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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第20話 合流

■ケロン直掩艦隊、ヘリ空母駿河、飛行甲板


 テロリスト、そして巨大エイとの戦闘から2日後。凪いだ海、快晴の空にヘリのローター音が響く。ローター音は瞬く間に大きくなり、駿河の飛行甲板に1機のSH-60Kが着艦する。ヘリのエンジン音が止まり、開いた扉から一人の人物が現れる。

 金髪のミディアムヘアーに白衣を纏ったその人物は、右肩に()げた大きなショルダーバッグを引きずるようにして甲板に降り立った。


 その人物……ローザ・アニングに、2人の人影が近付き声をかけた。


「お待ちしておりました、アニング博士。ようこそ駿河へ。本艦の艦長、津川です」


「副長の木崎です。乗組員一同、貴女の乗船を歓迎します」


 そう名乗ると、2人は揃って敬礼する。ローザはお辞儀して応えると口を開く。


「歓迎、感謝します。もうご存知でしょうが……ローザ・アニングです。アメリカ海軍太平洋艦隊司令部、及びウェルズ司令の要請を受け、本日より皆さんに同行させて頂きます」


 太平洋艦隊司令部からの要請……実際には、マッケンジー大統領補佐官の要請だ。

 お互いの自己紹介が済み、木崎副長がローザのショルダーバッグに視線を向けた。


「お荷物はそれだけですか? よろしければクルーに運ばせますが……」


「いえ、まだ機内に。それより、取り急ぎ『用件』を済ませてしまいたいのですが……」


 ローザの言葉に、津川艦長が鷹揚(おうよう)に頷いた。


「分かりました、面子は揃っています。案内しましょう。副長、行こう」


 木崎副長は敬礼して応え、2人はローザを先導して歩き出す。彼女は海風で乱れる髪を乱暴に手で撫でつけると、その後に続いた。



■ヘリ空母駿河、医務室


 駿河の医務室に5人の人物が集っていた。第2戦闘艇小隊の面々とイヴ、そして部屋の主である中村医官だ。5人は中村医官の机に置かれたタブレット端末の画面に見入っていた。

 画面には、ネット配信のニュース速報が映し出されている。ホワイトハウスのプレスルーム、米政府の女性報道官が、ずらりと並んだ各メディアの記者達と相対している。


『先日のケロン襲撃によって、ハワイ沖深海鉱床が広範囲にわたり崩落した事は皆さん記憶に新しい事と思います。しかし、問題は資源産出のストップ、そしてタイタン計画の遅延だけに留まりませんでした。この崩落によって、海底のさらに地下空間で眠っていた古代の危険生物が目覚めました。その生物『AncientWilds』……以降『A・W』と呼称しますが、これは非常に危険な生物であり――――』


 荒唐無稽な内容を、女性報道官は淀みなく口にする。その話を聞いていた記者達が(ざわ)めきだしたところで、報道官の傍ら用意されたスクリーンに先日エンタープライズが捉えた巨大エイの映像が映し出された。

 その映像を見ていた宗像三尉が口を開く。


「しっかし、よく情報公開なんてしましたねぇ。てっきり極秘扱いにすると思ってたんスけど……」


「米政府がこの件に本気で取り組むというアピール……それに、相手は人の道理が通じん化け物だ、環太平洋条約加盟国だけで対処できればいいが、越境されて域外へ出られたら手出しできなくなる。それを見越して、世界に対して警告する意味合いもあるんだろう」


 南二尉は渋面を作り、『それと……』と言葉を続ける。


「化け物共が出て来たあの崩落区画は、採掘作業が進んでいれば遠からず掘り返していたからな。今ならテロリストにこの事態の責任を、全て被せられるという訳だ」


 それに合わせたかのように、画面の中の報道官が『以降、合衆国政府は緑の解放戦線(GLF)を始めとするテロリストに断固とした対応を~』と記者団に語る。

 宗像三尉は寒さに震えるようなゼスチャーをすると、嫌そうに口を開いた。


「テロ屋には同情できないっスけど……政治って怖いわー、おっかないわー」


 しきりに『怖い怖い』と呟く宗像二尉。そんな彼とは対照的に、画面の中の報道官は毅然(きぜん)と胸を張り、報道発表を続ける。


『……このため、海洋開発及び海上交通の安全を保つべく、ケロン直掩艦隊を『A・W遊撃艦隊』として再編します』


 報道官の発言に報道陣が再度騒めく。しかし、画面越しにその様子を見ている第2戦闘艇小隊の面々……そして中村医官は冷静そのものだ。

 実を言えば数時間程前、日本国防衛大臣からの命令が駿河に届いていた。その内容は『ケロン防衛の任を解く、第5護衛隊群環太平洋条約機構派遣艦隊は、引き続き米海軍第11空母打撃群と共に不明生物駆除に当たれ』というものだ。

 その命令は即座に艦隊の総員に伝達された。そして実際に巨大エイと交戦した第2戦闘艇小隊とイヴ、そしてもう一人『ゲスト』を交えて戦闘時の状況の聴取と、今後の対策を練りたいとの事で、艦長直々の命令で医務室にこの面子が集められたのだが……どうやらその『ゲスト』の到着が遅れているようだ。

 その為、集った面々はこうしてニュースをネタに話し込んでいるのだった。


「しかし、日本政府もこんな短時間でよく結論を出せたな……」


 南二尉が誰にともなく疑問を呟く、それに答えたのは中村医官だった。彼女は自身の隣に座るイヴの頭を撫でながら(娘がイヴと同年代の為、思わず構いたくなるのだそうだ)口を開く。


「この前のニュースでやってたんだけど、アメリカが日本への食料品の輸出関税を引き下げるそうよ。たぶんそれと引き換えって事じゃないかしら?」


 その言葉を聞いた宗像二尉が再度苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「目の前に餌をぶら下げて釣ったって事っスか……。やっぱり政治って怖いわー、ワシントンも永田町も魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣窟だわー」


「そう言うな。資源不足も問題だが、食糧問題は最優先で対策する必要がある。折からの食糧価格の値上がりで外食産業はガタガタ、失業率も上がっているからな……この条件は飲まない訳にはいかんだろうさ」


 騒ぐ宗像三尉を南二尉が(なだ)める。すると、宗像三尉はずっと押し黙っている恭司に向かって唐突に声をかけた。


「キョージさん。俺、政治以外にも怖いものがあるんスよ。何だと思います?」


 恭司はいきなり話を振られたこともあって、『何だよ?』と思わず聞き返した。宗像三尉はニヤリと笑い、何かを寄越せとばかりに恭司に向かって右手を差し出した。


「まんじゅう」


「うるさいわ!」


 恭司は差し出された宗像三尉の手を『ペチン』と叩き落とす。次の瞬間、これも思わず『はぁ』と大きなため息を漏らした。宗像三尉が心配そうに首を傾げた。


「キョージさん、ここのトコずーっとその調子っスね……。まだ調子が良くないんスか?」


「いや、問題ないよ」


 恭司はそう答える。実際、体調は万全だったが、いくつかの問題が彼のメンタルに影を落としていた。


 一つは巨大エイ――――『A・W』と呼ばれた化け物に対する恐怖心。もう一つはイヴの正体と、彼女の歌によって恭司の身に起きた劇的な変化。最後に、彼自身の『今後』の事だ。


 今更ながらに湧き上がって来た巨大エイに対する恐怖心。戦闘中はイヴの歌によって抑え込まれていたそれは、今や彼の心にタールのようにべったりとへばりついている。

 そして、人外の姿を晒したイヴの正体も依然として謎のままだ。もしかしたら、あの化け物と同様の存在を身近に置いているのか――――そんな疑念が何度も脳裏に浮かんでは消えてゆく。

 体調が快復して後、恭司はそれらの事を艦長に包み隠さず報告していた。『メンタルに問題あり』と判断されるかもしれなかったが、虚偽の報告はで出来なかった。

 彼の報告を聞いた津川艦長は、『そうか……』と一言だけ答え、『別命あるまで待機せよ』とだけ命じたが、かえってその様子が恭司の不安を掻きたてた。


 そんな時、決まって(まぶた)の奥に浮かぶのは、故郷に残した家族の姿だ。


 両親と妹の4人家族。両親はまだ元気だが、生活は厳しい。年の離れた妹は来年に大学受験を控えている。

 『仕送りの額、減らさないといけないかもなぁ』と、恭司はそんな事を思い浮かべた。

 もし、恭司の不安の通りに『メンタルに問題あり』と判断され本国で陸上勤務に回されれば、海外派遣任務の危険手当は無くなってしまう。


 『はぁ……』と、恭司が再度ため息を吐き出した時、医務室の扉が開き3人の人物が入室してきた。その姿を見て、恭司は目を丸くして驚く。


「諸君、待たせてすまないな」


 そう言う津川艦長に続いて医務室に入って来たのは、白衣姿の女性研究者。彼女……ローザ・アニングは恭司とイヴの姿を認めると、流暢な日本語を口にした。


「待たせたわね、イヴ、エンサイン・シンドー」



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