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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第45話 人魚のノスタルジア

■ヘリ空母駿河、格納庫(ハンガーデッキ)


 A・W-3の撃破から3日。整備中の八式や対潜ヘリ(SH-60)が並ぶ駿河の格納庫の片隅で、複数の人物が整備作業台の上に置かれたノートPCの画面を覗き込んでいる。ノートPCを操作している人物……整備班長が画面に映る映像を一時停止して口を開いた。


「ここ、ここです。A・W-3との戦闘のせいで海水が少し濁っていますが、緑の解放戦線(GLF)のDSCVが変形するシーンが映っています」


 そう言いながら、整備班長は米海軍ガーフィッシュ隊――――マディガン大尉機から共有されたハンマーヘッドのカメラ映像をスロー再生し始める。そこには確かに、正体不明のDSCVがクジラのシルエットからタコのような形状へと姿を変える様子が収められていた。

 その様を見た木崎副長が疑問を口にする。


「確かに……。しかし、体積的にクジラの姿から少し小さくなっているように見える。それに『変形』というよりは『変身』というか……、粘土や影絵のようにグニャグニャ姿を変えているように見えますが……」


 彼の疑問の通り、画面に映るGLFのDSCV――擬態戦闘艇は機械的な『変形』ではなく、まるでコンピューターグラフィックスのモーフィング処理のように滑らかにその輪郭を変えていた。

 その疑問に整備班長が答えた。


「おそらくバルーンでしょう。全身に設置したバルーンに海水を注水・排水することで姿を変えているんだと思います」


「ふぅむ……。つまりクジラの着ぐるみを被っている訳か」


 津川艦長が顎髭を撫でながら呟く。『着ぐるみ』というのは随分と可愛らしい表現ではあったが、整備班長は『まさに』といった風に大きく頷いた。


「そうです。しかし、手品の種はそれほど意外なものではありませんが、それを実戦で運用するのは並大抵の事ではありません。全身にエアバッグならぬ『ウォーターバッグ』を装備し、それらに注・排水を行うシステムも機体に組み込む。さらに――――」


 そこで整備班長は、ノートPCの映像をDSCV形態の擬態戦闘艇が映ったシーンにスキップする。


「一番の問題点がこの『触腕』です。この生物的な動き……これは明らかに動力シリンダーやサーボモーターといった従来の機械駆動によるものではありません。これも推測になりますが……恐らく人工筋肉でしょう」


「人工筋肉!? まさか!」


 木崎副長が目を丸くして驚く。


 彼が驚くのも無理はない。人工筋肉の研究開発は各国で行われているが、それらに共通して言えるのは『複雑な駆動を可能とする反面、出力が低い』という事だった。その為、人工筋肉は義手や義足、小型作業機械や医療ユニットなど、パワーよりも正確さ・繊細さが求められる分野において活用の道を探っている。

 その常識を(くつがえ)し、兵器として完成されたモノが現れたのだ。この事実が示す技術的意義は、DSCVが始めて実戦投入されたスプラトリー海戦時の衝撃に匹敵するかもしれない。


 整備班長は作業帽のつばに触れながら口を開く。


「いきなり『完成品』が出て来たんです、(にわ)かには信じられないっていうのは自分も同じです……。ですがイヴちゃんの……ネーレイスっていう古代海洋人類の聴覚でも、かなり近づかないと気付けなかったんでしょう?」


 マッケンジー大統領補佐官訪問時のケロン襲撃において、真道三尉の八式に乗り込んだイヴは、八式のパッシブソナーが感知する直前に魚雷の襲来を『聴き』、警告を発した。そんな彼女がギリギリまで気付けなかったのだ。この擬態戦闘艇が既存の機械駆動とは違う駆動方式を採用しているのは確実だ。

 更に言えば、それは生物の動き――――筋肉による動作にほど近いものであるだろう。


「……つまり、イヴ君の感覚も今まで通りには頼れない。これからは、クジラと接近するたびにそれが本物か偽物か、無人機やDSCVで目視確認する必要が出てくる訳か」


 津川艦長がため息と共に言葉を吐き出した。今後の作戦行動に大きな足枷(あしかせ)が課される……乗員の負担が増える事を憂慮しているのだ。


「はい。『音』を頼りに出来ない以上、そうするしか……。それに、頼ろうにもイヴちゃんはこのところ…………」


 整備班長が口ごもる。彼が何を言いたいかは津川艦長も木崎副長も理解していた。

 いつも元気よく笑顔と歌声を振りまいていた『艦のマスコット』が、ここ最近沈んだ表情を見せるようになっていた。そして、その原因も分かってはいるのだが――――。



■ヘリ空母駿河、食堂


「夢?」


 白衣姿の研究者……ローザは、口に運びかけたコーヒーカップを机に戻し、自身の対面に座る恭司に問いかけた。眼前に座る海上自衛官はイヴの記憶を夢で見たのだという……。『他者の記憶を夢で見た』などと、以前であれば一笑に付すような話だったが、ローザは腕組みをしながら考え込んだ。


 昼と夜の合間、休憩所として開放されているものの食堂内は閑散としており、聞こえてくるのは他のテーブルで交わされる世間話や厨房からの物音(夕食の仕込みだろう)くらいだ。学者の中には雑多な生活音を『思考の邪魔になる』と嫌う者も居るが、ローザは人の営みの音を聞くとむしろ安心を覚える人物だった。勿論、限度はあるが、この程度の生活音ならば彼女の思考の邪魔にはならない。

 真剣な表情で考え込むローザを見て、恭司はバツが悪そうに口を開いた。


「正直、この事を話すかどうかかなり迷ったんだけど……。まるっきりSFかファンタジーかって話だし……」


 ローザは『はぁ』とため息を漏らしながら答える。


「それを言ったらイヴちゃんやA・Wの存在がSFかファンタジーそのものでしょ。恐らく……まあ、ネーレイス関連はほとんど推測での話になるんだけど……ともかく、貴方が見た夢はイヴちゃんの記憶で間違いないと思うわ」


 その答えを聞き、恭司は意外そうな表情を浮かべる。すんなり同意を得られるとは思っていなかった……そんな様子だ。ローザは言葉を続けた。


「以前だったら『そんな馬鹿な』と切り捨てていたでしょうけどね……。一応、根拠はあるのよ。初めて私達が会った時の事を覚えてる?」


 スクリップス海洋研究所ケロン支部で、イヴを交えて謎の巨大生物――A・Wに関する聞き取り調査をした時の事だ。『もちろん』と、恭司は首を縦に振った。


「あの場で、A・W細胞のサンプルが運ばれてきた時、イヴちゃんが貴方の口を使って喋ったわよね? 『私は貴方達の言葉が分からない、だから貴方の言葉と声を使う』って」


 恭司もその時の事はハッキリと覚えていた。身体の自由がきかなくなり、自分の意思ではなくイヴの意思で口が動いたのだ。他者に身体を操られる感覚……忘れられるものではなかった。

 正直な所、あの後しばらくはイヴに対して警戒心があったのだが、あれ以降操られるようなことはなかったし、恭司の言いつけを(可能な限り)守って『良い子』にしているイヴと接している間に、その警戒心も霧散してしまっていた。


「あの時、イヴちゃんは今の時代の言葉を理解していなかった。けれど、貴方の口からは『日本語で』イヴちゃんの伝えたい言葉が出てきた。つまり彼女は、自分の『考えた事』を直接貴方の頭に流し込んだ……つまり一種のテレパシーってところかしら。多分、貴方の血を舐めた事によって、他者とはレベルの違うシンパシーのようなモノで繋がったんだと思うわ」


 ローザは自分の考えを整理しつつ言葉にする。彼女自身が度々口にしている通り、ローザの専攻は海洋生物学だ。テレパシーなどの超常に関する学問は存在しないし(超能力を研究する超心理学というものが在るものの、学問として認められるかどうかは人によって意見が分かれる)、あったとしても彼女の専門外だ。


「――――だから、イヴちゃんの記憶を貴方が夢として追体験したのも、あり得ない話じゃない。それに、夢っていうのは大抵曖昧なものよ、けれど貴方の話を聞く限り『賢者』や『龍』、それに稼働している海中都市の描写がくっきりし過ぎてるしね」


「…………テレパシーかぁ」


 そう言いながら恭司は自分の額に触れる。イヴがおでこを押し当てた時の感触が蘇ってきた気がしたのだ。同時に『なるほど』と納得できたことがあった。

 普段の子供っぽいイヴと、恭司の意識に直接語り掛ける大人びた様子のイヴ……それぞれ様子が違うように感じたのは、彼女の考えを恭司の脳が恭司の語彙で翻訳していたからなのだ。

 小さな疑問が氷解し一人でうんうんと頷く恭司に、ローザが更に語りかける。


「まあ、今後は貴方の口を使うようなことは無いでしょうね。彼女、チカラを使うとかなり疲労するようだし。それにもう日常会話に支障のないレベルで日本語を習得してるしね」


 彼女の言う通り、イヴは既に日本語を『話す』事はマスターしたと言っていい。ひらがなや漢字を『書く』事に関しては未だ勉強中だが、この言語習得速度は異常だった。ローザの見立てによれば、イヴは言葉を『歌』として学習しているらしく、日常の話し言葉をメロディとして認識し、発音や抑揚を完璧にコピーして見せるのだ。

 更に過去数回の『テレパシー』によって、イヴの頭の中にはある程度の『日本語ライブラリ』が出来上がっていたらしく、覚えた『メロディ』をそのライブラリに当てはめて『言葉』と『意味』を突合する事で、驚異的な習得速度で日本語を覚えているのだそうだ。


 恭司がそんな事を思い返していると、眼前のローザがコーヒーを煽るようにして一気に飲み干し口を開いた。


「とりあえず、この件も今後の研究対象ね。で、話は変わるけど、このところイヴちゃんが塞ぎがちなことだけど……原因は分かってるんでしょ?」


 ローザが振って来た話題に、恭司は表情を曇らせた。彼自身、イヴの様子がおかしい事は気付いていたし、その原因も分かっていた。だから『夢』の話をするために、イヴを中村医官に任せ、ローザと食堂で会っていたのだ。


「…………ああ。どうにか(ちから)になってやりたいんだけど、どうすりゃいいんだか…………」


 恭司はため息と共にそう答える。


 イヴが塞ぎこんでいる原因……。それは、同じ時代を生きた仲間(アルゴー)を失ったショックと、それによって呼び覚まされた『郷愁(ノスタルジア)』だった。

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