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闇魔

 突如として出現した黒い魔装機甲兵に、セレの武人達は動揺しないわけには行かなかった。


「何だ? あれは」

「ザミーンの陸戦型だ! ノーム級だぞ」

「いったい、どうやって……」

「ローセンダールから連絡のあった転送魔法か」


 それでも速やかな迎撃態勢に移行したのは、さすがは尚武の国として知られるセレであったと言うべきか。

 ザミーンの新たなる魔導技術……瞬時にして魔装機甲兵を移送すると言うそれを、ローセンダールが連合軍各国に通達していた事実を考慮しても、さして混乱するでもなく、通常武装の兵士や騎士が引くと同時に、警戒の為に待機していた五機の魔装機甲兵が進み出てすかさず抜刀し包囲体制を整える、その一連の動きは日頃の鍛錬のたまものであっただろう。

 セレの制式主力機の一つである《グロム》は、東大陸において屈指の魔導技術を誇るエルズルム自治領から購入した《ブリンガルデ》を重機動型に改修した、極めて強力な機体だ。

 ちなみに、ブリンガルデ級はローセンダールにおいても制式採用を検討された機体でもある。

 いくつかの経緯から主力機としての採用は見送られる事にはなったが、試験的に購入された機体の一つがヴァルマー将軍の専用機である《ルーヴ》の素体となっている。

 つまり、セレの《グロム》は《ルーヴ》と同系統にして、重機動改良版の機体であるとも言える。

 その《グロム》の一機が瞬時にしてひしゃげ、弾き飛ばされた。

 黒い魔装機甲兵の、腕の一振りによって。


「な……」


 シンゴの目から見ても、それは信じがたい光景だった。

 とてつもない重量感溢れる鋼鉄の巨人が、冗談のように宙に飛んだのだ。

 宇宙空間であればともかく、地上戦闘である。

 『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』においてもBMR同士による、文字通りの格闘戦が無いわけでは無いが、ここまで圧倒的なパワーを持つ機体は最新鋭の陸戦型でも滅多にない。

 夜には視認しづらい艶無しの黒い機体ではあるが、同じ黒でも隠密を目的としたジョインとは異なり、不気味な禍々しい闇を思わせる印象がある。


「奇襲用と言うより夜間強襲用ってとこかな。どっちにしても、グランブールじゃ《グラップル・フォーム》を装備しても手に負えないかもしれないな」


 そう呟くシンゴの声には驚きを通り越して、いっそ呆れたと言うような響きがある。

 サポート用人工知能も、耳に仕込んだマイクロイヤフォン越しに彼の意見に同意する。


『肯定します。あの敵性オブジェクトから計測された出力に対し、ME‐02での制圧はほぼ不可能です』


 しかもパワーだけでは無い。

 巨体にもかかわらず、先刻に見せたその一連の素早い動作は、ぎこちないところのあるBMRのロボット的な動きとは雲泥の差である。

 それは魔力を帯びているとおぼしき長大な剣を油断無く構える、残り四機の《グロム》についても同様であった。

 人間を模した巨大な魔導兵器である魔装機甲兵は、人間がそうであるように陸戦こそが主戦場とも言える。

 その意味で、陸戦型こそが、魔装機甲兵が持つ本来のアドバンテージを発揮する機体なのだろう。

 以前にシンゴが生身で戦いを挑んだサラマンダー級も、同様な陸戦型の範疇にはあったが、火力魔法兵装を主体とした後方支援機であった事が撃退できた要因の一つであろうか。

 だが、前線での正面戦闘を前提に造られた魔装機甲兵であるノーム級に対しては、生身ミッションを挑む気にはなれない。

 少なくとも、あの時と同等な装備では自殺行為以外のなにものでもないだろう。

 ましてや、今のシンゴはパイロットスーツすら装備していないのだ。

 そのシンゴの背後から、カーラが命令を放つ声が聞こえる。


「ザミーンのノーム級に力押しで挑んでも被害が増すばかりだ。《ヴェーチェル》を出せ。あたしも出る」


 振り向くと、天幕を出てきたカーラがそれまで羽織っていたローブを脱ぎながら、兵士達に指示を出す姿があった。

 それに応えて、《グロム》よりは細身の魔装機甲兵が引き出される。

 やはり、ブリンガルデ級をベースとした《ヴェーチェル》と呼称される遊撃用の機体で、パワーや頑丈さは《グロム》より劣るが、ローセンダールの《飛翼脚タラリア》などとは比較にならない速さや軽快な動きを身上とした魔装機甲兵だ。

 《ヴェーチェル》が速さで翻弄し《グロム》が力で圧倒すると言う構成が、セレの魔装機甲兵運用におけるお家芸とも言うべき戦法である。

 その《ヴェーチェル》が次々に活性化し、女騎士達が搭乗していく。


「それと他国の陣地に連絡しろ。あんな機体を単機で転送するだけで済ますわけが無い。他にも転送するか、あいつと呼応したザミーンの強襲がある筈だ」


 鋭い声で命令するカーラの表情は、女将軍としての威厳と迫力に満ちたものであったが、その首から下を覆う装備は全く別の意味での迫力があった。

 いや「その装備」に対して、覆うと言う表現は不的確であったかもしれない。

 カーラがローブ下に身につけていたのは、ヘレーネと同様の『対価の装備』だった。

 もっとも、ヘレーネの装備よりも、いっそうに回避の為の『対価』が支払われている事が一目瞭然ではあったが。


(は……貼ってるだけだと?)


 シンゴの目が、一瞬、点になった。

 紐の類いは全く無い。

 豊かな胸の先端周りと、引き締まった下腹部のギリギリな部分だけが、魔導の紋様を刻んだ薄い銀箔のようなもので覆われているだけなのだ。

 同様の素材でできていると思われる肘までの手袋と膝上までのブーツを除けば、後は裸と変わらない。


(うん、小麦色の肌にマッチして……いや、いや、それどころじゃない)


 さすがに状況を考えて、邪念(?)を脳裏から追い払うと、シンゴはカーラに話しかけた。


「おれ、ローセンダールの陣地に戻ります」

「うむ」


 金森薫から、戦場におけるセレの女将軍へと、完全にスイッチが切り替わっているらしく、カーラは厳しい表情のままひとつうなずいた。

 自分の格好を気にする気配は微塵も感じられない。


「正直な話、いくらBMRでも、初期型の《グランブール》では、あのノーム級は手強い相手だ。《ファーブネル》にしたところで、この世界の人々には想定外の要素があったから圧勝できた要因が大きい。魔装機甲兵を、この世界ファーラの魔法を、くれぐれも侮らないように」

「おれはいつだって……ゲームの時でも相手を侮った事はありませんよ」


 苦笑まじりにシンゴは言った。

 パロット属性重視と言う、『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』のゲームデザインにおける本道からは、若干ひねくれたとも言うべきスタイルでプレイしているシンゴにとって、対戦相手のほとんどが自分よりもスペックが上の機体だったのだ。

 それなりの戦果を挙げるにはゲームシステムに依らずして、自身の兵装選択やオペレーションに気を配るしかない。

 だからこそ、彼が廃人プレイヤーとなった次第でもあるのだが。


「では、この事態が落ち着いたら、もう少しゆっくりと話を」

「はい」


 この世界に転移した者同士、話し合うべき事はもっとある。

 踵を返し、彼女のために用意されたらしい《ヴェーチェル》へと走り去っていくカーラの後ろ姿をシンゴは見送った。

 つい、その躍動する形の良い尻に、視線を合わせてしまったが、彼のパイロットとしての視力は、カーラのやや筋肉質とも言える背中にある、うっすらとした紋様にも見える「それ」を認識していた。

 おそらく、あれがカーラがこの世界に移転した時に負ったと言う『傷痕』なのだろう。

 知らず、首筋に手をやりながら、足の悪いコントラードがいる筈の天幕に軽く一礼すると、自分の装備……BMRを手にする為に、ノーム級とセレの魔装機甲兵が争う戦場に背を向けて、シンゴは走り出した。



         ◇



「やれやれ。いささか、座標が狂ったようだのう。まぁ、こんなものを着けられては、精密な位置を伝えるのはちと骨だったやもしれん」


 その人物は手首に填められた魔力封じの腕輪をしきりに撫でながら呟いた。

 肉眼ではまったくわからないが、その腕輪には微細な亀裂が無数に入っており、その魔力を封じ込めると言う機能は一部無効化されている。

 港町ケメルで、シンゴ達が寝所にしていた邸宅の一室に軟禁されている筈の、分析官と呼ばれたザミーンの魔導士だった。

 それが、漁村アナムルの近くにある、小高い丘から東大陸連合軍の陣地を見下ろしている。

 傍らには傭兵の格好をした一人の男が立っており、その胸には第二軍のひとつ、つまり、ローセンダールと同盟を結ぶビガの紋章がある。


「さすがに、そいつを外すのは無理だったんでね。お前さんをここまで連れ出すのが精一杯さ」

「ふん。南方軍直属の諜報機関……『闇の眼』の高名は聞いておる。身分照会が簡単なローセンダールの兵士では無く、同盟者にして傭兵団たるビガになり済ますなんぞは見事だったかもしれん。だが、買い被っておったかのう。こんなものは、それなりの魔導器があれば、解除は簡単だろうに」

「おいおい。そいつはローセンダールの特製だぜ。あそこは本物の魔法使いを抱える、しかも、魔導体系がちと独自のお国柄だ。封印解除の魔導器はおいそれとは入手できねぇよ。こんなこたぁ、魔導士のあんたの方が詳しいだろう。まぁ、そうやって、自力で気長に壊すこったな」


 傭兵姿の男……ザミーン南方軍の間諜は分析官が毒づくのを気にした様子無く、ヘラヘラとした口調で言った。

 分析官は不服げに口元を歪めた。

 その一方で、腕輪を撫でる手は一向に止める気配が無い。

 封じられながらも放つ事ができる、精一杯の微弱な魔力で封印を解除しようとしているのだ。

 それは小さな茶匙で頑丈な城壁に穴を穿つに等しい行為であったが、まさに涓滴岩を穿つの例え通りに、一部の封印を解除する事に成功してはいるようだった。


「まぁ、おかげで他所から魔導士を誘拐ちょうたつする手間が省けて、こちらとしては大助かりだ。口封じする必要もないから無用な殺生もやらんですむしな」

「何を人道主義者みたいな事を言っておる。そもそもがテレーゼ皇女を……」

「おっと、そこから先は口にするなよ。そういう約定だろ? 俺たちと違って、約定ってやつはお前さん達、魔導士には命に関わるそうじゃないか」

「ふむ。まぁ、そうじゃな」


 分析官はあっさりとうなずいた。

 彼はザミーン帝国に服従してはいても、侍女や武官のようにテレーゼ本人に忠誠を誓っているわけではない。


「こちらとしても、こうやって只人どもの争いを特等席で見物するのも……ん? なんじゃと!」


 それまで、皇女暗殺を口にしかけてすらも、どちらかというと暢気とすら言えた分析官の口調に緊張の響きが混じる。


「どうした?」


 間諜の男もそれに気づき、分析官に問いを発した。


「転移させた魔装機甲兵。あれは……なんてことじゃ、《ダークノーム》ではないか」

「ん? ああ、そうらしいな。うちのマクレガー閣下が供与したのは通常のノーム級だったらしいが、例の司令官が、わざわざ手を回したそうだ。夜戦になるからとそれ専用に改修した機体をってな。まぁ、夜戦用って言っても夜目が利いたり、黒く塗ったり程度の改修だから、あんまり意味が無いってんで製造された数は少ないそうだがな」


 戸惑いながら、そう答える間諜の男に、分析官がくってかかる。


「このうつけ者ども。そんな話を鵜呑みにしておったのか。あれが単なる夜戦を目的としたシロモノであるものか。《ダークノーム》の名は、文字通りに闇魔法に特化したがゆえじゃ。言わば、あれは欠陥機なんじゃぞ」


 闇魔法は、地水風火に属する一般的な魔法と系統が異なり、制御が難しいとされ、禁断魔法に分類されている扱いの魔法だった。

 一般には、人間は誰しも心に闇を抱えており、その闇にたやすく呑み込まれやすいから、などと説明されている。

 それは一面の事実ではあったが、それだけではなかった。


「魔法とは、即ち、文字通りに魔を法に従え操る技術。だが、闇系統のそれは、法より魔が勝る故をもって禁断とされておる。それを魔導機関で増幅してみろ。しかも、それを使うのは魔導士としての研鑽も無い、多少の魔力を持つだけの只人じゃぞ。加えて、まだ未完成技術の転移魔法で転移して来たわけか。あの機体の魔導機関が、どんな状況になっているやら見当もつかぬわ」


 シンゴの世界で例えるならば、制御の危うい、不完全な原子炉を搭載しているようなものと言ったところであろうか。

 分析官は、この作戦に《ダークノーム》を供与したと言う、その司令官なる人物を、さすがに声には出さずに心の中で罵った。

 わざわざ手を回したと言う事は、あれがどんな機体であるかを知悉していたとしか考えられない。


「人格破綻者との噂は聞いておったが、この一帯を『禁忌領域』とするほどの無茶な御仁とは思わなんだわ」

「お、おい。あんまり脅かすなよ」


 さすがに間諜の男も表情をひきつらせている。


「心配はいらん。いや、心配するだけ無駄じゃな。制御を失った魔導機関によって増幅された闇魔法がどのようなものになるか、わしら魔導士とて想像もつかぬわい」


 そんな会話をする二人のザミーン帝国人が見下ろすセレの陣地の中。

 数機の《グロム》や《ヴェーチェル》を相手に、たった一機で互角どころか優勢とも言うべき戦いを見せていた黒い魔装機甲兵が、不意に、喉をかきむしるような、あたかも人間が苦悶するような様子を見せた。


「始まったか」


 諦念したような響きを含んだ声で、分析官が低く呟く。

 そして、一部を引き裂かれながらも、セレの陣地を覆っていた防御結界の淡い輝きが、次の瞬間に「闇」に塗りつぶされた。

 それと同時に、この地にあった東大陸連合軍第二軍の全ての魔導兵器、そして魔道具が活性を失ったのである。


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