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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第99話 Unforgiven

 海風が吹き付ける船上、星明りに浮かび上がる3つの人影。ひとつはぐったりとしたイヴを抱える宗像三尉、もうひとつは宗像三尉に拳銃を向ける仙波二尉、そして最後のひとつ…………恭司は対峙する二人を見て驚き、足を止めた。


 ただ純粋に、状況が飲み込めない。


 恭司の目の前には仙波二尉の背中があり、その向こうにイヴを抱えた宗像三尉が並ぶ。辺りに漂う張り詰めた空気は、この状況が洒落や冗談の産物では無い事を物語っている。


「真道三尉か……それと――――」


 仙波二尉が振り返りもせずに、自身の背後に立った人物を言い当てる。それと同時にパタパタと軽い足音が聞こえ、ローザが駆け付けた。彼女は恭司の(かたわ)らに立ち、口元に手を当てて息を呑んだ。


「ちょっと、何やってるのよ貴方達! どうなってるの!?」


 ローザが叫ぶ。……『他者の慌てる様を見て落ち着きを取り戻す』という表現があるが、今の恭司は正にそれだった。ローザの声を聞き、一気に思考が動き出した。


「……仙波二尉、何故貴方が拳銃を持ってるんですか?」


 恭司は仙波二尉の背中に問う。現在、A・W遊撃艦隊の全艦艇には警戒態勢が発令され、それぞれの艦で保安要員が警備に当たっている。銃火器を携帯しているのは保安要員のみであり、それ以外の人員が銃を持っているはずはない。

 更に言えば、仙波二尉の肩越しに見える銃は自衛隊が採用している機種ではない。銃の種類に(うと)い恭司でも見ただけで分かる、秘匿携行性に優れた小型短銃身のリボルバー拳銃……自衛隊ではなく警察で運用されているものだろう。


「信太郎……お前、何でイヴを抱えてるんだ? それに、何故イヴは意識を失ってる?」


 続けて恭司は宗像三尉に問いかける。彼が抱えるイヴは全身が弛緩(しかん)しており、深く項垂(うなだ)れてるため表情は伺えないものの、よく見ればイヴの肩は(わず)かに上下しており、呼吸しているのが見て取れた。だが、なによりも問題なのは、宗像三尉が仙波二尉に対してイヴを盾とする様に抱きかかえている事だ。これでは、追い詰められて人質を取った事件の容疑者にしか見えない。


 銃口を宗像三尉に向けたまま、振り返ることなく仙波二尉が答える。


「宗像三尉はGLFと繋がっている。イヴ君の身柄を彼等に引き渡そうとしているんだ」


「な…………ッ!!?」


 恭司とローザが驚きを(あらわ)にすると、宗像三尉がいつもの軽い調子で口を開いた。


「酷いっスねぇ。俺はイヴちゃんを守ろうとしてるんスけど……恭司さんは俺を信じてくれますよね?」


 恭司が答えるよりも早く、仙波二尉が声をあげた。


「下手な嘘は()せ。GLFとの連絡に使っていた携帯端末は押収した。横須賀寄港時の君の行動履歴も調査済みだ、言い逃れは出来んぞ」


 仙波二尉は『物証がある』と言う。恭司は信じられないという思いを隠しきれず、声を荒げた。


「そんな……慎太郎……ッ! 本当なのか!? ずっと俺達を裏切ってたのか!? それじゃあ、南二尉が死んだときに泣いてたのは演技だったのかッ!?」


「――――――そんな訳があるかッ!!!!」


 辺りに響いた怒声……それは宗像三尉が発したものだった。見れば、宗像三尉は怒りとも、悲しみともつかない複雑な表情を浮かべていた。いつもの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気は鳴りを潜めている。


「南隊長は、片親の俺にとって本当の親父みたいな人だった……。そんな人に死んでほしい訳ないだろ!! 南隊長だけじゃない、この船の人達には色々良くしてもらって…………」


 感情が(たかぶ)っているのだろう、いつもの軽い口調も消え失せ、宗像三尉は言葉を詰まらせた。


「……なら、どうしてこんな事をするんだ!? イヴだってお前に懐いていただろ、それなのに――――」


「母親だな?」


 恭司のなじるような言葉を(さえぎ)り、仙波二尉が答えを口にした。その瞬間、吹き付けていた海風が途切れ、時間すら止まったかのような錯覚が恭司を襲った。


「艦隊の横須賀寄港と同時期に、君の母親の容態が悪化した事は把握している。その莫大な治療費が交換条件なのだろう?」


 風の音が消え失せ、仙波二尉の声は良く通った。恭司は初めて聞いた事実に衝撃を受けながら一歩踏み出す。


「お前……何で言ってくれなかった? 相談してくれれば――――」


「相談したらどうにかなったんですか? それに、同情でどうにかなる額じゃないんですよ…………さあ、問答はこれで終わり。俺は行きます、邪魔はしないで下さい」


「信太郎ッ!!」

「――――ッ!?」


 会話を打ち切り、宗像三尉が空いた手で自身の胸ポケットから何かを取り出す。それと同時に恭司は更に踏み出そうとし、その動きを察知した仙波二尉が一歩右に移動して恭司の行く手を(さえぎ)った。


 宗像三尉が手にしたのは、手の平に収まる程度のガラスの小瓶。元々は調味料か何かを入れていた物だろう。その中には無色透明の液体が入っているらしく、僅かな星明りを反射してキラリキラリと弱々しく輝いている。


 それを見て、今まで事態の推移を見守っていたローザが叫んだ。


「――――ッ! まさかそれ、オムニトキシンッ!!?」


「なッ!?」


 恭司と仙波二尉も驚愕し、動きを止める。


 対A・W用特殊酵素……万能細胞を殺す史上最凶の猛毒。ここでそんなモノが解放されてしまったら――――。


「どうやってそれを!? 格納庫のタンクも、インジェクション・パイルへの補充も厳重に管理してるのにッ!!」


 ローザが『信じられない』という感情を隠すことなく疑問をぶつけた。対する宗像三尉は口の端を吊り上げ、笑う。


「管理してるのはそっちでも、実際に使うのは俺達(アビスウォーカー)なんでね。チョロまかす方法の一つや二つ思いつくさ――――じゃあなッ!!」


 そう言うやいなや宗像三尉は小瓶を床に叩きつけ、同時にキャットウォークのフェンスを飛び越える。そうしてイヴを抱えたまま夜の海に身を投げ出した。


 粉々に割れ、内容物を撒き散らす小瓶――恭司と仙波二尉は反射的に、ローザを守るために彼女に覆い被さるようにしてその場に伏せる。そのまま1秒、2秒…………と、何かに気付いたローザが唐突に恭司と仙波二尉を振り払い、砕けたガラス瓶に駆け寄った。


「ちょッ――――ローザッ!!?」


 慌てて呼びかける恭司に、ローザは小瓶の破片を拾い上げながら答える。


「……これがオムニトキシンなら、私達はもう死んでるわよ。間違いなくね」


「じゃあその瓶は――――ッ!?」


 『何なんだ?』と疑問を口にしようとした時、『ドドドッ』と船舶のエンジン音が聞こえて来た。3人がキャットウォークの縁に取り付き眼下の海に視線を向けると、波間に漂う宗像三尉とイヴに、小型のボートが接近してくるのが見て取れた。


「あれは……サンディエゴ基地の内火艇(ランチ)!?」


 仙波二尉が呟く。停止した内火艇に取り付いた宗像三尉は、内火艇の搭乗者と協力してイヴを引上げ、自身も船に乗り込んだ。すると、内火艇の搭乗者は恭司達を見上げ、良く通る声で叫ぶ。


歌姫(トスカ)はもらってゆくぞ、ニホンのアビスウォーカー!!」


 頼りない星明り、距離もあり相手の顔は良く見えない。しかし――――その声には聞き覚えがあった。


 恭司が叫び返す。


「お前ッ!? ウォッチャーッ!!」


「出し抜いたとはいえ、腐ってもUSネイビーの一大拠点。私の連れはもう制圧されてしまったようだね。と……いう訳で、相手をしている時間は無い。これで失礼させてもらうよ」


 ウォッチャーはどこか楽し気にそう言い残すと、内火艇のエンジンを再始動する。恭司はキャットウォークの縁から上半身を乗り出し、届かないと分かっていながらも、遠ざかるテロリストの背中に右手を伸ばした。

 恭司が海に飛び込みかねない勢いだった為か、仙波二尉が恭司の肩を掴み引き戻そうとする。それに抗いながら、恭司は腹の底から声を張り上げた。


「待てウォッチャーッ!! イヴをどうするつもりだッ!? また……こんな、仲間の命を使い潰して――――――ッ!?」


 叫びながら、唐突に、恭司はある事実に思い至る。それは、ずっと腹の底にあった疑問、矛盾。


 恭司達は南二尉を犠牲にして軌道エレベーター『タイタン』を守り。A・W-4を打ち倒した。望む望まざるとに関わらずも『同じ穴のムジナ』に成り果てた、そんな自分達がGLFを……そしてウォッチャーを非難することが出来るのか?


 『正義はどちらにある?』……かつて聞いたウォッチャーの言葉がフラッシュバックする。


 ――――――そう、そして『許されざる者』は誰なのか?


 ふと湧き上がった疑問に僅かな間、恭司の動きが止まった。


「CIC、CIC。こちら仙波。宗像三尉はイヴ君を連れて逃亡。手引きしたのはGLFで間違いない。サンディエゴ基地の内火艇を奪って西北西へ逃走した。繰り返す、西北西へ逃走中――――――」


 背後で戦闘指揮所(CIC)とやり取りする仙波二尉の声がやけに遠くに聞こえ、伸ばしたまま何も掴めなかった右手の指の間を、海風がすり抜けていった。

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