑していた。更に苛立つのはアビディは元々シーザーに心酔していたようで。シーザーが変わるなら自分も変わっていこう等と頭の悪いことを宣い、まるでそれが素晴らしいことのように勧めてくる。ローガンからしてみれば、巫山戯るな、お前と俺とでは目的が違うのだと言いたい。
「兎に角、俺はこれからシーザーさんと連携の練習があるから行くぞ。お前もいつまでも腐ってないで、よければ一緒にがんばろうぜ?」
無神経かつ頭の悪い男に上から目線でアドバイスを受け、ローガンの怒りはいよいよ頂点に達しようとしていた。
変わり果ててしまった赤髪の勇者もどきが気に入らない。黒髪の見た目が少々良いだけで周りから煽てられていい気になっている売女も気に食わない。嘗て同じ穴の狢だった癖に、勝手に生まれ変わったかのように自慢げな馬鹿も気に食わない。
あぁ、何もかもが気に食わない。
そんな言葉が彼の心を埋め尽くした時、あたりの空気が変化した。先程まで賑やかだった廊下に人気はなくなり、空気の温度が数度下がったかのような冷たさを感じる。
「やぁ、随分イライラしているようだね。」
突然背後から声がかかり、ローガンは全身に鳥肌が立つ。慌てて振り向くと、そこには怪しげなローブの男が立っていた。
「やぁ、はじめまして。」
「……誰だ?」
「私かね?そんなことは知っても仕方のないことだと思うぞ。私はただ、君を助けに来ただけなんだ。」
抑揚も無く話しかけてくる怪しいローブの男。ローガンは警戒心を高めていったが、そんな彼を見ても何て事は無いとばかりに男はゆっくりと近づいて来た。近づくにつれて窓から入る光が男を照らし、そのローブから覗く紫に光る瞳が見えた。顔立ちは整っており、男か女か判別が難しいが、声の高さからおそらく男なのだろうと思われる。
「私は君の味方だよローガン、その証拠に土産も持ってきたんだ。」
「あ、あぁ……。」
「これを君にあげるよ、そのかわり君に協力を頼みたいんだ。」
「俺に……協力……?」
何故かこの男に対しての警戒心が薄れていく。状況も言葉の内容も姿も怪しい、特に廊下に人気がなくなっている状況は異常すぎる。しかしそんな事とは裏腹に、ローガンは男の紡ぐ言葉に心地よさすら感じ始めていた。
「私は君のような逸材をずっと探していた。優秀な素質を持っていながら、周りから認められない。そんな事を思ったことはないかな?」
「周り……あぁ、そうだ、そうだな、誰も彼も皆俺のことを見下しやがる。
「本来君は、こんな学園で腐っているような存在ではない。君はもっと評価されるべき人なんだ。私はそんな君の才能を周りの連中に認めさせる手伝いをしに来たんだよローガン。」
酩酊した時のように頭がはっきりしない。しかし、この男の言っている事は理解できる。この男の声は心地良い、もっと自分を褒めてほしい。
「これを君にあげよう、これを使えば君は真の力を発揮できる。そして君を馬鹿にした連中は後悔することになるだろう。君という才能の塊を怒らせてしまったことにね。」
「ああ、ああ、そうだな、奴らは後悔するだろう。」
「やっぱり君は思った通り最高だ。それじゃあ一緒に聖学祭を盛り上げる準備をしよう。」
薄く笑う紫眼の男にローガンはフラフラとついていく、二人が姿を消し暫くすると、学園は普段の姿に戻り、あたりは喧騒に包まれた。まるで先程のことなど幻だったかのように……。
……――――
見落としていた。冷静に考えればこうなることは当たり前だった。オニキスは己の迂闊さを後悔するとともに。この窮地を如何に脱するかを全力で考える。すでに退路は絶たれ、二人がオニキスにジリジリとにじり寄る。
「……見逃してはいただけないのですか?」
「そうだね、悪いけどこれは必要なことだから。」
「リコスさん……。」
「ごめんよ、だけどボクもこれを止めるわけにはいかない。」
「どうしても?」
「どうしても……だよ……。」
言葉が終わる直前、リコスの身体がブレる。予備動作の無い加速、流石もと剣術科Sクラス。動き自体はシーザーに劣るがその動きには無駄がないため、体感的にはリコスの動きのほうが早く感じられる。辛うじてその手から逃れたオニキスだったが、直後足元に発生した蔦に足を取られた。
「黒姫様、おとなしくしてください!これは必要な事なのです。」
オニキスはリコスの動きに気を取られ、彼女を失念していた。まさか捕縛系の術をこのレベルで使えるとは。
「もう、逃げられないよ……。」
「助けてください……シャマ、シャマー!」
泣きそうな表情を浮かべ従者に助けを乞うオニキス。しかし、この世で最も頼りにしているシャマは全くオニキスを助けようとはしてくれなかった。そして遂にリコスの手が自らに伸び、オニキスは絶望する。
「もう暴れないでよ!!採寸しないと服が出来ないでしょ!?」
「やだ、やだぁ、絶対服はぬがないですよ!!」
「ちょっと、これじゃあボクが悪い事してるみたいじゃないか……もう、あばれないでよ……興奮してきちゃうじゃないかハァハァ……。」
「……は、久しぶりに泣き出しそうなオニキスちゃんに見惚れていました、ハァハァ……。王子、そこまでです。採寸は必要ありません。」
後ろからかかったシャマの声に、採寸メジャーを手にしたヴェスティとリコスは動きを止め、オニキスは安堵のため息を吐いた。
勢いに押されつい了承してしまったメイド喫茶だったが、ここにオニキスの想像もしなかった罠が隠されていたのだ。リコスについてくるように言われた更衣室にて、オニキスを待っていたのはメジャーを手にしたヴェスティと、邪悪な笑みを浮かべ、オニキスの服を脱がそうとするリコスの姿であった。
必死の抵抗を見せたオニキスであったがSクラスの剣術家であるリコスの動きと、完全に想定外だったヴェスティの高等な捕縛系魔法にあえなく捕まり、あわや全裸にさせられる寸前まで追い詰められていたのだった。
「シャ、シャマさぁん……。」
「あ、あの、それでも採寸をしないと黒姫様の魅力を最大限に引き出すことができませんよ?」
「その点は問題ありません。オニキスちゃんの身体のサイズは上から……。」
「なんで知ってるんですかシャマさん!?」
「因みに身体のほくろの数は……」
「何時数えたんですか!?」
自らの身体の秘密をスラスラ答える従者に心の底から震え上がるオニキス。窮地を脱したようでいて、真に恐ろしい物を見てしまった気がしていた。
「ヴェスティちゃん、これで服は作れちゃうのかい?」
「そうでもすね、問題ないと思います。私早速制作にはいりましゅ!!」
「そっかぁ、うぅ~、合法セクハラが~、残念。」
「言っちゃった!いまリコスさんセクハラって言っちゃいましたよね!?」
手をワキワキさせながら不穏な言動のリコスをよそに、ヴェスティはものすごい速度で廊下を駆けていく。正直、今のヴェスティの動きもシーザーを超えているのではなかろうかとオニキスは思う……。
「取り敢えず、セクハラも出来なかったし、リーベちゃんでも誘ってご飯に行かない?」
「甘いですねえ、王子は。あの怯えきった表情で逃げ回るオニキスちゃんの良さがわからないとは……。」
「えぇ……。」
従者のあまりにもアブノーマルな主張に慄くオニキスだったが、頭はすでにお昼ご飯へと向いていた。今日は美味しいご飯を食べて、嫌な記憶を消し去ろうと心に決めるのだった。
このパターン多すぎですかね……。
評価ブックマーク何時もありがとうございます。
更新はしばらくゆっくりになりますが、ボルガ博士お許しください。
感想をくだしゃぁい。




