七作
彦根 井伊家仮屋敷
直孝は形式上頭を下げて待っていた。
父の直政が死ぬ間際まで取り組んでいた北近江を統治するための城づくりも完成が近づいているらしい。
だが、まだ藩主である異母兄の直継は仮屋敷にいた。
どんよりとした顔で入ってきた直継は
「頭を上げよ……いや、上げてください。」
兄弟であると感じあった事もない二人。
兄は13万石の大名で弟は5万石を超える大名。
長男と次男の関係でいえば直継の方が上、だがしかし幕府での立ち位置は直孝の方が上。
お互いにどう接すれば良いかを悩むところからきた言い直しだったのだろう。
「兄上に置かれましてはご健勝の事と思います。
本日は大御所様からの命をお伝えに参りました。」
一応、兄を立てる事は言うがこちらも幕府の命を受けてきていたため低姿勢でいられない。
しかもこれから伝える内容も直継に対してはかなり屈辱的なものだからどうしたものかと悩んでいた。
「お聞きします。」
直継の方も大御所様(家康様)の名が出ればかしこまらずるをえない。
「昨今の豊臣の動きに対し、近々大御所様自らが陣に立ち豊臣を……討伐される事になりました。」
周りを囲んでいた家臣達からどよめきが起こる。
「出陣せよとのお達しか?」
「いえ、兄上はご出陣していただかなくて結構です。
此度の戦の井伊家の総大将は………僭越ながら拙者が勤めます。大御所の決定であり拙者の望んだ事ではない事だけはしっかりとご理解頂きたい。
これに伴い、彦根藩から藩士を戦に連れて参ります。
井伊谷からの家臣団で彦根の守護をお願いします。
万が一にも襲撃があるといけませんので。
甲斐の遺臣達をお借りして行きます。」
「何を勝手な事を……」
叫ぼうとした家臣の一人を直孝は睨み付けて黙らせる。
「これは神君・家康公のご采配である。
その方は家康公に異を唱えるという事で相違ないか?」
冷たく言い放つ。そもそもの話が藩主と幕府の使者が話している所に割ってはいるなど不敬でしかない。
「あっ、いやその………」
家臣は言いよどむ。直孝はその者を見ることもなく直継に向かって
「はあ。此度の家康様のご判断は兄上が家臣をまとめきれていない事に端を発したものです。
今のを見れば兄上が家臣から尊重されていない事が目に見えております。
異母弟とは言え幕府からの使者である拙者と兄上の会話に割ってはいるなど主君の立場を悪くするような事を忠臣がしましょうか?
あやつが拙者の家臣なら切り捨ててますよ?」
「うっ、うむ。その者を連れていけ、処罰は追ってする。総大将……だけではないだろう?」
「兄上がその聡明さをもっと前面に出して頂けていたら私もこのような事にはならなかったのではないかと思います。直継殿は体調を崩されたため13万石の大名でいる事は厳しいため弟の直孝に当主を譲り上野北中藩主へと改易する。井伊の分家当主として引き続き幕府の統治へ助力せよとの事です。
これは豊臣征伐後に正式に通達されます。
ご準備をお願いします。」
「………かしこまりました。」
直継はあっさりと受け入れた。こうして大阪へ攻めいる準備は確実に進んでいったのであった。




