反逆の轍.3
黄金のドクロを割り、中から引きずり出したのは、半透明の立方体――「データボックス」だった。ジャックがその冷たい角に触れた瞬間、ボックスがノイズと共に形を変える。荒いポリゴンが組み換わり、瞬時に一本の「ゴルフクラブ」へと結実した。
「おぉー! おめでたいね。中型のドロップにしちゃあ、かなりのアタリだ」
ビットが汚い指をパチンと鳴らす。
「ジャック、そいつは4,000KBで買い取ってやってもいいぜ。どうする?」
低ポリゴンの囚人がゴルフクラブを持っていても、撲殺用のナマクラにしかならない。ジャックは迷わずそれをビットに放り投げた。ビットは上機嫌で受け取ると、「ボックス」と短く呟く。すると、ゴルフクラブは再び味気ないキューブ状のデータへと巻き戻された。
「いいか、新人。データボックス化したアイテムは、こうやって呪文を唱えればいつでも収納できる。これは全バグ共通の規格だから、覚えておいて損はねえぜ」
ビットはキューブをポケットに放り込み、二本指を揃えて自らの眉間に当てた。
ピピッ、と電子音がして、ジャックの網膜に送金承認のウィンドウがポップアップする。ジャックが視線で「了解」を選択し、取引が成立した。
「……あんた、そんなもん買い取ってどうするんだ?」
ジャックの素朴な疑問に、ビットはニヤリと金歯を覗かせる。
「外の世界に流すのさ。物体の『ボックス化』はバグにしかできない特権だ。同じ商品でも、ボックス化された品は持ち運びが自由で、サーバー負荷もかからねえ。富裕層の間じゃ、利便性とコレクション性を兼ね備えた『世界に一つだけの資産』として、バカげた高値で取引されてるのさ」
「世界に一つだけ?」
俺は思わず聞き返した。それは初耳だった。
「おいおい、前にも説明しただろ? ……まあいい、何度でも教えてやる。このキューブには開封と同時にサーバーから固有の『シリアルナンバー』が刻印されるんだ。どのエリアの、どのバグから出たか……その履歴が希少価値を生む。中には喉から手が出るほど需要の高いパニッシャーもあるんだぜ。……ま、それが何かまでは企業秘密だがな」
にしし、と下卑た笑い声を上げるビットを見ながら、俺はポケットの中の「重み」を確かめた。
手元には中型のパニッシャーが五つ。大型が一つ。そして――あの例の「特殊バグ」のパニッシャーが一つ。
どうせ俺たちの記憶容量じゃ、いずれ忘れて消えてしまう思い出だ。今のうちに、実利に変えておくべきだろう。
「……ビット。俺からもいくつか売りたい。その代わり、開封作業は俺にも見せろ」
「おっ、そいつは賢明な判断だ、姫守。ジャックの景気の良さを見て、自分も忘れないうちに清算しておこうってか」
「姫守さんも持ってるのか? どんなバグを倒したんだよ」
ジャックが目を輝かせて「冒険譚」を期待するが、俺は手で制した。
生憎、戦いの高揚感なんてものは、とっくの昔に脳内から「最適化」されている。知りたければ、俺の筋肉を解凍して訊くしかない。
「……中型のパニッシャー、相場はいくらだ?」
「一つ10MBってところだな。……おい、その言い方だと、まさか他にも持ってるのか?」
「中型を五つ。……それと、大型もある」
「ヴぉい、マジかよ⁉」
ビットがひっくり返ったような声を上げる。
「大型なんていつの間に狩ったんだ⁉ 俺たち低ポリの囚人が大型を仕留めるなんて、聞いたことねえぞ!」
俺は特殊バグのことは黙ったまま、懐から五つの金ドクロと、一際濃厚な輝きを放つ大型のドクロを取り出した。
「おいおい……こいつはマジのガチもんじゃねえか。この質感、この情報量……『プシュコポンポス』産か! 本気か、姫守。こんな一生お目にかかれねえようなブツ、売っちまっていいのか?」
「今のうちに供養してやってくれ。記憶が消える前に、金に変えておきたい」
中型五つをビットに譲り、俺の残高に50,000KBがチャージされる。
「よし、それじゃあさっそく……『開封の儀』といこうじゃねえか!」
ビットは揉み手しながら、一つ目の中型ドクロを割った。
溢れ出す光の中から現れたのは、銀色の物体だ。
「お? ……おぉー!『太陽光ケトル』か! 悪くない引きだ。こいつがあれば、洗面台の泥水だって即座に熱々に沸かせるぜ」
「二つ目……なんだこれ、ただの箱か?」
「ルービックキューブだな。知育玩具だ」
ジャックが冷静にツッコミを入れる。
「ハズレだ。次、三つ目! どんどん行くぞ!」
パカパカとドクロが割られ、ジャンク品や日用品が独房の床に積み上がっていく。ビットがなぜこれほど「パニッシャー」に執着するのか分かった気がした。中身が分からないという不確定要素は、この退屈な監獄において最大の娯楽なのだ。
「ラスト……! 当たれ、当たれ……出たァアア!」
ビットが絶叫した。その手にあるのは、何やら複雑な数式と幾何学模様が書き込まれた、平たい電子板だった。
「なんだそれ。板きれか?」
「バカ言え!『武器の設計図』だ! こいつは外の闇市に流せば、家が建つほどの値が付くぞ!」
「設計図じゃ、そのまま武器として使えないだろ。叩きつけるのか?」
ジャックの疑問に、ビットは「チッチッチ」と大袈裟に指を振る。
「いいか。バグを『修正』できる武器は、普通のナマクラじゃねえんだ。特別な洗礼を施された『器』が必要なのさ。お前が使ってた棍棒だって、元を辿れば、歴代の囚人たちが血を流して手に入れた設計図から生成された『特別製』なんだぜ」
「あの安っぽい棍棒が、か?」
「あったりめえよ。記録に残ってる『原初の執行者』たちは、武器の概念すらなかった頃、素手でバグと殴り合ってたって噂だ。今じゃ信じられねえよな」
「拳でバグを粉砕するハイポリか……。ビールの広告に出てる連中には、一生無理な芸当だな」
三人でバカ笑いしながら、ついに話題は本命――大型のパニッシャーへと移る。
中型とは比較にならないほど重厚で、網膜を灼くような黄金色。
「……1GB。姫守、こいつはこれで買い取らせてくれねえか」
ビットが真剣な目で、後生だ、と手を合わせる。相場は分からないが、1GBもあれば冴子先生の薬代が何回か分は浮く計算だ。
「いいよ。持ってけ」
「ありがてぇ……! なんて濃厚なデータ密度だよ……。見てるだけで酔っちまいそうだぜ」
ビットは震える手で1GBを俺に送金すると、大型のドクロに頬ずりした。
「……さっそく、開けてくれ」
俺の言葉にビットは頷き、その黄金の頭蓋を左右に引き絞る。
だが、中から現れた「漆黒のキューブ」が実体化しようとした瞬間――。
ギギギ、と空気が悲鳴を上げた。
キューブは一度大きく膨張し、まるで周囲の空間を拒絶するように、元の形へと縮退した。
「……どうした、ビットさん。不発か?」
ジャックが首を傾げる。だが、ビットの顔面からは、血の気が引いていた。
「……大きすぎる……」
ビットが生唾を飲み込み、震える声で呟いた。
「データ量がデカすぎて、この狭い監獄のスペックじゃ……『解凍』できねえ」
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