十作
自陣に帰ると家臣の一人が走ってきて
「殿、評定はいかがでしたか?」
「うむ、家康様は真田信繁殿を警戒し塹壕を作りながら慎重に攻めこむ方針で、江戸を空けている事を危惧して長引かせたくない秀忠様は一息に攻めこみ短期決戦をお望みだ。
どちらの意見にも理がある。
損害を最小に押さえるために慎重に攻めるのも、外様や成り上がりを目論む大名が離反しないかを考え力を見せつけつつ最短で終わらせようとするのもどちらも必要なのだ。二人が対立しているように見えないうちに軍議を切り上げてくれた前田利常殿は流石だな。」
「殿、堂々と胸を張り威勢を見せてください。
将とはお飾りではありません。特に井伊においての『将』とは直政様その者なのです。
自らが先陣を切り馬で駆け抜け、徳川軍全体を鼓舞する。それが井伊の将なのです。
我々は直政様と共に戦場を駆けて参りました。
そのため、ご子息方にもその姿を求めてしまうのです。」
「なるほど。家臣の皆が期待している事もわかる。
家康様も同じように仰ってくださった。
だが、私は『直政の戦』をしらぬ。
私が父と初めて会ったのは関ヶ原の合戦後だ。
寺にいた時も皆が気を遣って家の話をしないでくれていた。だから、私は父上の戦を見た事も聞いた事もないのだ。兄上にしても『お家を残す』ためにも父上のように駆け抜ける人間に育てなかったのだろう。
実際に父上は関ヶ原で受けた傷が元に早世している。
すまぬが、私は『直政』にはなれませぬ。
だが、後ろで怯えているわけにもいかぬ。
皆の前は走れぬかもしれないが、皆の横では走りたいと思っておる。戦については家臣の皆から学びながらになるゆえ、思った事や気づいた事は教えて欲しい。
井伊の大将ではあるがほぼ初陣の若造でしかないのだ。
よろしく頼む。」
「殿………承知しました。
我々が道を開き殿の花道を今回は(・・・)お作りします。
ここぞと言う時に勝ちどきをお挙げください。
そうすれば井伊が戦で目を引きましょう。」
「うむ、よろしく頼む。」
「殿は家康様と秀忠様のどちらの方針を支持されますか?」
「家康様だ。私は皆で生きて帰りこれからの近江を発展させなければいけない。ここで人を失うは愚策と思う。
ただ、秀忠様のお考えも理解できるし、攻め気を見せねば戦の功績は得られぬような気がする。
難しいな。」
「武士ならば攻めこむ気概が大事ですぞ。」
「我らは礎にならねば成らぬのかもしれない。
乱世と平和な世の境目にあり、我らの行動ひとつでまた乱世になる事もありえる。
怖じけづいているのではなく、前へ進むその方向をしっかりせねば乱世を終わらせようと戦った者共の死が無駄になるのではないかと考えると余計にわからなくなるのだ。我らがこの悩みを抱く最後の代にしたいと思う。
我らの生き様の上に平和な世を気づかねばならない。
そうなら私は………」
この時は口にしなかったが確たる覚悟を直孝は決めたのであった。




