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アイツがある日、突然嫁を連れて帰ってきた  作者: 川平直
彼女へさよならのキスをする▢

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第36話

 泊まっていた新潟のホテルを出て、東京に帰る途中のことだ。


「あーーーーっ!」


「なにっ、どうしたのっ!?」


 真奈実の上げた奇声に、運転をしていた俊介が驚いて声を掛ける。


「俊介くん。ホラ、あれ! あれ!」


 真奈実は興奮した様子で、稲が刈り取られた田んぼの中を指差した。


 そこに居たのは丸みを帯びた卵型の体から、スラリと長い首が伸びた様なフォルムの白く綺麗な水鳥で。


「あー、白鳥だね」


 あんまりに素っ気ない俊介の反応に、真奈実の方が不満になった。


「あー、て。白鳥だよ! 白鳥!」


 真奈実にとって白鳥と言えば、お伽噺に出てくる森に囲まれた美しい湖面を優雅に泳ぐ神聖で珍しい鳥だ。


 それが目の前にいるというのに、この大して興味がなさそうなリアクションはなんなのか。


「そうはいうけどさぁ」


 言いながら、俊介が走らせていた車をその場に止めた。


 道のど真ん中だったが田園の中を走る長いその道に、対向車や後ろから来る車の姿は無く、通行の邪魔になることはない。


「ホラ」と俊介は体を避けながら真奈実とは反対、運転席側の窓の外を指差した。


 そちら側にも稲の刈られた田園が広がっており、その中には白鳥の姿もあった、しかも二羽。よくよく見れば、それ以外にも田んぼのあちらこちらの白鳥らしき鳥の姿がある。


「わぁー。ねぇ、この辺って何か特別な場所だったりするの?」


 最早、感動しているような真奈実の言葉に俊介は思わずといった感じで、盛大に笑い出した。


 真奈実にはその笑いの意味が分から無かったが、なんとなく馬鹿にされているような気がして唇がアヒルになる。


「何がおかしいのよ」


「別に、ただ真奈実は純粋で可愛いなと思ってさ」


 またも不意打ちでペロッと可愛いなどと言われて恥ずかしいような、やっぱり馬鹿にされてるような気がして不服なような。


 そんなビミョーな気分になって、真奈実のくちばしが益々長くなる。


「この時期になるとね、あいつら落ち穂を食べにそこら中の田んぼに出没するんだよ。ぶっちゃけ言うと、珍しくもなんともない」


「え、でも、白鳥っておとぎ話とかにだって、出てくるぐらい珍しい鳥なんでしょう?」


「おとぎ話に出てくる=珍しいって訳じゃ無いと思うよ。絶滅危惧種とかそういうのはよく知らないけど、少なくともこの辺の人間の感覚としては、駅前にいる鳩と大差ないかな。季節限定な分、流石に鳩よりは珍しいけど」


 駅前の鳩と一緒にされては、さしもの白鳥も面目丸つぶれだ。


 とは言え、話を聞いた上で改めて白鳥を見てみると落ち穂食べるために時折、泥の中に顔を突っ込みながら田んぼの中をよたよた歩くその姿は、森に囲まれた美しい湖面を優雅に泳ぐ神聖な鳥というイメージからかけ離れているように思える。


 正直、白鳥というブランド取っ払ってしまうと、大きいだけでその辺のアヒルやカモと大差ない。


「……なんだか、夢が壊された気分」


「まぁ現実なんてそんなもんだよ。ほら、そろっと出発するよ」


 しょんぼりする、真奈実をからかい半分に励ましながら俊介は車を走らせる。


「ねぇ、ところでさ。今のって、ひょっとしてこっちの方言なの?」


「え、どれが?」


「ほら、俊介くんそろそろのことを『そろっと』って言うでしょ。最初はよく意味が分からなかったんだけど。こっちの人たちもつかってたから」


「……意識したこと無かったな」


 以外にも俊介は本当に驚いている様子で、全く自覚が無かったらしい。


「他にも方言っぽい言葉混じることあるよ俊介くん。お義姉さんや建一さんと話してるときは特に」


「そうなの?」


「そうだよー。本当にここは俊介くんの故郷なんだなぁって、聴きながら思ってた」


 俊介はどこか嬉しそうに「そっか」と呟いて。


「よそ者だった俺も、ちゃんとここの住人になれてたんだな」


 何かを噛みしめるようなその言葉は、何処か悲しげに聞こえて。


 胸の奥がきゅうと切なく締まったような、そんな気がした。


                *


 俊介の故郷を回る小さな旅を終えて。


 東京に帰ってからは、バタバタとした日々が続いた。


 一ヶ月以内に式を挙げるとなると、当然その分あれやこれや、急いで準備しなければいけないものも多いわけで。


 端折れるところは端折り、規模も小さくするつもりだとは言え、一生に一度の結婚式、拘れるところは拘りたいと欲もでる。


 それに仕事だっていつまでも休んでいるわけにも行かない。


 仕事の合間、合間に時間を見つけては式の打ち合わせや準備を進める、小忙しい日々が数週間続いた。


 そうしてなんとか、式は予定通り十二月の二十八日に挙げることが出来た。


 式には真奈実の親族を初め、友人達や仕事場の同僚や先輩達。


 そして建一と春、清吉と友恵。


 新潟での旅で出会った人たちも、全員参加してくれていた。


 結婚式はウエディングドレスを着たいという真奈実の希望を汲んで、洋式のものになった。


 式のギリギリまで粘って選んだドレスに身を包み、指輪の交換や誓いのキスなんかと言ったお決まりのイベントを進めていく。


 そうして最後に新郎から、来席者への挨拶の時間がやって来た。


 ブライダル会社の職員が話を振ってマイクを受け渡す。


 マイクの前に立った俊介は、ゆっくりと来席者に座る人達を見渡した。


 まるでその場に居る人達一人一人の顔を目に焼き付けるように。


「えー、この度は僕と真奈実さんの結婚式に出席いただき、誠にありがとうございました」


 お約束の口上を口にして会釈する。


「これまでの僕の人生は多くの人に支えられたものだったと、ここ何日かそれを強く実感しました。両親や兄弟、友人達と、笑い時にはぶつかりながら、僕は今日と言う日を迎えるまでの人生、失敗や後悔も沢山ありましたが、それでもこれだけは、ハッキリと言えます」


 俊介がそこで一度、言葉を切った。


 何かを堪えるように、うつむき拳を強く握るが、すぐに顔を上げ前を見る。


「今までありがとう、俺は、幸せでした」


 俊介がスピーチを終えて、拍手が会場一杯に響く。


 建一が感極まって涙を流す春にハンカチを渡している。


 清吉がむっつりとした表情で拍手を送り、その隣に置かれた母の遺影に、友恵が何か話しかけている。


 きっと誰もが、今の俊介の言葉がどういう意味を持つのか、どういう気持ちで口にした言葉なのか気づいていないのだろう。


 この言葉が今まで支えてきてくれた、全ての人への、別れの言葉だなんて誰も気が付かない。


 でも、それでいい。


 皆には笑顔で、真奈実との結婚を祝って貰いたい。それが俊介の望んだことだったから。


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