情報食い.3
「驚いたか? そいつが情報喰いよ。そこらのナマクラとは違うだろ? ちなみにソイツの恐ろしさはそこじゃねえ。今のお前なら中型だって、何とかなるはずだぜ。前の持ち主はそれで大型を狩ってたんだからよ」
精肉店の暖簾を潜って出てきたビットが答える。歯に挟まった肉を爪楊枝で取り除きながら、随分とご機嫌な様子だ。
「前の持ち主だと?」
「ああ。そいつは高ポリゴンの遺留品を、看守に口添えして、ちょろまかしたもんなんだよ。なんだ? 俺が外部から買ったとでも思ったのかよ?」
「……いや」
まさか死人の武器を使う嵌めになるとは思わなかったため、一瞬躊躇ったが、今さらという気にもなり、改めてこの情報喰いを自分の相棒として振るうことに決めた。
「俺にも中型を狩らせてくれ」
そう話に割って入ってきたのは、呼吸を落ち着かせたジャックだった。
「お前さん初日だぜ。どうしてそう死に急ぐのさ」
ビットは驚いたように訊く。俺も理由が知りたかった。
「ボスももう若くない。いつ死ぬか分からないのに、死に目に会えないのは心苦しいじゃねえか」
ジャックのいうボスとは、マフィアのボスだろう。
俺は仲間意識がまだあることに驚いた。
「お前さんが中型バグと戦っても七割死ぬぞ」
ビットは冷静に告げる。しかしジャックは諦めなかった。
「やらせてくれ。俺は早くココから出ないといけないんだ」
ジャックの目に諦めたのか、ビットは具体的な指示を始めた。
俺は二人のやり取りを聴きながら、意識は殆ど新しい剣に向けられる。
新人研修に興味はなかった。
「───んで、バスが来るちょっと前に中型が湧き始める。そこで対峙して無理だと思ったら、姫守に助けを求めればいい。オーケイかジャック。絶対に無理はするなよ。ジャック」
ビットが勝手にジャックと約束を交わす。
コイツ……ジャックって呼びやすいから依怙贔屓しているんじゃないか。という一瞬の戸惑いは、ヤツがジャックを連呼するので確信に変わった。
「ジャックって良い名前だよな」
「分かるわ~」
ビットの対応をみて、やはりそうなのだと溜息をついた。
本人はそれを聴いて怪訝な目で俺を見ていたが、他意はなかった。
憶えやすくて、死んだら忘れやすい。
ホントに良い名前だ。
◇
着々と小型バグを消滅させながら時間を過ごしていると、小型の数が減ったからか中型が湧き始めた。
これから中盤戦が始まる。
戦闘の音からみて、まだ半分以上の低ポリゴンが今回の特別任務で生き残っているようだった。
「アタリ回じゃねえかこれ」
ビットが新たに湧き出た小型バグに、自前の投げナイフを投げてから訊いてくる。
確かにこの時間にしては生き残りが多くいる方だった。
「ベテランが多かったんだろう……油断はするな」
「わーってるよ。姫守君は真面目君過ぎて困りますなぁ~」
話をしていると、俺たち三人の前に卵型とは違う、下半身が壺のヤギが前足二本を地面につけて、下半身を浮遊させて移動してくる。
大きさからして一メートル弱、小型とはいえない大きさのバグが姿を現した。
「中型だ。隠れろ」
俺たちは精肉店のカウンター裏に隠れて、壺ヤギが通り過ぎるのを待つ。
俺たちの視界には、敵ならば頭上に赤い文字で名前が表記される。
壺ヤギの正式名称は《ヒュギエイア》。
蹄の音がアーケード街中央を我が物顔で占拠する。
ジャックは戦わないのかと目配せをしてくるが、俺たちは首を振った。
不意打ちか騙し討ちがセオリーの『狩り』なのであって、正面切って堂々と戦闘するなんて馬鹿げていた。
「後ろから弱点を探す。バスの音が聞こえたら戦闘開始だ。負傷してもバスにさえ乗り込めば、治療して貰える」
精肉店のカウンター裏でジャックに伝える。
「そう言うことは早く言え」
ジャックが生意気にもそんなことを言ってくるが、無視をした。
ビットが提案しなければ、そもそも何も教えることはない。
他の独房でもそうやって蟲毒を生き抜いたやつらだけが残っていた。
「行くぞ」
俺たちはカウンター裏を出て、壺ヤギの背中を追って、アーケード街の中央に走り出した。
「姫守、あんたならあの壺ヤギぐらいどうにかなるんじゃならないのか」
のんびりと進む壺ヤギの背後を歩きながら、ジャックはそのようなことを俺に言って来る。
壺ヤギがコチラに気づいていないことを確認してから道に逸れた。
「ジャック、一度しか言わないからよく聴け。中型バグは小型バグの約1024倍の強さだ。大型は更にその1024倍。ふざけた数字に聞こえるかもしれんが、それが現実だ。小型より少し強い程度、なんて考えていたら殺されるぞ」
形じゃなくて画質で見ろ、と忠告する。壺ヤギのポリゴン数は卵型の小型バグに比べてはるかに画質がいい。つまり壺ヤギの方が強いということを言いたかったのだが───
「まさか。尻が壺にめり込んだヤギだろ。なんでそんなにビビる必要があんだ」
ジャックはヒョコヒョコと歩く壺ヤギを指さして憤っている。
具体的な数字を示しても、その滑稽なビジュアルに目がくらんでいるようだった。
「見た目に騙されんなっちゅーことでしょーが。ああいう何してくるか分からないヤツの方が案外危険なのよ。とりあえずは他が戦ってるところを様子見して、やれそうなら倒す。無理なら撤退すんの。オーケイ?」
ビットが俺の代わりに説明してくれた。
ジャックは納得がいかない様子で、頷き俺たちの後をついてくる。
俺たちはバスの音が聞こえてこないか耳を澄ませつつ、壺ヤギの後を追う。
そして俺たちとは別のグループが壺ヤギを狙っているのを見て、俺たちはすぐに隠れた。
「アイツらに取られちまうぞ」
ジャックは今すぐにでも行くべきだと言ってきたが、手を前に出してそれを止めた。
「だったら幸運だと思え。生存最優先だ」
やがて別グループと壺ヤギの戦闘が始まった。
低ポリゴンの囚人が五人、取り囲んだ状態で戦いを挑んでいる。
武器は斧一人に長剣が三人。残りの一人はハンマーという珍しいチョイスをしていた。
剣の三人組が手前のヤギを相手取りながら、後ろからハンマーで壺を割ってやろうという魂胆らしい。
俺はその戦闘に気を取られ過ぎないように、周囲にまた別の中型バグが湧いていないか探りを入れる。
そしてどうやら周囲の小型バグも狩り終えているようで、万全の準備で中型バグに挑んでいるようだった。
「なるほど……アイツらも結構長いみたいだな」
これならいけるかも知れない、そう思った矢先に壺ヤギから執行者に襲いかかった。蹄を鳴らしての突進攻撃に執行者は横に避けつつ、避け際に剣で斬りつけ横に飛んだ。
「うまい……!」
本来であれば俺たち低ポリゴンの囚人は刺突モーションしか取れないところを、腕に情報密度を込めることによって、切りつける動作を追加で可能にしているようだった。
切り裂かれた場所からは赤い血が滴り落ち、壺ヤギがメェ~と鳴く。
それと同時に今度は後方からハンマーを持った囚人が壺ヤギに襲い掛かる。一糸乱れぬ連携で、完全に勝機を勝ち取ったように思えた。
だが、無常にもそれは壺ヤギの思う壺だった。
「バァァァアァ~」
奇妙な鳴き声と共に、壺ヤギの声がアーケード街に響き渡った。
囚人のハンマーは壺にめり込み、ひび割れを作るが、その囚人はふらふらと千鳥足になり、地面に倒れ込んだ。
「何が起きてんだ……勝ち確の流れじゃねえのかよ……」
ジャックは目の前で起きている信じられない光景を唖然として見つめる。
戦っていた執行者たちは、まるで眠りに落ちるように、次々と昏倒していく。
唯一遠巻きから攻撃の隙を狙っていた背後の斧使いだけが、眠気を堪えながら逃げ出したが、結局他の四人は眠らされ、頭を前足の蹄で砕かれ食われてしまった。
唯一の致命傷に思われた首の傷も、ワザと血を流していたかのように、今ではピタリと止血が済んでいる。
「範囲は狭いが、効果が絶大な睡眠攻撃か。遠距離武器必須の相手だな、こりゃ」
ビットが野球のユニフォームから零れる贅肉を掻きながら感想を述べる。
「あの止血の速さも鑑みるに、全力で弱ったフリの得意なバグみたいだな。下半身が割れやすそうな壺なのも近距離を誘発させるための囮か」
「クソッ、んなのありかよ……!」
ジャックは項垂れて、そのトサカをしおらせる。
だがジャックの言っていることは間違っていた。
「おいおいっ、今俺様たちは倒す算段を考えていたんだぜ。あれならいけるって話をよぉ」
ビットはキラッと光る金歯を見せて下卑た笑みを浮かべた。
ビットの言う通りだが、コイツがいうと何か悪いことのように感じてくるから、言い方はどうにかして欲しかった。




