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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第46話 遠きにありて

 巨大エイと巨大ヤドカリ……2体のA・Wを首尾よく撃破した遊撃艦隊だったが、ここに来てA・W討伐任務は暗礁に乗り上げていた。

 主な原因は2つ、ひとつは緑の解放戦線(GLF)への対処だ。GLFは先日、米国ルイジアナ州ニューオーリンズの本部施設を摘発され、首魁(しゅかい)であるサイモン・ウェイクマンも逮捕されたのだが……大方の予想に反し、その活動の規模は摘発以前と以後でほとんど変わっていなかった。

 それまでと変わらない頻度で、世界中で頻発する海洋開発への妨害行動は、マッケンジー大統領補佐官が受けた捜査報告――GLFはその本部機能を高度に分散させており、全ての支部が本部として機能し得る――が真実である事を証明していた。

 そして、洋上においては(くだん)の擬態戦闘艇の存在が大きな問題になっていた。なにしろクジラと(おぼ)しき反応をソナーが捉える度に、無人偵察艇やDSCV隊を使って目視確認をしなければならないのだ。単純に乗組員の負担が増えるだけでなく『近くに敵が潜んでいるかもしれない』という緊張状態が長期間続けば、どんなに屈強な兵士であっても心身が摩耗(まもう)するものだ。


 原因の2つ目は、A・Wの補足が困難になっているという事だ。残るA・Wは3体……オーストラリア沖で貨物船を襲った『巨大魚』は、その後度々SOSUS(ソーサス)や条約機構加盟国海軍の捜査網に引っかかるものの、遊撃艦隊が現地に到着する前に再び姿を(くら)まし、すれ違いが続いていた。

 残りの2体に関しては現状目撃情報すらなく、何処でどれ程まで成長しているのか皆目見当がつかない状態だ。


 GLFの擬態戦闘艇へのプレッシャーと、A・Wが姿を見せない事への焦り……この2つがA・W遊撃艦隊の乗組員に重くのしかかっていた。



■ヘリ空母駿河、乗員区画


 八式の定期チェックを終え、格納庫(ハンガーデッキ)から上がって来た宗像三尉は、乗員区画の通路で一人(たたず)むイヴの姿を見つけた。艶やかで長い黒髪に褐色の肌、白いワンピース姿の彼女はどうやら窓(採光用ではなく、外の様子を確認するための小さなものだが)から外の風景を眺めているらしい……(もっと)も、艦隊は陸地を離れた洋上を航行中だ、目に入るのは波立つ大海原だけだろう。

 それでも、イヴは小さな窓に張り付いて、あたかもそこに『何か』があるとでも言うように外の景色を眺め続ける。その表情にはいつもの明るさは無く、哀愁が漂っていた。


「ちっすイヴちゃん! 最近どう?」


 船内でほぼ毎日顔を合わせているのだ、『最近』も何もないのだが、宗像三尉は場を和ませようと冗談めかして挨拶をする。すると、褐色の少女は宗像三尉に顔を向け『あ、シンタロー……ちっす』と、力の無い微笑みと気の抜けた声で答えた。

 以前であれば、挨拶をすれば満面の笑みで元気よく答えてくれたのだが、今のイヴは心ここに有らず――まるで魂を失った抜け殻のようだ。


「えーっと……恭司さんももうすぐ格納庫から上がって来るっスよ」


 めげずに話しかける宗像三尉、しかしイヴは『うん』と気の抜けた返事を返すだけ。


「……そ、そうだ! アメちゃんあげるッス」


 宗像三尉はポケットからアメを一つ取り出すと、イヴに手渡した。だが、やはりイヴは『ありがとぉ』と力なくアメを受け取り、それを握りしめたまま再度窓の外に視線を向けた。前はアメを貰えばすぐさま口に放り込んで『むふー』と満足そうな表情を浮かべていたのだが……。


「…………そ、それじゃ俺はもう行くっス」


 重苦しい空気に耐えかねた宗像三尉は、そそくさとその場を去った。



■ヘリ空母駿河、食堂


「…………って事がさっきあったっス」


駿河の食堂、宗像三尉は対面に座る南二尉に先刻のイヴとのやり取りを話し、そして肩を落とした。


「声をかけると笑顔で応えてくれるんスけど、無理してるのがバレバレなんスよ。あの笑顔を見るとこっちのメンタルがガリガリ削られる感じで……むしろ素直に泣いてくれた方がマシっス」


 その言葉を聞いた南二尉は腕を組み眉間に皺を寄せる。そして『はぁ』と一つ、ため息をついた。


「力を尽くしてどうにかなる事であれば――――」


「『全力でやれ』でしょう?」


 宗像三尉が口をはさむ、南二尉は渋い表情を浮かべた。


「こら、他人(ひと)のセリフを盗るな。しかし、まあお前の言いたい事は分かる。彼女がああなったのは、目の前でアルゴーを殺された事で、故郷も家族も何もかもを失った事実を再認識させられたからだ……メンタルの問題は如何(いかん)ともしがたいな」


「『故郷』に『家族』かぁ……。そういや隊長、娘さんは来年小学校でしたっけ?」


 宗像三尉が水を向けると、普段は常に毅然としている南二尉は目尻を下げ、口元を緩める。そして無意識なのだろう……胸ポケットに手をやった。妻帯者であり、一児の父である南二尉が胸ポケットに家族の写真を携帯しているのは、駿河乗員の全員が知る所だ。


「ああ、そうだ。いやぁ、可愛いくってなぁ……電話越しでも『パパ、パパ』と――――む、スマン……」


 饒舌に娘自慢を始めた南二尉は、対面の宗像三尉を見て頭を下げた。対する宗像三尉は『ははは』と笑いながらヒラヒラと手を振った。


「可愛い盛りでしょうし、無理も無いっスよ。それに話振ったのは俺っスから、気にしないでください」


「気を遣わせてすまない……お袋さんの容態は、どうだ?」


 宗像三尉は母子家庭で育った。幼い頃に父親が事故死し、以来母親が女手一つで宗像三尉を育てたのだ。しかし、その母親は無理が(たた)って身体を壊し、今は東京の病院に入院している。

 宗像三尉は『父親』というものを朧げにしか覚えていない。娘自慢をし、殊更に父親アピールをしてしまったことを、南二尉は迂闊(うかつ)だったと自省した。


「こないだ電話した時には、容態は安定してるって言ってたっス。まあ、相変わらず医者からは『楽観はできない、無理はさせるな』って口酸っぱくして言われてますけど」


「…………なあ宗像、お袋さんが心配なら今からでも内勤に――――」


 南二尉がそう声をかけると、宗像三尉は首を横に振った。


「いやいや、(おか)勤務になって海外派遣の手当てが無くなると困るんス! 入院費が馬鹿にならないんスよ。それに……今更自分だけケツまくって異動すんのは流石にカッコ悪過ぎるっス」


 そう言うと、宗像三尉は長机を『ドン!』と叩き言葉を続ける。


「というか、俺等の事よりイヴちゃんの事っス! 今も恭司さんが側についてますけど、ここのところ元気が無くなってく一方じゃないっスか! 彼女があんな調子じゃA・Wと戦えないっスよ!」


 A・W-3との戦闘以降、恭司は自由になる時間の殆どをイヴと一緒に過ごしていた。しかしそれでも、イヴの様子に改善は見られない。

 南二尉は再び腕組みすると『むぅ』と唸った。


「……そうだな。イヴ君の事もそうだし、GLFへの対処やA・Wを捕捉できない事で皆に徒労感が蓄積している、良くない状態だな」


「――――苦労をかけてすまないな、二尉、三尉」


 唐突にそんな声が割り込んでくる。二人が声の出所を見やると、そこには豊かな髭を蓄えた老船乗りが立っていた。休憩に訪れたのか、手にはお茶の入った湯飲みを持っている。


「ッ!? か、艦長ッ!」


 南二尉と宗像三尉が慌てて立ち上がり敬礼しようとすると、津川艦長は『まあまあ』と右手を振り、腰を上げかけた二人を再度座らせた。その後、自身も南二尉の隣席に腰を下ろした。


「通りかかったら話し声が聞こえてな、失礼するよ。イヴ君の事、皆の疲労、私も分かってはいるんだが……特にイヴ君の問題は二尉の言う通り、如何とも、な……」


 そう言うと、津川艦長はある詩の一説を(そら)んじる。


「『ふるさとは、遠きにありて思うもの。そして悲しくうたうもの』――あれは実家と折り合いが悪く、ふるさとと決別せざるを得なかった詩人の詩だが……それでも、ふるさとは『そこ』に在った。だが――――」


 津川艦長の言葉を、南二尉が引き継ぐ。


「彼女の故郷は遥か昔に滅び、失われました」


「ああ、家族や友人や、そういった人々と諸共にな……。これらは誰もが当たり前に生まれ持っているものだが、一度失ってしまったら二度と取り戻せないものでもある」


 『故郷・家族・友人』……艦長の言葉は南二尉と宗像三尉にも重くのしかかる。それらを全て失ってしまったイヴの心情は、彼等の想像を絶するものだ。


「何万年も眠りについて目が覚めたら独りぼっちとか……自分が同じ立場だったら発狂してもおかしくないっス」


 宗像三尉が肩を落とす。津川艦長は『ああ』と頷いた。


「予定では、本艦隊は来週には補給のため横須賀に帰港する。その際に何か出来ないか考えておこう」


 そう言うと、老船乗りは湯飲みのお茶を口に運んだ。

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