二十九作
「直孝、そなたの此度の働き実に見事であった。
真田の見事な奇襲により混乱した軍を収めるような進軍、秀頼らが籠る山里丸に対しての砲撃により自害に追い込む働き。
よって、褒美として今の所領15万石に5万石の加増とする。更に従四位・下侍従の位を与える。」
大阪の陣の戦後、徳川家康の居城である駿府城で戦功に対する褒章が行われていた。直孝の順番になり家康から内容が発表される。
これで直孝の所領は父・直政の所領の内で兄・直継と分けた15万石と合わせて20万石になった。
全体の褒章の話が終わり一部の家臣を残して散会した。
「さて、今後についてだが儂がいつまでもでしゃばるとおぬしらもやりにくいだろう。
なので、儂は本格的に隠居する。
秀忠を中心に支えていって欲しい。
最後に大名を統制する法令だけ作っておきたい。」
家康が言い秀忠が応えた。
「わかりました。では、内容を詰めていきましょう。」
「大名にむけてだから武家諸法度とでもしよう。
一つ、文武弓馬の道に専念せよ。
一つ、群れて遊び呆ける事を制するべし
一つ、法度を背く輩を隠すべからず
一つ、大名、小名並びに諸給人は各々が抱える士卒が殺害や反乱を行った場合は直ぐに報告すべし
一つ、今から国人の他、他国の者を交置すべからざる事
一つ、諸国の居城は修理補修を行う際は報告せよ。
一つ、隣国などが新儀を企て徒党を組む等していた場合は報告せよ。
一つ、大名間で勝手に婚姻を結ぶべからず
一つ、諸大名は参勤の作法を守るべし
一つ、衣装の品、混雑さすべからず
一つ、身分の低い者は興に乗るべからず
一つ、諸国の侍は倹約すべし
一つ、国主は政務の器用を撰ぶべし
この13ヵ条とする。これは秀忠の名で出せ。」
「かしこまりました。」
「何か付け足す事などはあるか?」
家康が周りをみる。反論はでないのを見て
「うむ、必要に応じて改め付け加えよ。
長く治世が続けば、その時代にそぐわぬ法となる事もあろう。その折々で法が適しておるかを精査せよ。
戦国から戦のない世に移り変わるこの時期に思う事と平和な世では思う事も感じる事も変わってこよう。
法にしがみつくな。法を使いこなせ。
良いな?」
「承知しました。肝に命じましょう。
秀忠が応え、頭を下げた。その場にいた全員が同じように頭を下げる。徳川家康の最後の仕事に対しての敬意を込めたものだった。
翌年1617年7月、乱世を終わらせた男・徳川家康は病のため享年74歳でこの世を去ったのであった。




