リナ、ちいさな余白を残す
**20xx年8月24日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
目が覚めた瞬間、天井の白がちょっとだけまぶしく感じた。
布団の中で足を伸ばして、つま先をぐるっと回す。
(今日は、完全に“元気デー”だな)
・足 → 床に降りても、重りついてる感じはしない。
・お腹 → 生理関係の重さはほぼゼロ。
・頭 → ちょっとだけぼーっとするけど、「動きたくない」ほどではない。
ベッド横の赤い手帳を開く。
今週のページ、今日の欄には、昨日の自分の字が並んでいた。
『8/24
天気:晴れ/気温:暑い/体調:元気デー
9〜11:学校ブロック(部活+教室机まわりチェック)
14〜16:家ブロック(国語ワーク+宿題リスト整理)
20〜22:二人の季節+ストレッチ+読書』
(うん、悪くないけど……なんか、全部ぎゅうぎゅうに詰め込んでる感じもする)
ページの隅には、前に書いておいたメモがある。
『・ブロックを埋めすぎると、スマホに逃げたくなる。
・“余白ブロック”を一つは残しておくこと。』
(そうだった。自分で書いたのに、うっかり忘れてた)
ボールペンを取り出して、「14〜16」の下に小さく付け足す。
『16〜17:余白ブロック(ぼーっとする・散歩・読書のどれか)』
“何もしない”って書くのがなんとなく怖くて、
結局こういう書き方になる。
洗面所で顔を洗って、化粧水→乳液→日焼け止め。
指先でほっぺをそっと押して、鏡の前で三秒自分チェック。
一、二、三。
(ニキビ、今はほぼ跡だけって感じだな。
生理前より、肌の色もすこしだけ明るいかも)
前髪を整えてから、ペンで手の甲に今日のキーワードを書く。
『つめこみすぎない』
(カバンも予定も、頭の中も。
“ちょっとスカスカなくらい”を怖がりすぎない日、にしたい)
キッチンに行くと、テーブルには
・雑穀ごはん(小さめの梅干しのせ)
・鮭としめじとかぼちゃと小松菜の蒸し料理
・ひじきとにんじんと大豆の煮物
・豆腐とわかめと玉ねぎの味噌汁
が並んでいた。
「本日のテーマは“考えすぎる人を落ち着かせるセット”でーす」
母が軽く肩をすくめる。
「そんなピンポイントなセットある?」
「かぼちゃでほっとして、小松菜でシャキッとして、ひじきで鉄分チャージ。
ほら、考えすぎて頭だけ疲れるの防止」
鮭とかぼちゃを一緒に口に入れると、甘さとしょっぱさで一気に目が覚める。
(ちゃんと食べて、ちゃんと動いて、ちゃんと休む、みたいなやつ。
最近のうちの食卓、そういう方向に進化してる気がする)
テレビでは、新学期前の特集で「机まわりやカバンの見直しを」とか言っている。
テーブルの足元には、昨日軽くしたばかりのスクールバッグ。
(中身はだいぶマシになったけど、
予定のほうはまだ“詰め込み癖”残ってるんだよな)
味噌汁を飲み干して、里奈は心の中で今日のテーマをもう一度なぞった。
(つめこみすぎない、つめこみすぎない)
---
**午前(部活と、5分だけの相談)**
電車の中は、夏休み終盤とは思えないくらい学生だらけだった。
車内の広告は、参考書と秋ドラマの宣伝が半々くらい。
スマホの通知は、今日も基本オフ。
代わりに、ロック画面のメモに小さく書いてある。
『返信タイム → 12:30〜12:40/18:30〜18:40』
(“今すぐ返さなくていい時間”をちゃんと決めておくと、
通知バッジの数字見ても、前より心臓バクバクしなくなってきた)
学校に着いて、部活の教室に入ると、
窓際で同じクラスの真帆がプリントの束に埋もれていた。
「……それ、もう一人分の荷物どころじゃなくない?」
「聞いて里奈。国語の課題プリント、
“短い感想でいいよ”って言うから油断してたら、
一枚一枚にテーマ違うやつなの。なんで」
机の上には、“夏に読んだ本の感想シート”がずらりと並んでいる。
(先生、そういうとこだけ本気出してくる)
真帆がペンをくるくるしながら言う。
「ねえ里奈、こういう感想、どう書けばいいの?
毎回まともに書いてたら、今日一日終わるんだけど」
(きた、“一日使う相談”)
里奈は心の中で、そっとルール帳を開く。
・自分が出せるのは「5分以内の工夫」。
・一緒に悩みの入口までは行く。
・その先は、相手が自分で歩く。
手の甲をちらっと見る。
『つめこみすぎない』
(これ、真帆のプリントにも、私の時間にも言えるやつだ)
「全部ガチ感想書こうとすると、マジで終わるよ。
5分だけ一緒に作戦立てる?」
「5分でいける?」
「作戦だけならいける」
里奈は、自分のスマホでタイマーを5分にセットして机に置いた。
「はい、制限時間スタート。
まず、“この中で一番ちゃんと感想書きたい本”どれ?」
真帆が三秒くらい迷って、一冊の文庫本をつまむ。
「これ。泣いたから」
「じゃあ、それはちゃんと。
残りは、“印象に残った一言”と“自分の生活に一個だけつながりそうなこと”でまとめる作戦どう?」
「え、それアリ?」
「“ちゃんと全部”じゃなくて、“ちゃんと一個+そこそこ残り”って感じ。
先生も全部同じテンションじゃないって、たぶんわかってるって」
真帆の顔が少し明るくなる。
「それならできそう。
……じゃあ、この映画化されてたやつは“家族のシーンが印象的だった”って書いて、
うちの家族の話ちょっと混ぜてもいいかな」
「それ絶対いい。
“自分の話”混ざると、先生読むの楽しいと思うし」
タイマーが鳴る。
「はい、5分終了」
「え、もう?」
「作戦会議はここまで。
具体的にどう書くかは、真帆の仕事です」
「くぅ〜、でもなんか、頭の中のモヤモヤちょっと減った。ありがと」
(“全部やってあげる優しさ”より、
“自分で書ける形にする優しさ”をちょっとだけ選べた……はず)
部活の時間が始まる前、
里奈は自分の机まわりも軽くチェックした。
引き出しの中の「いつか使うかもプリント」を、
一つだけファイルボックスに移す。
(カバンの中も、机の中も、“一日一個減らす実験”継続中)
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**昼(国語ワークと、予定の“詰め込みクセ”)**
部活を終えて帰宅すると、
キッチンからだしの匂いがふわっと流れてきた。
昼ごはんは、
・さつまいも入り雑穀ごはん
・豚しゃぶ肉と大根と小松菜の蒸し料理
・きゅうりとトマトとわかめのサラダ
・なめこと豆腐の味噌汁
だった。
「今日は“体力戻しつつ、頭は重くしすぎないセット”」
母の謎コンセプトは、もはやツッコミどころがありすぎてスルーした。
テレビでは、ノートや鉛筆の値段がじわじわ上がってるっていうニュース。
「なんか、全部高くなってない?」と太一。
「だからこそ、無駄にしないで使ってほしいってことだよ」
と母が言いながら、豚しゃぶを小皿に取り分ける。
(時間もノートも、お金も。
“余白ゼロで使い切る”より、“ちゃんと使うぶんだけ”って考えたほうが
たぶん長持ちするんだろうな)
ごはんを食べ終わってから、里奈は自分の部屋に戻った。
赤い手帳を開いて、
今日の14〜16ブロックに丸をつける。
『14〜16:家ブロック(国語ワーク+宿題リスト整理)』
(このブロック、全部みっちり勉強にすると、たぶん途中でスマホに逃げるやつ)
ページの横に、
こないだ読んだ『ひとりぶんの荷物』の一節もメモしてある。
『・予定もカバンも、空白がないと“息抜き”ではなく“逃避”になりがち。』
(逃避に走るの自体は、完全にはやめられないけど。
せめて、“息抜きとごちゃ混ぜ”にはしたくない)
タイマーをセットして、
国語ワークを机の真ん中に、宿題プリントの束を端っこに置いた。
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**午後(宿題リストと、余白ブロックの正体)**
最初の30分は、国語ワーク。
漢字と文法のページを一気に進める。
(“わからないところで止まらないで、とりあえず全部埋める”作戦、
意外とストレス少なめかも)
タイマーが鳴ったので、5分だけ休憩。
水を飲んで、肩をぐるっと回す。
スマホを手に取って、ロック画面を見る。
返信タイムのメモが目に入る。
『12:30〜12:40/18:30〜18:40』
(今はどっちにも当てはまってない時間帯。
ってことは、通知見ても“今返さなくていいやつ”)
画面右上の「9」の数字だけ確認して、
そのまま机の端に伏せて置いた。
(前はこの数字見るだけで、心臓バクバクしてたのに。
“あとでちゃんとまとめて返す”って決めてると、
今は“今のブロックを優先していい”って思える)
宿題リスト整理に取りかかる。
プリントを全部並べて、
「国語」「数学」「英語」「その他」にざっくり分ける。
(やっぱり“全部”っていうカテゴリーが一番しんどい)
それぞれの束の一番上のプリントだけ、
今日と明日で終わらせる目安として手帳にメモしていく。
『今日:国語プリント1枚+数学ワーク2ページ
明日:英語プリント1枚+理科問題集2ページ』
(“夏休み中に全部終わらせる”っていう謎の巨大ミッションより、
“今日と明日でここまで”のほうが、まだマシな気がする)
15時半ごろ、
タイマーがまた鳴った。
(あと30分残ってるけど、頭の集中力はそろそろ限界かも)
赤い手帳の「16〜17:余白ブロック」のところに目をやる。
(ここ、いつもだったら“余った時間でスマホ”って書いてたと思う)
今日は、一応、違うことを書いてある。
『16〜17:余白ブロック(ぼーっとする・散歩・読書のどれか)』
(どれかって言われても、どれもちゃんとしたことじゃない感じして不安になるんだよな)
でも、せっかく書いたので、
里奈は「読書」を選ぶことにした。
机の端に置いてあった『ひとりぶんの荷物』を手に取る。
ちょうど、“予定を詰め込みすぎる人”の話が出てくる章だった。
『全部の予定をびっしり埋めると、空いた時間に罪悪感を感じる。
だからこそ、最初から“何もしない”時間を一つ決めておく。』
(それ、めっちゃわかる。
“何もしてない自分”を許せないときあるし)
本の中の人は、
手帳の一番下の段に“余白”って書いておいて、
そこだけは「何もしなくていいゾーン」にしてるらしい。
(手帳に堂々と“何もしない時間”って書くの、
ちょっと憧れるかも)
ページを閉じてから、
里奈は赤い手帳の月間カレンダーをめくった。
8月の下のほう、
29日あたりに小さく「月まとめ」と書いてある。
(そのとき、“今月の余白”も一緒に振り返ってみようかな)
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**夕方(プリクラと、盛りすぎないフィルター)**
余白ブロックを読書で終えたあと、
ふとスマホを開くと、グループトークに友達から写真が送られていた。
『この前のプリクラ、まとめたやつ〜』
画面いっぱいに、
盛れ盛れフィルターの女子たちが並ぶ。
(目、大きすぎない? もはや別の生き物では?)
自分の顔も、もちろんその中にある。
肌はつるつる、目は二割増し、輪郭もすっきり。
(これはこれで楽しいし、
一緒にわーわー撮った時間も含めて好きなんだけど)
アルバムに保存してから、
カメラアプリをノーマルにして、自分の顔を映してみる。
三秒自分チェック。
一、二、三。
(フィルターなしでも、
前より“うわ最悪”って思う頻度は減ってきたかもしれない)
今日の肌は、
昨日より少しだけつやがある気がする。
焼き芋とかヨーグルトとか、
ああいう地味なやつの積み重ねって、
ちゃんと効いてるのかもしれない。
プリクラを見返しながら、
アルバムの中の“ほぼノーマル写真フォルダ”も開く。
体育のあと、みんなで撮った写真。
テスト返却後のぐだぐだ自撮り。
(完璧じゃないし、むしろ目の下のクマとか写ってるのもあるけど。
“頑張った日の顔”って感じは、こっちのほうがわかりやすいかも)
新しく写真を一枚撮って、
明るさだけ少し上げて保存した。
(盛り盛りなやつは“イベント用”。
ノーマル寄りのやつは、“普段の自分用”。
どっちもあるほうが、たぶんバランスいい)
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**夜(二人の季節と、将来の余白)**
お風呂でしっかり温まってから、
20〜22時ブロックに入る。
机の上には、
・赤い手帳
・『二人の季節』ノート
・英語一行ノート
・『ひとりぶんの荷物』
が並んでいた。
まずは英語一行。
『I want to leave a little space for myself.
(自分のためのちいさな余白を残しておきたい)』
声に出して読むと、
なんとなく、お腹のあたりがふわっとゆるむ。
『二人の季節』ノートを開く。
今日は、二人が予定の合間の“何もしない時間”を一緒に過ごしているシーンを書きたくなった。
> 「石畳の道の途中に、ベンチがぽつんと置いてあった。
> 二人はそこで荷物を足もとに置いて、
> しばらく何も話さずに、空の色が変わるのを眺めていた。」
> 「急がない時間を一つだけ持つと、
> 他の全部も、少しだけ軽くなる気がした。」
ペン先が止まったところで、
赤い手帳の月間ページをもう一度開く。
今の中期目標は、ページの端に二つだけ書いてある。
『① 週に4ブロック、“◎”をつける勉強ブロックを作る。
② カバンとスマホの“いつか用”を、一日一個ずつ減らす。』
(ここに“余白を増やす”を追加したくなるけど……
ルール的に“目標は2つまで”なんだよな)
だから、
“余白ブロック”は、新しい目標というより、
①と②を続けるための「やり方」として扱うことにした。
(詰め込みすぎると、どうせ逃げるし。
逃げ場を“余白”としてちゃんと用意しておくほうが、
結局、前に進みやすい気がする)
ご褒美に、
冷蔵庫から取り出した一口サイズの桃と、
小さなガラスの器に入れたプレーンヨーグルト、
上に冷凍ブルーベリーを少しだけのせたものを用意する。
桃の甘さと、ヨーグルトの酸味と、
ブルーベリーのひんやりした感じが一度に来て、
思わず小さく「幸せ」とつぶやいた。
(コンビニスイーツじゃなくても、
こういうので十分“今日生きててよかった”って思えるんだな)
スプーンを置いて、
明日のページを開く。
『8/25
天気:□/気温:□/体調:□
6〜8:家ブロック(数学ワーク+二人の季節)
16〜17:余白ブロック(散歩かストレッチ)』
“余白ブロック”に、
蛍光ペンで薄く線を引く。
将来のことを少しだけ想像してみる。
(大人になった私の一日にも、
仕事の予定で埋まったスケジュールじゃなくて、
“ここは何もしないでいい”って決めてる時間が
ひとブロックくらいはあったらいいな)
ノートパソコンと薄いノートが入ったカバンを持って、
カフェか図書館か、どこか静かな場所で仕事している自分。
画面を閉じて、
外の空をぼーっと眺める時間もセットで。
(“頑張ってる大人”じゃなくて、
“頑張る時間と休む時間をちゃんと選べる大人”になれたらいい)
そう思いながら、
里奈は手の甲の「つめこみすぎない」を一度なぞってから、
部屋の明かりを落とした。
## 後書き
**日記**
**20xx年8月24日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、「つめこみすぎない練習をした日」だった。
午前中は、部活の前に真帆の国語プリント相談を5分だけ受けて、
全部をちゃんと書くんじゃなくて、「一冊だけ全力+他は“印象に残った一言+生活に一個だけつながること”」っていう作戦を一緒に考えた。
前に決めた「相談は5分で区切る」「自分の時間を全部渡さない」ルールを思い出しながら、
タイマーをセットして、本当に5分で終わらせられたのがちょっと気持ちよかった。
家に帰ってからは、国語ワークと宿題リスト整理のブロックをやって、
そのあとに手帳に書いておいた“余白ブロック”をちゃんと使ってみた。
何もしないのは怖かったから、結局『ひとりぶんの荷物』を読む時間にしたけど、
「予定にもカバンにも、最初から“何もしない時間”や空白を入れておくと、
逃避じゃなくて息抜きにできる」という話が出てきて、
(あ、私がやりたいのって多分それだ)と思った。
宿題を全部一気に終わらせようとしてスマホに逃げるより、
“今日はここまで+余白一ブロック”のほうが、自分には合ってるかもしれない。
夕方は、友達が送ってくれた盛れ盛れプリクラと、
自分のノーマルに近い写真を見比べた。
前より「ノーマルのほうが“頑張った日の自分の顔”ってわかりやすくて好きかも」と思えたのは、
三秒自分チェックとか、焼き芋やヨーグルト・果物中心のおやつとか、
地味な積み重ねが少しずつ効いてるからかもしれない。
夜に『二人の季節』で、石畳のベンチで何もしない時間を過ごす二人を書いたら、
自分の一日の中にも「あえて何もしない時間」を一つ残しておきたい気持ちが強くなった。
おやつは、冷やした小さめの桃とプレーンヨーグルトに、
冷凍ブルーベリーをちょっとだけのせたもの。
砂糖なしでもちゃんと甘くて、
(こういうシンプルなやつのほうが、余白っぽくて好きかも)と思った。
これからしばらくは、「一日のどこかに“余白ブロック”を一つ残しておく」実験を続けてみたい。
目標を増やしすぎると自滅するのは分かってきたから、
今の「週4ブロック◎」と「一日一個カバンか通知を減らす」という二つの目標はそのままにして、
余白は“その二つを続けるためのやり方”として、手帳の端っこにこっそり増やしていこうと思う。




