三作
「弁之介殿、よろしいかな?
秀忠様は11年上で関ヶ原の合戦の時は別の戦場におられたとはいえ戦の経験もある。
他にも家康様が大阪に居られる時は代わりに関東の統治も行われていた。まだはっきりと明言されていないだけで徳川家の跡継ぎの方である。
決して無礼の無いようにせよ。」
父上が所用で来られないとなり、父上と同じく徳川家の重臣の本多正信様が注意事項等を教えてくれている。
「はい、ありがとうございます。
気を付けます。」
「ふむ、直政が大丈夫と申していたからあまり心配はないし、秀忠様も短気な方ではないから大丈夫だとは思う。気を張りすぎてもいかんかもしれんな。」
正信様は少し何かを考えられて短く息を吐くと
「まぁ、考えても仕方ないな。
ほれ、行くぞ。」
促されるままに進み部屋に入ると正信様が
「そこに座り頭を下げたままお待ちせよ。」
「はい。」
江戸城の本丸。普段ならたくさんの家臣が集まり合議を行ったりするような大きな部屋に今いるのは弁之介と本多正信の二人という場違いな感じがする。
弁之介は頭を下げて、ただその時を待った。
その時は突然に訪れた。
「うん?よいよい、頭を上げよ。
正信殿、別に公式な場でもないのだ。
そこまでかしこまらせずとも良い。」
「いえ、若。初めは肝心でございます。
直政の子とはいえ特別に扱っているように見えてはなりませんので。」
「そういうものか。では、挨拶をせねばな。
徳川秀忠である。頭を上げよ。」
弁之介は頭を上げ、
「井伊直政が次男、弁之介と申します。
秀忠様にお仕え致したく……」
「アハハ、さすが直政の子だな。まっすぐ要件を言う所など直政のようだ。これから側で仕えてくれるならもう少し肩から力を抜かねばな。」
「はいっ、ありがとうございます。」
秀忠様は柔らかな笑みを浮かべたまま
「時におぬしは直政の正室の侍女の子だと聞いた。
その正室は養女とはいえ、和が姉にあたる訳だがそれにつてはどう思う?」
「秀忠様!」
本多正信の声が響く。弁之介は正信を見てから
「大丈夫です。」
と言い、そして秀忠の方を向いて
「特に何も思いませぬ。
先日、生まれてはじめて父に会ったばかりなので、父の人柄もなぜそうなったのかもわからぬままです。
兄上とも交流がありませんし、井伊の家臣達がどのように考えているのかもわかりません。
なので、私が何かを思う事自体が判断材料がないため思いようがないのです。」
「なるほど、利発でありながら思慮も深いな。
意地悪を申してすまなかった。おぬしを試してみたくなったのだ。」
「いえ、お望みの答えを出せず申し訳ありません。」
「よい。これから頼むぞ弁之介。」
こうして秀忠との面会は終わった。




