第47節 ナイトノッカー
どうしてそうなったのか?
死闘って言うからには死ぬくらいの戦闘が必要でしょ?
今回はそんなお話です。
では、どうぞ。
夜逃げが開始された。
250人。
正確には今、村手前の駅に4人いるので246人だ。
これだけの人数を移動させるのはどう考えても難しい。
年寄りもいれば子供もいるし、なんなら、夜逃げに反対の人もいるくらいだ。
どれだけの村人を救い出せるのかが、課題になってくる。
ネックとなったのは、特に年寄りだった。
なんだかんだ理由をつけて、動きたがらない。
それをレインが丁寧に説得して何とかした。
そして、深夜2時。
決行の時刻。
兵士たちの不寝番交代時間が、夜の1時頃。
そして、立っている兵士がうとうとし始めるのが2時頃。
そう、リサーチの結果が出たからだ。
できるだけ、村の中心部を通らずに、大移動を実施する。
まず、村の北側の人間は簡単だ。
何しろ中心部を通る必要がない。
そのまま音を立てないようにゆっくりと森に入って行った。
このチームを一番先に移動させた。
リスクを低くするためだ。
あと、友人のいる人は、できるだけ、あらかじめ北側にいるように指示していた。
このことで、すでに100人くらいが森に入った。
ここから、森の奥の鉱山まで、大岩井さんとマインウルフ軍団が護衛して誘導する算段。
作戦の半分は成功した。
かなりあっさりと。
なにぶん、これは簡単な部分だからだ。
次に移動したのが、村の西側、東側の住人だ。
ここに人口が一番集まっている。
それぞれ、西門、東門付近に集まってもらって、門の外へ出る。
柵の外を静かに北へ向かい、森に向かった。
森までは、遮蔽物のない草原なので、誰かがきちんと監視してしまえば、バレる危険性が大きい。
このチームも、100人くらい。
その中には、動けない老人もいたので、山賊団が背負ってはこんでいる。
ついでに、逃げ道についても指導していた。
なにより、言っていいのかどうか難しいが、彼らは元山賊団。
夜逃げのプロだ。
親分の顔と実力を知っていることもあり、文句を言う人もいたが、言う通りに脱出した。
ここまでは順調だった。
残り40人くらい。
その内、村中央部には、ギルマスとよろず屋で9人。
村南部に32人。
32人のうち、背負う必要のある老人が3人。
厳しい戦い。
しかも、問題はそれだけじゃない。
3時から少しの間は、身動きが取れないのだ。
3時になると、決まりなのか何なのか、兵士が村中を歩き回る。
家の中まで入ってくることはないので、夜逃げに気づかれる心配はないのだが。
それでも、町の南部と中央部を残したのには意味がある。
そこを重点的に回るからだ。
特に、よろず屋によって夜食を要求してくることがお決まりのルートになりつつある。
兵士たちの巡回が始まったので、夜逃げしていないチームは、いつも通りにしていなければならなかった。
よろず屋は、どの道叩き起こされるので、起きて料理を作っていた。
もっとも、作っていたのはスープ。
寒いので体があたたまる。
温まるのだが、ちょっと辛味もつけてあり、目が覚める。
結構、評判の良いスープなのだ。
そして今日は、特別に甘めの隠し味が加えてある。
興奮剤だ。
エロいことを考えた人は反省するように。
そういう興奮剤ではないので。
目が覚める方だ。
念のため断っておくが、覚醒剤の類ではない。
ちょっと強いカフェインのようなものらしい。
とりあえず、飲んで30分は、目が覚めて疲れが取れて元気になる。
しかし、30分後、その疲れと眠さが押し寄せてくる。
軽い遅効性の睡眠薬としても活用できる。
今までも、少量使っていたけれども、今日はいつもより多く入れてある。
いつもは、ちょっと元気になったな、目が覚めたなと言う程度だが。
今日は、ギリギリ、30分後に眠くなって、うっかり寝落ちしてしまう程度。
個人差により効かないこともあるかもしれない。
そして、午前3時20分ごろから、よろず屋には兵士たちが暖かいスープをたかりにやってきた。
そのスープで体を温めて、目を覚まして、朝まで頑張るためだ。
若い女の子がたくさんいるのもいい。
どちらかと言うと、そちらが目的の兵士も多かった。
4時になった。
最後の南のチームを脱出させる。
南のチームはさらに3チームに別れる。
西と東の大回りチーム。
そして、中央突破のチーム。
何を考えているのかと思うかもしれないが、成功率と生存率を上げるためだ。
どう言うことなのか。
3時の見回りで、住人が夜逃げしたことに気がついている可能性を考えた。
そうすると、4時まで待って、眠くなっている兵士たちだが、警戒心が上がっている可能性がある。
村から西に行っても東に行っても2〜300メートルもいけば山の麓となる。
そこまで行けば、とりあえずは、森に隠れることができる。
したがって、そこまで行くことができれば、逃げ切れる。
中央突破のチームはこれとは毛色がちがう。
4時になって、中央の9人が、川の高低差に隠れて先に北に向かっている。
同じルートを南からは10人ほどが通っているのだが。
このメンバーは、全員レインが選定した人たちだ。
レインの懸念として夜逃げからさらに逃げる可能性があるそうだ。
もしくは、兵士たちのスパイとなって、大きな声で知らせるかもしれない。
それを心配していた。
10人は10人とも若い女性だった。
ちょうど、兵士たちにひどいことをされても不思議ではない年齢層だった。
だからこそ、僕たちはわからなかった。
彼女たちがなぜ拒否したのか。
本当の理由を。
このチームを先導していたのは僕だった。
僕一人だった。
なぜなら、兵士に捕まることも想定していたから。
それならば、反乱が起きてもレインにすれば捕まらないと思うのだが。
そうしなかったのは、悪い予感がしたから。
「よう。待ってたぜ? 夜逃げたぁ、捨てオケねぇな!」
川に沿って、見つからないように進んでいたつもりだったけれども、先回りされていた。
ここのルートは、今回の夜逃げでは、このメンバーしか使わない。
そして、このメンバーにしか教えていない。
なんなら、このメンバーには、他の人も、ここを通ると伝えてあった。
そう。
情報が兵士に漏れていた。
そうなっても大丈夫なように。
うそ情報をつかませていた。
「何で分かった。待ち伏せするならばれてたってことか。」
「そう。そうだ。当たり前だろ? こんな状態で夜逃げしないわけがねぇ。」
「何が目的だ?」
「目的か。目的は簡単だ。お前を殺すことだよ!」
そう言って、切り掛かってきた。
足元は川砂。
そして、川砂利。
けっしていい足場ではない。
しかもこちらは丸腰だ。
いや、小さなナイフぐらいはもっているけれど、あんな大剣と戦う道具じゃない。
日本刀に果物ナイフで戦いを挑むようなものだ。
しかも、そのナイフすら、取り出すことができなかった。
気がつけば、腕を拘束されていた。
後ろの女性たちに。
あまりにキツくはがいじめにされているので、胸が当たってしまっている。
頭の中が、ちょっとおっぱいでいっぱいになってしまった。
男は、こんなピンチの時でも、その呪縛からは逃れられないらしい。
言葉を変えれば、若い女性数名に抱きつかれているのだ。
大体年上だけどね。
でも、こんなこと、一生のうちでもう2度とないだろう。
目の前の兵士がいきりたって大剣を大上段に構えて、振り下ろそうとしていた。
「どうだ? うらやましいだろう? こんなハーレム、お前には一生味わえないぞ?」
この言葉が、ちょっとした心のくさびになればと、思っていたのだが。
「ずるいな。」
「するいぞ!」
「俺だってはがいじめにされたい!」
周りからわらわらと兵士が湧いてきた。
いや、集まってきていた。
四面楚歌。
まさに、風前の灯。
でも、この人たち、何で村から出るのを嫌がったのか。
どうやって、情報を兵士に流したのか。
どうして、ここで待ち伏せしていたのか。
謎は深まるばかり。
そして、最大の謎は、
「お前を殺すためだよ!」
そう言った、目の前の兵士。
なぜだ?
なぜなのか?
僕を特定しかつ殺害する必要があったのはなぜなのか。
こっちが夜逃げした、朝にはもぬけの殻で、またホラーだと怖がらせる算段だったのに。
逆にあちらから、なぜ、そんな動きができたのかというミステリーで返された。
そんな悠長なことを考えている場合ではないのに。
僕はうら若い綺麗な女性たちに抱きしめられていた。
こう表現すると、羨ましい表現だけれども現実は厳しい。
はがいじめにされていた。
身動きが取れない。
でも、背中や腕に感じる柔らかく豊かな胸の感触。
もう、ずっとこのままでもいいかもしれないと。
そう言う誘惑から、なかなか抜け出せない。
誘惑がなくても抜け出せないんだけれどもね。
そして、目の前には、隣町の領主が連れてきた兵士の隊長らしき人。
大きな剣を大上段に構えて、今まさに僕を袈裟斬りにしようとしている。
やばいよね。
絶対絶命だよね。
しかも、味方は近くに誰もいない。
まいったね。
これじゃ、ここで僕の人生最終回だよ。
走馬灯が流れ始めたら終わりだって言うしね。
「死ぬ前に疑問があるのだが、冥土の土産に聞いてもいいかな?」
「そうだな。少しぐらいならいいだろう。逃げられる状況でもない。」
「何で僕なのかな? 他にいっぱいいる中でピンポイントに僕を狙ったのは?」
「ふむ。そこから分からぬのか。案外凡庸な男だったのだな。残念だ。」
何?
無駄に高い評価を受けていたらしい。
どうして?
「貴様は、今、あの鉱山を支配しているのだろう?」
「一応、名目上は。」
「だからだ。」
「は?」
意味がわからない。
鉱山を支配していることと、斬り殺すこと。
どう繋がるのか。
「ここ一年、全国的に鉱山という鉱山から、魔物が湧いて、金属や石炭の供給が途絶えた。特に我ら兵士や騎士といった、剣や鎧を必要とする者にとっては、死活問題だった。」
「まあ、そうなりますよね。」
「ところがだ。今までほとんど取り返すことのできなかった鉱山を、取り返したと嘯くやからがいると、情報が入ってきた。いや、そう聞き出した。」
「どこから?」
隊長は、ちょっと難しい顔をして答えた。
「昨日か、一昨日だったか。町に、『ホワイトベアー』の毛皮が出回った。まず、出回ることのない貴重品だ。鉄の鎧より軽く、鉄の鎧より守備力の高い優れた防具素材だ。何なら、防寒性能も随一だ。」
「うっ。」
「これが出回っていると言うことは、逆に言えば、『ホワイトベアー』を誰かが討伐したということになる。こんな噂、流れないはずもない。そして、この村に行き着いた。ここのギルドから、町のギルドを通して市場に流れたものだと。」
短時間だったが、よく調べている。
あの、ホワイトベアーの毛皮に、そこまでの価値があったとは知らなかった。
本当に金貨1枚で、釣り合っていたのかと問いたい。
小一時間問い詰めたい。
「しかし、こんな辺境の村に、そんなハイレベルの冒険者が来たと言う情報はない。つまり。」
ここで、隊長は、僕を指差して言い放った。
「貴様! 魔族だな! 大魔王様の手先だな!」
そう、言い放った。
僕、そっちで疑われていたのね。
ちょっとショックだ。
じゃあ何? この騎士たちは、僕を討伐するためにわざわざお集まりになられたの?
魔王どころか女神様(仮)の手先である勇者(笑)なのに?
「じゃあ、何? 僕を討伐し終えたら、町に帰るの?」
「いや、お前の拠点としている、鉱山を再び我が領主の支配下にするため、鉱山に入って魔物を討伐する。鉱山をきちんと占領するまでが、お前の討伐だ。」
なんだろう、その、家に着くまでが遠足ですみたいなノリは。
そこまでしなくてもいいのに。
なにか、違和感があるのだけれども、何なのかが分からない。
「でも、この女性たちは、なんで協力しているの? 利害関係ないじゃない?」
「あら、ほんと、とぼけるのが上手いのね。」
「ほんとは知っているくせに。」
「隠し事がうまいって、本当だったのね。ばれているわよ?」
後ろから、返事が返ってきた。
なぜ?
「鉱山から、宝石が出るって、黙っていたのでしょう?」
「だから税金取らなくても、国家運営できるんでしょう?」
「宝石で、大儲けするつもりだったんでしょ?」
なんだその話は?
「マジか? あの鉱山は宝石まで出るのかよ? 聞いてないよ!」
「そりゃ、お前には言っていなかったからな。」
「味方をすれば、宝石たくさん付けて、贅沢三昧の生活が待っているのよ?」
「いっぱい宝石もらって、お金持ちになるの。」
「お父さんとかお母さんにも楽させてあげられるし。」
おかしい。
この話、おそらく嘘だと思う。
直感だけど。
理由の一つは盗賊団の親分だ。
もし、そんな宝石が見つかると言うのなら、もっと違う働き方をするはずだ。
石炭とか、鉄鉱石とかじゃない。
宝石を掘るのに夢中になるはずだ。
でも、そんなことしていないし、領主たちもそれを警戒していなかった。
と言うことは、この話は真っ赤な嘘である可能性が高い。
もう一つが、ここにいるのが全て、若い女性だということ。
宝石が好きな人が集まった、と言うには偏りがありすぎる。
つまり、この女性たちだけは、何らかの理由で騙すことができたのだ。
例えば、家族がいて、夫から鉱山の話を聞くことができたなら。
親がいて、両親から、鉱山の話を聞くことができなのなら。
友人がいて、鉱山の話を聞くことができたのなら。
こんな根も葉もない話を信じたりはしなかっただろう。
僕だって、ちょっとだけ、あの鉱山に期待してしまっている部分があるくらいだ。
なるほど、そう言う訳。
レインが選別した際に、反対した人、と言っていたグループだけど、これも嘘なのだろう。
いや、ある意味では本当なのかもしれない。
表向きは、夜逃げする動きに付き合うけど、実際には途中で仲間を売るよという反対。
レインはどうやって、この女性たちを嗅ぎ分けたのか。
何か理由があるはずなのだが、今ここにいないレインの考えを知る術はない。
謎は一つ解けたのだけれども、そのことでまた別の謎が生まれてしまった。
「そもそも、夜逃げについてはだいぶ前から予想がついていた。」
「なんだと?」
「当たり前だろう。こんな仕打ちをされて、夜逃げしない方が珍しい。だが、考えてもみろ。こんな辺境の村から夜逃げしたところで、逃げる先はミャオー町しかない。結局、夜逃げしても、しなくても、我が領主の元からは逃げられていないのだからな。捨て置くように言われていた。」
確かにその通りだ。
夜逃げしても、この辺境からは、隣町しか逃げ先がない。
しかも、夜逃げの原因は、その街の領主と来ている。
実質、逃げられていないのと同じだ。
「問題は、この女性方が、夜逃げ先が我がミャオー町じゃないと言い出したことだ。」
僕を魔王の手先だと考えるなら、自分のもとに引き寄せて何をすると考えるか。
彼女たちも、魔王の手先としてしまうと考えたのだろう。
なんなら、魔族にでもしてしまうと。
「しかもな、この村の村長とか、捕まえておいたらスライムにされてしまった。お前たちも、のこのことこの男について行ったら、魔物にされてしまうところだったのだぞ?」
異世界脳ならば、そう言う結論に達するのか。
自分視点でなければ、理論が破綻していないところが苦しい。
論破できる要素がない。
もちろん、自分が魔族でもなく、スライムにする悪趣味もないことを証明する術もない。
「魔物討伐だ。貴様、曲がりなりにも人間のような姿をして我らを誑かしおって! 許せん!」
そう隊長が言うと同時に、鋭い斬撃が僕を襲った。
赤い液体が、大量に宙を舞っていた。
スローモーションのように、それを見ていることしかできなかった。
次回は話し手が変わります。
主人公野中の視点ではなくなります。
斬られちゃいましたしね。
それでは、筆者も辻斬りに遭わなければ、明日の15時ころに。