情報食い.7
ペイルライダーの猛攻を弾き返しながら、ジリジリと後ろに下がる。威力はあるが、地の利がペイルライダーに不利である以上、ヤツの自慢である馬を使った機動力は封じられているも同然だ。負けるわけにはいかなかった。
キリキリキリ、と道路に鎌を引きずる音が劈き、次の攻撃を惑わせる。
ペイルライダーは次の瞬間俺に向けて道路の破片を顔に飛ばし、突進してきた。
「コイツ搦め手まで……!」
大剣で破片を弾き飛ばし、直撃するかに思われた馬の突進も情報食いの強度によって、何とか後方に吹き飛ばされるだけで済んだ。
「ビットに感謝だ!」
後ろに飛ばされたおかげで、ペイルライダーとの距離ができた。
肌間としてはもう後ろの目と鼻の先には国道が広がっている。そこまで行けばペイルライダーも追手は来れない。
バグはその地域から出ることはできないからだ。
「じゃあなペイルライダー、お前とはやっぱり戦わねえ!」
そうして、後ろに逃げようとした瞬間。後ろの何かに俺の足が躓く。
「なっ……!」
母親だった。後ろに投げ飛ばされてから、動いていないのかそこに立ち止まったままだった。
「なぜ逃げない!」
一瞬だけ振り返り、彼女を見た。彼女は満ち足りたような笑顔で、
「もう……殺してください」
と泣いていた。何が何だかさっぱり分からない。
「子供はどうした?」
「ブーシェなら、先に行かせました」
「ならいい!」
俺はバックステップし、ペイルライダーは母親に鎌を振り下ろした。晴信よりもポリゴン数の多い彼女は、血しぶきをあげながら地面に血だまりを作り死んだ。
俺は国道に転がるように突っ込み、道路で茫然と空を見上げる子供。
ブーシェの下に駆け寄った。
虚ろで何も映していないような少年の瞳。
だが、彼は生き延びるためにここまでやってきた。
晴信のやったことは無駄ではなかったのだと彼が証明してくれた。
「……生きようと思ってくれて、ありがとう」
俺はブヨブヨの肉の塊を抱きしめた。
俺の体は四角いから、子供のブーシェには痛い抱擁だったかも知れないが、そうせずにはいられなかった。最後まで生きようとしてくれた。それだけが俺にとっての救いだった。
そしてブーシェも堰を切ったように泣き崩れた。全てが終わった緊張の糸が切れたように、彼の涙は丸い頬を流れる。幼い彼が許容するには重すぎる絶望に、俺は未来を案じたが、生きると決めた以上生き抜かなければならない。
俺もつい最近女医から教わったばかりのことを子供に伝えた。
しかし子供には、何のことかさっぱり分からないようで、ずっとただひたすらに泣いていた。
そして国道を見つめるペイルライダーはというと、しばらくコチラをジッと見ていたが、やがて血の着いた鎌を振り払うと、馬の手綱を緩め鎌の腹で馬を叩き方向転換を行う。ヒヒィーン、と蒼ざめた馬は嘶き、アーケード街に向けて、疾風の如き速さで獲物を求めて走り去っていった。
「死が……諦めてくれたか」
小さく安堵の息が洩れた。
同時に俺の首輪から、ピッ、ピッ、という音が鳴り始める。
「今度はエリア外の通知音か……もう少し待てないのか?」
バグ同様に、俺たち囚人もエリア外に長居はできない。
今の音は十分経過の合図。
30分以内に現場に戻らなければ、ボンッ、だ。
「ブーシェ、俺はこの道には長くいられない。だからよく聴いてくれ。この国道をずっと真っすぐ行ったら、アルムヴィルって街がある。そこでお前は衛兵に独りぼっちになったと話せ。それでもし不安になったら………ほら、コイツに連絡しろ」
そう言って俺は、キャシーから貰った彼女の連絡先をブーシェの脳内に転送する。
彼女なら蔑ろにはしない、俺にはそんな気がした。
「メールボックスの開き方は親から習ってるな?……っておい、聞いてるのか?」
「お兄ちゃんもどこかに行くの?」
「……途中まで一緒に行ってやるから。心配するな」
丸っこい手を角のある手で引っ張りながら国道を歩いた。ジリジリと肌を焦がすコンクリートの暑熱が、俺たちから体力を奪っていく。子供は元気だが、俺はそんな子供よりも熱に弱かった。
「暑くないか?」
「うん」
「途中までおぶってやる」
子供を背負うのは初めてだったが、見様見真似でどうにかなった。
水風船みたいな体に服が汗でベタっと張り付いている。子供は軽く、四十キロのデータ圧縮機よりも軽かった。
太陽は直上にあり、俺たちの影は真下にある。
燃え上がる蜃気楼と輻射熱に魘されながら、俺は地獄のような天国を歩いた。
───ピピッ、ピピッ。
エリア外に出て、20分が経過した音がした。どうやら別れの時がきたらしい。
「悪いなブーシェ。おんぶはここまでだ。ほら、向こうに街が見えるか?あそこまで行けばいい。国道の外には一応出るなよ。また敵が襲って来るかも知れないから」
「お兄ちゃんは?」
「俺はまた戻らないといけないから。……戦わないと」
「また会える?」
「たぶんな。それじゃあなブーシェ。長生きしろよ」
バック走で急ぎながらも、街へ歩いていくブーシェに手を振る。短い期間だったが、彼には生きる強い意志を感じた。
「晴信の約束は果たした。後は生き残るだけだ……!」
少年の姿が見えなくなった瞬間に、猛ダッシュしてアーケード街のある地区に戻る。行きにニ十分かけて歩いた道を半分以下の時間で戻らなければクビが飛ぶから、息も絶え絶えに街へ逆戻りした。
「ゼぇー……ゼぇー……アブねぇー……」
走っている途中に、中型ポリゴンが帰還するバスが横切って行ったから、今はもう殆ど狩りが終わっている頃だろう。中型ポリゴンの数も減って、大型か特殊型が姿を現す頃合いだ。
ビットたちと力を合わせて戦っていたのが、随分昔のように思える。
「ビットのやつ……助けに帰ってきても良いんだぞ?」
当然そんな酔狂なことができるシステムではないので、低ポリが降りてくるバスは来ない。次に来るのは大型バグを討伐するための執行者、高ポリ組のバスだ。そしてそいつらが狩りをしなくてはならないほど強大なバグが現れる。そんな時間がやってくる。
俺はいつもの如く、隠れる場所を探して屋内から屋内に移動して周っていると、先ほどまで明るかった外が暗くなっていることに気づく。
どうやら暗雲が立ち込め、太陽を隠してしまっているようだ。
「空か……?」
嫌な予想が的中し、大型バグが暗雲からその巨体を捻りだした。
視界に映る大型バグの名は《プシュコポンポス》。
三対の翼を持ち、全身が業火に燃えているミノムシだ。
頭上には御大層に光輪まで輝き、威圧のつもりか口から炎を吐いて街を燃やしている。規模が小型や中型とはまるで比べ物にならない化物。
「あんなのに勝てるのか……?」
高みの見物をしながら、アレと戦う高ポリの執行者を哀れに思った。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




