リナ、残すものを選ぶ
**20xx年8月30日(日曜日) 高校1年生**
**朝**
目が覚めた瞬間、天井の明るさがいつもよりクリアに見えた。
カーテンのすき間から入ってくる光はまだ夏だけど、真上から刺さるって感じじゃなくて、少しだけ斜めになっている気がする。
(八月の終わりの光って感じだな……まだ暑いけど)
布団の中で、足をぐーっと伸ばしてから、膝を抱えて丸くなってみる。
お腹の重さはないし、頭もそんなにぼんやりしていない。
(今日は“元気デー”の中でも、“元気多めデー”って言っていいかも)
・足 → 床に降りても、ちゃんと前に出る。
・お腹 → 女の子の日の名残りは、もうほぼ気にならない。
・頭 → 勉強ブロックも、机の片付けも、どっちもいけそう。
ベッド横の赤い手帳を取って、今週のページを開く。
『8/30
天気:□/気温:□/体調:□
9〜11:家ブロック(宿題+机リセット)
14〜16:家ブロック(理科+月まとめ読み返し)
20〜22:二人の季節+英語一行+読書』
ページの下のほうには、前に書いた中期目標がそのまま残っている。
『① 週に4ブロック、“◎”をつける勉強ブロックを作る。
② カバンとスマホの“いつか用”を、一日一個ずつ減らす。』
(今週、もう“◎ブロック”三つ取れてるから……今日一個◎つけられたら、目標クリアだ)
ボールペンを持って、今日の体調を記入する。
『天気:晴れ/気温:暑い/体調:元気デー(元気多め)』
それから、右手の甲に、細い字で今日のキーワードを書く。
『残す』
(この前までは“しぼる”って書いてたけど。
今日は、“捨てるもの”より“残すもの”をちゃんと選ぶ日にしたい)
洗面所で顔を洗って、化粧水→乳液→日焼け止め。
タオルで水気を押さえてから、小さな鏡を持ち上げて三秒自分チェック。
一、二、三。
(頬の赤み、前よりさらに落ち着いてきてる。
目の下のクマも、夏休み入った頃よりましじゃない?)
女の子の日のくすみゾーンを抜けたからか、肌のつやが少し戻ってきている。
前髪を軽く巻いて、ピンで留める。
鏡の中の自分が、ほんの少しだけ「やる気ある人」に見えた。
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**午前(机の上の世界をリセットする)**
朝ごはんは、雑穀ごはんと、卵焼きと、キャベツとにんじんの味噌汁、それからきゅうりとわかめの酢の物だった。
「今日は“しゃっきりコース”です」と母が言ったとき、太一が「ネーミングセンスどうにかして」と突っ込んでいた。
(でも、こういうの食べてると、たしかに頭がしゃっきりしやすい気がするから悔しい)
9〜11時は、家ブロック。
まずは宿題を一つ片付けてから、机リセットに入る予定だ。
自分の部屋のドアを閉めて、机の前に立つ。
教科書、ノート、プリント、謎のメモ、しおりがわりのレシート、折りたたまれたプリントの山。
(うん、“カオス”ってこういうのを言うんだろうな)
赤い手帳の今日の欄に、小さく書き足す。
『机の上に出しておいていいもの → 最大5つ』
(“全部どかす”って考えると気が遠くなるから。
“残すもの5こ選ぶゲーム”にしよう)
まず、宿題のプリントと数学ワークを一つの山にまとめる。
これは今日使うから、残す候補。
次に、『二人の季節』ノートと英語一行ノート。
これは、毎回手に取るたびにちょっとだけテンションが上がるから残す。
(“今好きなもの”は、ちゃんと視界にいてほしい)
ペン立ては一本だけ机の上に残して、あとのペンは引き出しにしまう。
スマホスタンド、スタンドライト、小さな観葉植物。
(ライトと植物は、完全に“ごきげん”担当だから残したい)
机の上のものを一度全部どかして、ウェットティッシュで表面を拭く。
ほこりをぬぐうたびに、ちょっとずつ胸のあたりが軽くなる感覚がする。
(『ひとりぶんの荷物』にも、“今の自分の視界に入っててほしいものだけを前に出す”って書いてあったな)
教科書とノートは、本棚の一段にまとめて立てる。
「いつか読み返すかも」で積んでいたプリントの山は、三つに分けた。
・テスト直しとか、ほんとにまた使いそうなもの
・思い出として一部だけ残していいもの
・「これ何のプリント?」ってなっている正体不明なもの
最後のグループは、深呼吸してからガサッと紙袋に入れた。
(“一日一個“いつか用”を減らす”っていう実験、
紙袋一つ分まとめて捨てるのは、ちょっとズルかもしれないけど……
方向性としては同じってことでいいよね)
そこまでやったところで、ドアがノックされた。
「ねーちゃん、社会のワークどこやったか知らない?」
太一が顔だけひょこっと出す。
「自分の机の中、全部見た?」
「見たけど、プリントの山に埋もれてる気がする……」
(うわ、さっきまでの私の机と同じパターン)
里奈は、手の甲の「残す」をそっと見て、心の中で5分ルールを起動する。
「今さ、9〜11で机ブロック中だからさ。
“太一の社会ワーク捜索隊”は、今から5分だけならやるけど、それ以上かかりそうだったら自力でがんばって」
「5分タイムアタック?」
「うん。ルールは、“私が探すんじゃなくて、太一が動く”。
私はどこにありそうかヒント出す係ね」
スマホのタイマーを5分にセットして、太一の部屋へ一緒に向かう。
「そのプリントの山、三つに分けて。
“明らかに違うやつ”“ちょっと怪しいやつ”“まだ見てないやつ”」
「えー、めんど……」
「“めんどい”って思ってるやつから手をつけると、あとが楽になる法則だよ」
ぶつぶつ言いながらも、太一は山を三つに分け始める。
二つ目の山の真ん中あたりから、例の社会ワークがひょっこり顔を出した。
「……あった」
「はい、5分以内ミッション達成〜。
あとは自力でどうぞ。私は自分の机に戻ります」
部屋に戻って、机の上をもう一度見渡す。
・今日使う宿題セット
・『二人の季節』ノート
・英語一行ノート
・ペン立て
・小さな観葉植物
(机の上に出てるもの、ほんとに5こになった)
胸の真ん中が、少しだけ空気で満たされる感じがした。
さっきより、深呼吸しやすい。
11時前に、宿題プリント一枚も終わらせることができて、
赤い手帳の9〜11の欄に、小さく「◎」を書き込んだ。
(よし、今週の“◎ブロック”4つ目ゲット)
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**午後(月まとめページと、今月のキーワード)**
お昼ごはんは、鮭の塩焼きと、キャベツと玉ねぎとしめじの蒸し料理、それから冷たい豆腐に刻んだオクラとしょうがが乗った小鉢だった。
「夏バテ防止セット第二弾〜」と母が言うと、
さくらが「ネーミングやっぱり変」と即答していた。
(でも、こういうご飯が当たり前になってきたの、ちょっと誇っていい気がする)
14〜16時は、理科と月まとめ読み返しブロック。
理科の問題集を一通りやって、間違えたところだけ印をつける。
そのあと、赤い手帳の月間ページを開いた。
8月のマス目には、小さく
・天気と体調のメモ
・勉強ブロックの◎と△と×
・「カバンのいつか用一個減らした」とか「余白ブロックでぼーっとした」とか、
その日の小さなトピックが散らばっている。
(こうして見ると、“◎ブロック”が多い日のほうが、
体調も“元気デー”寄りになってる気がする)
月末用に作っておいた余白に、「月まとめ」と書かれた欄がある。
『・今月のよかったこと
・今月のしんどかったこと
・気づいたこと
・来月に持っていきたいキーワード(二つまで)』
ペンを走らせながら、今月の自分をざっくり振り返る。
『よかったこと:
・“一日一個“いつか用”を減らす”実験を続けられた。
・ブロック勉強で◎を週4つ取れた週が増えた。
・“返信タイム”を決めたおかげで、通知にビクビクする時間が減った。』
『しんどかったこと:
・女の子の日の前後、意味もなく落ち込みやすかった。
・進路のことを考えすぎて、夜にぐるぐるする日があった。』
『気づいたこと:
・未来のことは、キーワード二つくらいで持ってるとちょうどいい。
・“全部持とうとする”より、“何を残すか選ぶ”ほうが落ち着く。』
そして、「来月に持っていきたいキーワード」の欄に、二つだけ書いた。
『・しぼる
・残す』
(“しぼる”が“減らす”なら、“残す”は“ちゃんと大事にする”ってこと。
この二つをセットで持ってると、ちょっと安心する)
そこまで書いたところで、スマホがテーブルの上で震えた。
ロック画面には、メッセージアプリの通知マークと、「さゆり」の名前。
(返信タイムまであと少しだし、一応内容だけ確認するか)
開かずに、通知のプレビューだけ目で追う。
『ねえ、宿題全然終わらん。理科のここ、やる気出ない……』
(これは、めちゃくちゃわかるやつ)
いったんスマホを伏せて、手帳の端っこにメモする。
『→ さゆりへの理科相談、返信タイムに“5分だけヒント”で返す』
(前みたいに、全ページの写メ送り合戦とかやってたら、
自分の時間もさゆりの時間も溶けるから)
返信タイムになったところで、メッセージを開く。
『理科のどこ? 写真送って〜
ただ、今から“ヒントタイム5分だけ”ね。
そこ過ぎたら、お互い自分の問題集タイムにするってことで』
そう送ってから、タイマーを5分にセットする。
さゆりから送られてきた問題の写真を見て、
前に自分がまとめたノートの写真を一枚だけ添付する。
『このページのここ見てみて。
“ここからここまでの流れ”だけ理解できれば、その問題いけるはず』
さゆりからすぐにスタンプと
『あ、これならいけそう! ありがと!!』
というメッセージが返ってきた。
タイマーが鳴る。
『タイマー鳴ったから、私はここで理科いったん閉じて、月まとめ続きやるね〜』
そう送って、アプリを閉じる。
(“5分だけヒント”って決めておくと、
罪悪感もそんなにこないし、自分のブロックも守れる)
胸の奥で、じんわりとしたあたたかさと、少しの誇らしさが混ざった。
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**夕方(写真に写るのは、顔だけじゃない)**
理科と月まとめのブロックが終わったころには、
窓の外の空が、白から少しオレンジがかった色に変わり始めていた。
16〜17時は、余白ブロック。
今日の余白は、ストレッチと、ちょっとした撮影会にすることにした。
床に座って、動画サイトの「肩と背中ほぐし」の短いストレッチ動画を一本だけ再生する。
肩をぐるぐる回したとき、さっきまで勉強していた背中のあたりがぎしぎし言っている気がして、思わず笑ってしまった。
ストレッチのあとは、机の前に立って、スマホをノーマルカメラにする。
(顔の自撮りもいいけど、今日は“机スナップ”撮ろう)
机の上に、さっき選んだ5つのものをきちんと並べ直して、
窓からの光がちょうど当たる位置を探す。
一枚、机全体。
一枚、『二人の季節』ノートの表紙のアップ。
一枚、小さな観葉植物の葉っぱに光が透けているところ。
(“顔面加工”じゃなくて、“生活加工”って感じだな……)
写真を見返してみると、机の上がすっきりしているだけで、
部屋全体がちょっとだけ整った人の部屋に見えた。
(“盛れてる自分の顔”も悪くないけど、
“今の自分の生活”がちょっと好きって思えるのも、案外いいかもしれない)
机の上の写真を一枚だけ、さっきさゆりに送ったメッセージのグループに投下する。
『机の上に出していいもの5こまでってルール作ったら、ちょっと気分よくなった。
おすすめ』
すぐに「いいね」スタンプと、
『それやる。机の上、今カオス』
という返信が来て、なんとなくくすっと笑った。
(“こういうのいいよ”って渡すのは、
ノートのまとめ方だけじゃなくて、生活の工夫もアリなんだよな)
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**夜(二人の季節と、ポケットの中身)**
お風呂でしっかり温まってから、20〜22時ブロックに入る。
今日は、月まとめページもあるから、
机の上の5つがいつもより頼もしく見えた。
まずは英語一行ノート。
『I want to keep only what I really like on my desk.
(机の上には、本当に好きなものだけ残しておきたい)』
声に出して読むと、今日の机リセットの光景がそのまま英語になったみたいで、ちょっとおもしろい。
次に、『二人の季節』ノートを開く。
朝、机を片付けながら考えていたイメージが、なんとなく頭の中に残っている。
> 「古い駅舎の待合室のベンチに、二人の荷物が並んでいた。
> 大きなカバンには、旅のあいだに必要なものだけがぎゅっと詰めてある。
> それでも彼女は、ポケットに入れておく“ほんとうに大事なもの”を、もう一度だけ指で数えた。」
> 「折りたたんだ手紙。
> 小さなノート。
> 少しだけ磨り減った鉛筆。
> それから、彼からもらった、小さな貝殻。」
>
> 「全部を持っていくことはできないけれど、
> ポケットの中身くらいなら、自分で選んで決められる。」
ペンを置いてから、自分の赤い手帳の「月まとめ」の欄をもう一度見る。
(私のポケットの中身は、今のところ“しぼる”と“残す”の二つか)
机の端っこに置いてあった『ひとりぶんの荷物』を開いて、
付箋をつけていたページを読み返す。
『・全部持とうとしない。
・今の自分が「これは手放したくない」と思うものから、少しずつ選んでいく。』
(本の人が言ってたこと、たぶん今日、一番実感したかもしれない)
来月のページの端に、小さく書き足す。
『机の上に出しておいていいもの5こルール
→ とりあえず一週間、試してみる』
(これは、中期目標っていうより、“今月のおまけ実験”って扱いにしとこう)
ご褒美に、夕方母が冷やしておいてくれた梨を一口大に切って、
プレーンヨーグルトと一緒にガラスの器に盛る。
上から、ハチミツを少しだけたらす。
梨のシャキッとした甘さと、ヨーグルトのまろやかさと、
ハチミツのとろっとした感じが混ざって、口の中が一気にやさしい味になった。
(こういうシンプルなやつで十分しあわせになれるなら、
健康面的にもコスパいい気がする)
22時前、明日のページを開いて、
ざっくりブロックを書き込む。
『8/31
6〜8:家ブロック(英語ワーク+二人の季節)
14〜16:学校ブロック(図書室自習)
20〜22:家ブロック(数学+ストレッチ)』
最後に、今日の体調欄の隣に、小さく一行。
『机の上、“今の自分のポケット”みたいな気がした日。』
照明を落として、ベッドに横になる。
手の甲の「残す」が、暗闇の中でなんとなく心強く感じた。
(全部は持てないけど、
“これだけは残したい”って思えるものが少しずつわかってくるなら、
それで十分なのかもしれない)
目を閉じると、すっきりした机と、古い駅舎のベンチが、
少し重なって見えた。
## 後書き
**日記**
**20xx年8月30日(日曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、「捨てるもの」じゃなくて「残すもの」を選んだ日だった。
机の上がプリントとノートとペンでカオスになっていたので、「机の上に出しておいていいものは5こまで」というルールを勝手に作って、朝のブロックで机リセットをした。
『ひとりぶんの荷物』に書いてあった、「今の自分の視界にいてほしいものだけ前に出す」という言葉を思い出しながら、宿題セットと『二人の季節』ノート、英語一行ノート、ペン立て、小さな観葉植物の5つを選んで残した。
机の上がその5つだけになった瞬間、胸の真ん中に空気が入りやすくなった感じがして、「あ、私今、自分のポケットの中身選んでるみたいだな」と思った。
太一の社会ワーク探しと、さゆりの理科相談には、どっちも“5分ルール”を使った。
「今から5分だけ」「ヒントだけ」という条件を先に決めておいたおかげで、手伝っても自分の勉強ブロックが潰れなかったし、変なイライラも少なかった。
前は、頼まれたら全部付き合おうとして自分の時間がなくなって、「なんで私ばっかり」って内心でふてくされることも多かったから、これはかなり大きな進歩かもしれない。
「人を助けるときは、知識とヒントを5分だけ」っていうルールは、これからも少しずつ慣らしていきたい。
夜、『二人の季節』で「旅立ち前にポケットの中身を数える二人」のシーンを書いた。
“全部は持っていけないけど、ポケットの中身くらいなら自分で選べる”という一文は、まんま今日の自分のことだと思う。
未来についても、「何になりたいか」って職業名を決めるより、「これは手放したくない」っていうキーワードを二つだけ持っておくほうが、今の私にはちょうどいい。
今月のキーワードは、「しぼる」と「残す」。
来月も、「週4◎ブロック」と「一日一個“いつか用”を減らす」の二つの目標はそのまま続けつつ、机の上の“5こルール”を一週間だけ実験してみたいと思う。
とりあえず今日は、梨とはちみつヨーグルトが優勝だったので、そういう小さいしあわせもちゃんとポケットに入れておきたい。




