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アイツがある日、突然嫁を連れて帰ってきた  作者: 川平直
母さんの墓参りにいく▢

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第28話

「何か私に、ご用なんですか?」


 何時もの場所に何食わぬ顔で座った俊介に、真奈美は開口一番そう言い放つと、彼は驚いたように目を点にした。


「いつもその席に座るものですから、何か理由があるのかと思って」


 流石に唐突過ぎたかと、そう付け足す。


 すると俊介は机に頬杖を付き、真奈美の事を見つめながら穏やかな微笑を浮かべて。


「君のことが好きだから」


 耳元を撫でるような甘い声でそう言われて顔が一瞬でゆであがり、心臓がドキリと体に悪い跳ね方をする。


 まさかこんなに直球で来られるとは思っていなかった。


 どうしよう、なんて答える?


 正直付き合ったりとかは、やぶさかでも無いけど。ここで、じゃあ付き合いましょうって言うのも何かちがくない?


 そもそも互いの事、良くも知りもしないの付き合うだどうのってのも走りすぎ?


 まずはお友達から?


 でも、大学生にもなってなにカマトトぶってんだよ、とか思われない?


 そんな具合に頭の中が大混乱に見舞われている真奈美の事を眺めながら、俊介はその笑みをニッと深くして。


「……って、言ったらどうする?」


 わざとらしく、たっぷりと間を置いてそんな一言を言いやがりやがったその顔と声は、まるで仕掛けたイタズラに引っかかった人を嬉しそうに眺める子供のようだ。


「ほんと、感情の発露が素直な人なんだね久野空さんって」


 イタズラ小僧がそう言って、また嬉しそうに笑う。


 このヤロウ、オトメゴコロをもてあそびやがって!


 腹立たしいやら、空しいやら、恥ずかしいやら。


 真奈美の心中で複雑な心境がこみ上げるが、ここでムキになって反論や文句を言えば、何かを期待していたことを肯定してしまうような気がして結局はむっつりと黙り込んで自習をするしか無かった。


 自習の内容がろくすっぽ頭に入らなかったのは、言うまでも無い。


 しばらくして、この日は珍しく俊介の方が先に席を立った。


「さっきはゴメンね」


 席を立つと同時にさり気なくそう言われた。


 言いたいことが無いわけでは無かったが、もう過ぎてしまったことを、グチグチ言うのも大人げない。


 ここは寛大な大人の心で許してやろう。


 そう思って返事をしようと思った瞬間。


「でも俺、嘘は言ってないよ」


 またさらっとそう言われて真奈美の思考がフリーズした一瞬の隙に俊介は自習室を後にしてしまった。


 嘘は言ってないって、それってどういう意味? いったいどこから?


 頭の中に浮かんできた疑問。


 しかしその悶々とした、疑問をぶつける相手はすでにここにはいなのだった。




 翌週、俊介はこの前の事なんて無かったように何食わぬ顔で自習室に姿を見せ、いつもの席に座った。


 ……別に肩すかしだなんて思っていない。


 一体どんな顔であえば良いんだろうとか、なにを話せばいいんだろうとか、そんなことは思っていない、断じてない!


 真奈美が自分でも誰に対してなのか分からない言い訳を頭の中で繰り広げていると、不意に俊介の方から声を掛けられた。


「お疲れ、今日は差し入れ持ってきたんだけど。久野空さんはどっちが良い?」

 そう言って、顔の高さで二つの缶を軽く振ってみせる。


 この前の事もあったせいで、思わず怪訝な顔で二つの缶を見てしまう。


「別に毒とか入ってないから。純粋な善意だよ、善意。信用してよ」


 どの口が言うか、どの口が。と心の中で文句を言うが、別に本気で毒が入ってると思ってるわけじゃない。


 それにせっかく持ってきてくれた差し入れを無下にするのも悪い。


 そう思ったが、俊介が提案した二択を改めて見て、うっと息を呑んだ。


 差し入れとして持ってきたのは、どちらも缶のコーヒーで。片方はブラック、片方はカフェオレだっだ。


 正直に言うと、コーヒーはあんまり得意じゃない。


 あの黒くて苦い液体の、なにがそんなに美味しいのか、友恵にはどうしても理解が出来ない。友人からはよくその事で子供みたいとからかわれるが、なんと言われようと苦手なものは苦手なのだ。


 とは言えこの年になってコーヒーが、苦手だなんて言うのは正直恥ずかしい。

 せめて甘くて呑みやすい方でと、カフェオレに手を伸ばそうとするが、こういうときに限って余計な事が頭を過ぎる。


 ここで迷わずカフェオレって、なんだかあざとくない?


 我ながらどうしてあんな事を思ってしまったのか、一体なにと戦っていたというのか、後から思えばよく分からない。


 ただ気が付いたときには、差し出された二つの内、黒い缶の方を手に取ってしまっていた。


「あ、久野空さんってブラックの方が好きなの?」


 この時、素直にやっぱりカフェオレの方がいいと、なんならコーヒー事態苦手ですと白状すれば良いものを。


「ええまぁ、どちらかと言えば」


 と、いらない見栄を張って自爆する。


 あーもう、私の意地っ張り!


 自分を責めてみるが、今更やっぱり取り替えてなんて言える筈も無い。


 俊介の方から、取り替えてくれって言ってくれないかなと期待してみるが。


「そっか、いやぁ良かった。正直言うと俺もブラックは苦手でさ。見栄張っ買ってきたけど、正直助かったよ」


 そう言って俊介は、カフェオレの缶を開けてひと思いに呷った。


 だったらカフェオレを二つ買ってきてくれたら良かったじゃ無い! と真奈美は心の中で叫びながら手に持ったブラックの缶を恨みがましく睨むが、受け取ってしまった以上、飲まないのは失礼だ。


 プルタブを開けて、どうにかちびりと一口だけ口に流し込むと、独特の苦みが口の中に広がり思わず顔をしかめそうになるが、どうにかそれは堪える。


 この黒くて苦い液体をどうやって処理した物かと、真奈実が思案していると俊介から「そういえばさ」と声を掛けられた。


「久野空さんって、勉強好きなの」


「別に好きって訳じゃ無いですけど、それがどうしたんです」


 返事が少しツッケンどんになる。


 その理由の半分以上はコーヒーの八つ当たりだったが、俊介はそれを気にした様子も無く話を続けた。


「いやね。前、久野空さんは他にやることが無いからここで勉強してるって言ってたけど、それにしたって、勉強以外にも暇をつぶす方法なんていくらでもありそうなもんなにのに、どうして勉強なのかなって。やっぱり勉強なんて、面倒くさいって言う奴多いからさ」


 俊介の口ぶりは何気なかった。


 表も裏も無く本当に、ただ疑問に思ったことをなんとなく口にしてみた様な。

 そんな問いに一瞬、答えようか悩んだ。


 別に何か秘密にしたいことがあるとかでは無く。単純に人様に聞かせるほど大した理由でも無かったからだ。


 とは言え、取り立てて隠さなければいけないような事でも無い。


「テストでも何でも、低い点数を取るって悔しいじゃないですか、なんだかお前はこの程度だって言われてるみたいで。だからせめて結果が出たとき、自分なりにやれることはやったって、言えるくらいにはしておきたいんです」


 ちびりとただ苦い液体を口に入れる。もう何度かこれを繰り返しているが、缶の中身は中々減ってくれないでいる。


「へぇ、久野空さんって結構負けず嫌い? 格好いいね」


「馬鹿にしてるんですか?」


「まさか」


 ジト目で睨みつけてやると、俊介は首を大きく横に振った。


「本当に格好いいと思ったんだよ、そういうの、俺はすごく魅力的だと思う」


 さらりと言われた、魅力的という言葉に思わず顔が熱くなり睨みつけていた筈の視線が逃げる。果たしてこれは狙って言ってるのか、天然なのか。


 推し量ろうと俊介の顔をこっそり窺うが穏やかな笑顔を浮かべるだけで、その内心はうかがい知れない。


 勝ち気な性格は昔からの性分だったが、それを自分の美徳と考えた事は無かった。

 どちらかと言えば、その性分のせいで損をすることが多く、妹と姉妹喧嘩は耐えなかったし。今まで付き合ってきた男とは、その性格が災いして全て喧嘩別れだった。


 それを、俊介は真奈美の魅力だと言う。


 対して知りもしないくせに、なにを分かったような事を、と反感をもった。

 でもそれはその言葉に不覚にも嬉しいと思ってしまう事への、八つ当たりだったような気がする。




 それからも俊介は毎週、真奈美の前に姿を現しその度にコーヒーを差し入れとして持ってきた。


 たまには別のを持ってきてくれないかなと思ったりもしたが、頼んだ訳では無いとは言え、奢ってもらったものにケチを付けるのも気が引けたし元はといえば自業自得だ。


 そうして苦手なブラックコーヒーをちびちびと呑みながら、俊介と話しをするのが気が付けば習慣になった。自習室の外でばったり会ったら、挨拶を交わしたりもする。


 ちょっとずつ距離が近づいて来ている実感があった。なんだか外堀を埋められているようで、少し悔しい気もしたが以外と悪い気はせず。


 むしろその事に少しわくわくして、期待している自分がいるのを、なんとなく感じてもいた。


 しかし、そんなある日。


 突然俊介が自習室に姿を見せなくなった。

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