選択
いきなり、首筋に疼きがはしった。
まるで警告を発するかのようなそれに従ってシンゴが振り向くと、セレの防御結界があったところが闇に覆われていた。
そう、それは、夜よりもなお深い闇だった。
(ブラックホール!?)
不意に、そんな単語がシンゴの脳裏に浮かぶ。
その直感は正しかったのかもしれない。
その闇を中心に、各国が張り巡らした防御結界の淡い輝きや、魔道具による照明が次々に消えていく。
歩哨のように立っていた各陣地の魔装機甲兵が力を失ったかのように次々に倒れていき、狼狽の声や悲鳴があがる。
何事が起こっているのか、シンゴにはわからない。
だが、容易ならぬ、それも魔導に関わるとてつもない事態が発生しているのは確実のようだった。
カーラやコントラードの事が気になったが、事が魔導関連であればシンゴには手の打ちようが無い。
まずは、パイロットスーツへ着替え、BMRに搭乗するのが先決だろう。
ローセンダールはアナムルへの到着が一番遅れた為に、会議場からもっとも遠い位置に陣を張っている。
シンゴは《ガリア・キャリア》を置いてあるそこを目指して、再び疾走を始めると同時にサポート用人工知能に命じた。
「チル、《グランブール》の出撃準備。強化外装の用意もだ」
『ユーザの指示を《グランブール・イン・パワード》の起動準備命令として認識します。ですが、強化外装の起動にはユーザの生体認証を必要とします』
「ああ、そうだったな」
シンゴは、指紋、声紋、虹彩識別のいずれかが必要であった事を思い出し、疾走しながら舌打ちした。
「しょうがない。まずは《グランブール》の起動準備だ。強化外装の起動シークエンスは後回しにする」
強化外装とは、オプション装備における最上位の一つで、他のゲームやアニメなどで「フル・アーマー」などとも呼ばれる装備に対する『ウォー・アンド・ビルド・オンライン』での呼称だ。
完全に機体を覆い、装着時にシルエットの異なる別ものの機体になるタイプや、中には人型ロボットとは言えないデザインになるタイプもある。
後者については、高名なG系列で言えば、テレビ版ファーストな白い悪魔の、完全装備すると重戦闘爆撃機になる強化武装なアーマーとか、スターダストな作品における洋蘭の名を持つ巨大機動兵器もこの範疇に入るだろうか。
購入価格も極めて高く、シンゴの所有する機体では、《グランブール》と海戦型BMRのみが、この装備を持っている。
ちなみに、《ガリア》のグレート・ストレージは武装としての要素が皆無に近い為、厳密にはこのカテゴリーからは外れるが、大きな括りで言えば同じ部類に入るだろうか。
そして、価格と並ぶ強化外装の特徴は、一機種のBMRにつき、一種類しか無い事だ。
シンゴがもっとも多用する《グランブール》用の強化外装は陸戦専用で、それ以外のステージでは使用できない。
逆に言えば、この強化外装があるゆえに、陸戦型BMRについては、戦闘向きとは言えない《ガリア》一機だけで済ませていると言うところはある。
ともあれ、あの黒い機体――陸戦型のノーム級に対抗する為にも、強化外装は必要となるはずだった。
◇
シンゴが辿り着いた時、ローセンダールの陣地も慌ただしい状況だった。
いや、これはむしろ混乱していると言った方が正しい様相だったかもしれない。
「《城塔》及び《城塞》が活性を停止しました」
「魔導車を始めとする各種魔導器、魔道具も同様です」
「防御結界、完全に無効化しました」
次々に兵士達からの報告を受けたバウフマンが、たまりかねたように黒髪の宮廷魔導士に尋ねている。
「ソニア、これはどういう事? 《空魔》か《海魔》でも接近したとでも言うの。そんな予兆は無かった筈よ」
「これは《空魔》や《海魔》の魔導圏に魔力の発動を押さえられているとか、そういうものではありません。そう、なんと言えば良いか……発動した魔力がどこかに奪われていると言った感じです」
そう答えるソニアの顔色が悪い。
「闇魔法の系統に、そのようなものがあると聞いております」
優れた魔導士であるがゆえに受ける影響も大きいらしく、ソニアの美しい顔には満面の汗が浮かび、見る見る血の気が引いていく。
「私自身の魔力も……」
その言葉と共に、ついに限界を迎えたのか、力尽きた様子で宮廷魔導士がくずおれる。
傍らにいた女戦士が、彼女を咄嗟に抱きかかえた。
「おい、ソニア。しっかりしろ」
「逃げなくては……ここから……早く……」
悲鳴にも似たヘレーネの叫びと、ソニアの苦しそうな声を聞きながら、日頃は貴婦人然としたバウフマンも焦りの表情を隠せないようだった。
それを見たシンゴの脳裏に、セレの陣地を覆った「闇」が思い浮かぶ。
あの「闇」はシンゴが直感した通り、まさに魔導的なブラックホールなのだろうか。
シンゴは、帰陣の挨拶もそこそこに、バウフマン達に言った。
「セレの陣地で俺が見たのは、その闇系統の魔法とやらの発動かもしれない」
「シンゴ殿、何があったのです?」
「えーと……ブラックホールみたいな……」
この世界の人々との前提となる概念や語彙の著しい差異が災いして、このような局面でうまく説明できない。
とりあえず、自分と同じ世界から来たカーラの件は省略して、シンゴはこれだけを説明した。
「ザミーンの魔装機甲兵がセレの陣地に転移して来た。多分、この状況はそいつが原因だと思う」
「なんですって……」
バウフマンは一瞬息をのんだようだったが、すぐさま平静な表情に戻ると、ヘレーネに命じた。
「とりあえず、原因がセレの陣地にあるとすれば、ソニアをもっと離した方が良いかもしれないわね。あなたは彼女を連れて、アナムルを離れなさい」
「ちょうどいい。これからケメルへ連絡を出すところだ。その馬車にお前らも乗っていけ」
そう口を挟んで来たのは、ヴァルマーだった。
早々に魔導兵器に見切りをつけたらしく、先ほどから彼の指示に基づき、指揮官級の騎士が兵士達の中を駆け回っている。
「大型弩砲を台車に据え付けろ。取り回しの為に馬を繋げ」
「物見の塔を立てろ。眼の良いやつ、夜目の利くやつを選んで、そこで警戒させるんだ。そいつらに遠眼鏡を支給するのを忘れるな」
「クレベナとクルクハンの陣地に伝令を出したか? ついでに、沖に停泊している筈の連中の艦隊とも連絡を取るんだ。この現象が海域のどこまで及んでいるか計測を依頼……なに? 通信の魔道具が使えない? だから、高所からの発光信号でやれって言っている」
「急げ、いつ敵襲があるかわからん」
そんな様子を見やりながら、青年将軍は言う。
「ケメルの船渠から、うちの艦を至急に出撃させる」
「フラン号を? 確かに、もう修理は済んでいる筈ですが」
バウフマンが眉をひそめる。
二人の将軍が話しているのは、先の戦闘で破損したローセンダールが保有する戦艦だった。
むろん、内陸部に領土を持つローセンダールにそうそう戦艦を建造する技術があるわけも無く、クルクハンに特注した唯一と言って良い海軍戦力である。
「ザミーンが転移魔法で魔装機甲兵を送り込んで来たんだ。呼応した戦力がやってくるはずだ」
セレの女将軍カーラと同様の予測をヴァルマーも述べ、その正しさをバウフマンも認めたようだった。
さほど時を置かず、ヴァルマーの命令書を持ったヘレーネ、及び、ソニアと付き添いの看護兵が乗り込んだ馬車がケメルを目指して出発する。
そんな雰囲気の中、さすがにあてがわれた天幕の中で大人しくしているわけにも行かなかったようで、ラルフ書記官や、テレーゼ皇女とその侍女と侍従もこの場に姿を現した。
「シンゴ殿。セレの陣地にザミーンの魔装機甲兵が転移してきたそうですが」
真っ先に青年書記官が問いかけてきた。
そして、テレーゼ皇女も進み出る。
「私も聞きたい。何が現れた?」
だが、シンゴはそれを押し止めた。
「説明は後だ。まず、パイロットスーツに着替えさせてくれ。この格好じゃ、俺は戦う事ができない」
それを聞いたテレーゼ皇女は軽くうなずき、侍従と侍女を振り返った。
「エマ、クラウス。ティアンスン伯の仰せだ。お前達、伯の戦場衣へのお召し替えをお手伝い申せ」
「え?」
シンゴは状況も忘れて、目を点にした。
もっとも、これはシンゴの言い方に問題があったかもしれない。
この世界で高貴な身分とされている者が「着替えさせてくれ」と言えば、召使いに当人の着替えを命じる言い回しであったからだ。
無論、シンゴは自分で着替えるつもりだったのは言うまでもないが、この場合は「着替えるから待ってくれ」とでも言えば良かったのだろう。
ただ、彼は、現在身につけている近衛騎士服について、着脱に未だ不慣れなところがある。
会議場に行く時に袖口や襟回りをヘレーネと共に手伝い、それと知っている赤毛の侍女が目配せをすると、金髪の侍従も仕方なさげにうなずいた。
そして、二人の娘がシンゴの両脇に回る。
「えー。ええ? ちょっと」
半ば思考停止になっているシンゴを、エマとクラウスが引きずるようにティアンスン伯爵に割り当てられた天幕の中に連れ込んだ。
「わっ、やめろ。一人で脱げる……こら、どこを触って……くっ、この、いい加減にしろって……」
「痛い」
「あ、すまない……」
「貴様、エマに何てことを!」
「いや、そんなつもりじゃ」
「大丈夫です、シンゴ様。さぁ、お任せ下さい」
抜群の身体能力を持つシンゴだが、それだけに若い娘……武人でもあるクラウスはともかく、大人しい侍女のエマにはうかつな抵抗はできかねたようであった。
ちなみに、パイロットスーツと近衛騎士服では、何から何まで、全て着替えなければならない。
パイロットスーツ用アンダーウェアは各種インターフェースを持つ装備の一部であるわけで、通常の衣服を着用する場合の下着とは全く範疇の異なるものだ。
そして、侍女と侍従にとって、そういった貴人の「何から何までのお召し替え」は、実に手慣れたものだった。
元々、この世界の貴人向けの服は、召使いが着せたり、脱がせたりする事を前提に造られている事もある。
「待て、待ってくれ……だから、一人でできるって。え? 何で、そんなに簡単に……って、ちょ、それは……お願い、その一枚だけは……それだけは……やめてくれぇぇ」
最後の何かを奪われらしい、彼の悲痛な叫びが天幕から聞こえてきた。
「まぁ」
「ほほう」
同時に、微かにではあるが、二人の娘が各々の個性に準じた感想の念を表現する声も聞こえてきたようだった。
「どうも、意思の疎通に齟齬があったかもしれんな」
シンゴの悲鳴を耳にしたテレーゼ皇女は、軽く肩をすくめたようだった。
「まぁ、そもそも男たるもの、何を見られようが大した話ではあるまい。だいたい、今はそんな事を気にしている場合ではあるまいが」
それを聞いた青年書記官は、理屈としては概ねテレーゼに同意したものの、感情としては何となくシンゴに同情したくなった。
さて、騎士服を脱ぐ方はともかくとして、パイロットスーツ一式の装着は、人工知能チルがいれば半自動で済む話である。
そんなわけで、憔悴した表情のシンゴと妙にすました表情の二人の娘が出てくるまでには、それからさほどの時間もかからなかった。
シンゴは「この状況が落ち着いたら、お前ら三人とも覚えてろ」と呟いたようだが、何かを忘れるように頭をひとつ振ると、表情を引き締めた。
そして、先ほどの説明を繰り返した。
「えっとだな。セレの陣地にザミーンの陸戦型……ノーム級とか言うのが転移してきた」
それを聞いて、訝しげな表情を造ったのはテレーゼ皇女と侍従のクラウスである。
「まさか、《ノーム》だと?」
「あんな重機動型を転移? 今の段階では、ノーム級を対象とするには不完全な技術です。少なくとも、機体を戻す事は不可能でしょうに」
「それもあるが、後方攪乱の捨て石だとしても、あまり適切な選択とは言えんな。あれは近接戦闘はともかく、遠隔攻撃の装備が無い」
「かと言って、魔装機甲兵用の転移魔法は、まだ連続して使える技術でも無い筈では?」
「うむ、送り込めるのは単機だけとなる。かなり局所的な効果しか望めぬな」
その会話を聞いて、シンゴは呆れたような声をだした。
「自分の国の機体が転移して来たってのに――なんだか他人事だなあ」
そんな彼に、氷姫は冷ややかに応じた。
「何度も言うが、現在の私は、本国に戻ったところで処刑されるやも知れぬ身だ。それに、この地域の前線は、四番目の兄上の管轄であった筈だ。私がここにいると知ったところで、マクレガー兄上の考える事は救出では無く抹殺だろうな」
「え? だって、兄妹なんだろ?」
シンゴは思わず眼を剥いた。
テレーゼはそんなシンゴに、美しい唇の片端をつり上げて見せた。
それは皮肉げな笑みに見えなくも無かった。
「市井の者どもは、同じ親から生まれれば助け合う事もあるようだな。だが、我らザミーン皇族にとっての血を分けた相手とは、帝位を阻む障害にしか過ぎぬ」
ザミーン帝国に唯一の玉座を占める皇帝や女帝はいても、その対等な配偶者たる皇妃や皇配は存在しない。
女帝の場合は、魔導技術により全く同じ因子をもった男子を出産させ、その男子が自動的に次の皇帝となる。
これ以外の子を産む事を禁じられているわけではないが、そうした子供には継承権は与えられない。
そして、皇帝……男が帝位にある場合は、複数の妃に子を産ませ、帝位継承は子供同士の血塗られた熾烈な争いによってなされる。
その最後の勝者にこそ次の玉座が与えられるのだ。
「いずれにせよ、女帝の場合は孫同士、皇帝の場合は子供同士の争いを見る事になるな」
テレーゼが淡々と語った話は、シンゴにとって、いや、シンゴ以外のローセンダールの人々にとっても、少なからぬ衝撃だったようだ。
現代日本社会においても、骨肉の争いが殺人にまで発展するケースはある。
この異世界でなくとも、王位継承におけるそれが、下手をすると内乱や戦争までスケールアップする事は、歴史上珍しい話でも無い。
「だが、結果としてそうなったと言うのならともかく、最初から殺し合いをさせる前提で、幾人もの子をなすと言うのは凄まじい話だな」
ヴァルマーもさすがに鼻白んだ様子で呟いた。
「ザミーン皇族内部における暗黙の了解と言ったところだ。予め仕組まれている争いゆえ、大規模な内戦にまで至る事は無い。帝国の臣民にとっては、ありがたい事ではないかな。まぁ、国家の体面と言うものもあるので、高らかに喧伝するわけには行かぬし、さすがにあからさまな殺し合いをするわけにも行かぬ。それに一番目の姉上のように臣籍に降嫁するなど、帝位継承から外れる道もある。だが、そうではない継承者同士にとって、大義名分や絶好の機会があれば話は別だ。それを見逃すようなお人好しは――」
そこまで言うと、テレーゼは軽く首を振った。
「まぁ、それはともかく。今の私の場合は……ふむ、救出を検討したが、少なからぬ帝国側の犠牲が見積られる、と言うところか」
この時、氷姫の侍女と侍従が密かに視線を交差させたようだった。
テレーゼ自身、同様の理由で二番目の兄を手にかけたとされている。
ただ、これはザミーン帝国内でこそ有名な話であり、帝国軍における彼女の猛将としての地位や冷酷さの評価を不動のものにした逸話でもあるのだが、東大陸の人々には、そこまで流布されてはいないようだった。
むろん、この場でわざわざ口にするような事でも無いし、じつのところは少し異なるのだが、どちらにせよ、テレーゼも腹心も、その件は沈黙を守ったままであった。
「マクレガー兄上ならば、処刑されるやも知れぬ、などと言う確定しない未来よりは、現時点での確実な排除を考える筈だ」
ともあれ、少なくとも、今のテレーゼにとって、自国の軍が、そのまま味方を意味するものでは無い事だけは、確かなようだった。
もっとも、兄弟同士でのお菓子やゲームなどをめぐる、言わば資源争いを経験した事の無い、一人っ子のシンゴには、全く腑に落ちないところではあった。
「ともかく、ただ、ノーム級を送り込んだと言う話でもあるまい。タイミングを合わせてのザミーン軍の襲撃は充分にあり得るな」
「そうですね。マクレガー様なら、そうするでしょう」
武官でもあり、各方面軍の司令に関して知識のあるクラウスもうなずき、同意を示したが、テレーゼ皇女はここで少し小首を傾げた。
「だが、マクレガー兄上にしては、少しタイミングが甘くは無いか? 本来であれば、とっくに呼応する襲撃があってもおかしくは無い筈だが」
◇
その頃、アナムルの遙か沖、海中を進む巨大な何かがいた。
それも一つでは無い。
秩序を持った群れとでも言うべき存在だった。
「前方海面に艦艇群を感知」
「クレベナ旗艦ミレーユ号を確認。クレベナの艦隊です」
「当該艦艇群より、二〇ククト西方に、もう一つの艦艇群を感知」
「そちらにはクルクハンの重巡洋艦ドナ号と思しき艦影があります。おそらくはクルクハン黒色艦隊でしょう」
「それ以外にもクレベナ、クルクハン海軍の名だたるお嬢さんがたがいらっしゃるようです」
艦船を女性になぞらえて命名するのは東大陸での習慣だ。
それらの報告が次々に上がってくるのを聞きながら、ザミーン帝国「北方軍」所属の第三潜水中隊を率いる指揮官は、人差し指で顎を掻いて呟いた。
「ちぃとばかり遅れたか」
指揮官の視線は、時刻を示す魔導器に向けられている。
それを耳にして、彼の部下達が口々に声をかける。
「まぁ、実験を兼ねた初陣ですぜ」
「初めての機体で迷子にならなかっただけ、良しとしましょうや」
第三潜水中隊は《ケト》と呼称される、先行試作量産機で構成された高速機動部隊である。
ザミーン各方面軍の、海戦における主力機たるウンディーネ級をベースとして、水中での活動に最適化するために大胆な改修を施した《ケト》は、通常の魔装機甲兵とは全く異なる範疇の魔導兵器だ。
その一つ目の特徴は、鎧をつけた鮫とも魚竜ともつかない、その独特な形状だろう。
通常の魔装機甲兵のように人型をしていない事や、非常に特殊な機能を持つ機体である為、操者には専用に訓練された人員が当てられている。
《ケト》の二つ目の特徴としては、魔導兵装の類いが一切無い点が挙げられるだろう。
武装は機体の先端に取り付けられた巨大な衝角のみである。
つまり、攻撃においては、この衝角を用いた体当たりで艦船を撃破する事になる。
一種の特攻用の機体とも見えるが、じつは、この機体に搭乗者は存在しない。
この《ケト》と言う水中用の機体における三つ目の、そして最大の特徴は、遠隔操作による無人機である点だ。
第三潜水中隊は二〇機の《ケト》と、操者が実際に搭乗する特殊艦で構成される、ある意味ローセンダールの《城塞》と同様なシステムを持つ実験部隊でもあった。
《ケト》の群れが進む海域より遙かに離れた位置で、ザミーン海軍の旗を掲げて遊弋する一隻の船がその母艦でもある特殊艦である。
手足を引っ込めた亀のような形状をした特殊艦《ザハーグ》の、言わば甲羅のような部分に設えられた大きな空間に《ケト》の操者達の座席が並んでいる。
ここが、言うなれば無人機である《ケト》の指揮管制の施設にあたり、そして、その一段高い位置に席を占めているのが、《ザハーグ》の艦長を兼務する第三潜水中隊の指揮官だった。
戦場であり、これから戦闘開始だと言うのに、《ケト》の操者達はどこか暢気な雰囲気がある。
それは自身を後方の安全圏に置く気安さから来ているのかも知れない。
指揮官も同様な気分であったようだが、さすがにまずいと考えたらしい。
喝を入れるように、おもむろに胴間声を張り上げた。
「よし、野郎ども」
正規軍の指揮官としては、その物言いは騎士とほど遠い、品の無いものであったかもしれない。
だが、騎士とは騎馬を駆る将兵であって、つまりは陸軍だ。
対して、海での戦いは船乗りが主役であり、いわゆる板一枚下は地獄と言う荒っぽい環境で培われたそれは、上品さや優雅さとはほど遠いものがある。
そんな経緯もあって、この世界においては、どこの国家であれ、海軍所属の将兵は、騎士を主力とする陸軍や、魔導兵器の発達と共に創設されるようになった空軍とも異なる、独自の気風や流儀を持っている。
いわゆる騎士道とは無縁の振る舞いになりがちであって、端的に言えば、正規軍であろうが傭兵や海賊であろうが、品の無さや荒っぽさは同列と言った話になる。
その伝統に則り、指揮官は命令を下した。
「お祭りの始まりだ。海上ですましているお嬢さんがたの下っ腹を、てめえらのイチモツでぶち抜いてやれ」
「アイアイサー」
重武装の艦艇と言えども、喫水線下への攻撃は最大の弱点である。
その弱点へ向けて、二〇機の《ケト》級が一斉に襲いかかった。
◇
ジャッキアップされた《グランブール》に乗り込もうとしたシンゴの耳に、凄まじい轟音が聞こえてきた。
「な、何だ?」
シンゴは即座にコクピットに座り、ハッチを閉じた。
パイロットスーツの各種ケーブル接続を省略して緊急起動させると《グランブール》のメインセンサー、つまり、顔を轟音が聞こえた方角に向けた。
夜の洋上の遙かな沖合で凄まじい閃光が炸裂しているのが見える。
これは、《ケト》の一機が船底を突き破った時、勢い余って動力炉である魔導機関にまで突入した為、活性化した魔導機関同士が起こした激烈な反応による爆発だった。
「ちっ、やっぱり、こっちの艦船から先に始末にかかったか」
《グランブール》の音響センサーが、ヴァルマーの舌打ちを拾ってくる。
「まずいな。会議の慣習で、警戒用の一部以外は武器や動力を封印している筈だ。本来なら、こちらの陣地から封印解除するところだが、それに必要な魔導器が使えないとなれば一方的にやられるままだ。第二軍の艦隊はまともに戦わずして全滅だぞ」
「そうなれば、ザミーンの侵攻を全て文字通りの水際で受け止める事になります。強襲揚陸艦の接近を許せば、ノーム級以下の陸戦機の上陸を防ぐ事は難しいでしょう」
バウフマンも悩ましげに額に手を当てている。
「ん~」
シンゴは低く唸った。
セレの陣地――カーラ達も気になるところであるが、友軍の海上戦力が喪失するのも痛手である。
どちらを先にするべきか。
「え? あれは?」
その時、クラウスが不審そうな声を上げた。
「どうした。何か見えたか」
テレーゼが問うと、侍従は即座に首肯した。
「はい、姫様。洋上に一瞬飛び出した機影。あれは、開発中と噂のあった《ケト》に間違いありません」
(うそ? 見えるの?)
シンゴは呆気に取られて、センサーの一つが映すクラウスを見た。
そして慌てたように《グランブール》のメインセンサーを閃光のあった方面に向けて最大望遠にした。
確かに沈没する艦艇に混じって、何か別のものが洋上に姿を現す事がある。
しかし、その形状までは識別できない。
『これ以上の光学解像には、狙撃用オプション装備が必要と判断します』
チルの言葉を聞いて、シンゴは改めて思った。
(さすが、異世界。とんでもない視力を持つやつがいやがる)
シンゴの世界では、例えばアフリカの狩猟民族には視力4、つまり、一キロ先の直径七センチほどの物体を見分けられる人々がいるわけだが、クラウスはそれを遙かに凌駕する視力の持ち主のようだ。
「ほう、《ケト》か。たしか、水中用の無人機だったな。北方で実験配備される予定と聞いていたが、こちらにも回ってきたか」
テレーゼが、感心するとも何とも言えぬ口調で言うのを聞いて、シンゴは心を決めた。
「よし、まずはクレベナ・クルクハン連合艦隊の救援を目標とする」
やはり、このまま第二軍の艦隊が壊滅するのを、指をくわえて見ているわけにはいかないだろう。
何よりも無人機が相手ならば、逡巡する事も無い。
セレの陣地も気にならないでは無いが、そちらに関しては情報が少なすぎる。
宮廷魔導士が不在となった状況では、原因究明と対策には手も足も出ないといったところである。
他にも魔導士と呼ばれる人々はいるが、今日の彼らは単なる魔導技術者に過ぎない。
それに、ヘレーネ達の馬車とはすれ違いになったようなタイミングでケメルからの早馬が到着し、フランチェスカ王女が近衛騎士団長を伴って、こちらに向かっているとの連絡が入った事もある。
早馬の連絡によれば、この唐突とも言えるフランチェスカ王女の来訪には、いくつかの事情があったようだ。
まず、《ファーブネル》召喚不可に伴う交渉シナリオの変更については、既に本国に連絡済みであるが、それを発端として、首都では、シンゴのお目付役たるヘレーネとソニアの責任を問うような議論が飛び出したようなのだ。
この辺りは、モルデ王子を筆頭とする勢力が背後で動いたようでもあった。
ともあれ、この二人を側近とするフランチェスカ王女も黙っているわけにはいかなくなったらしい。
一方、名だたるローセンダールの「白薔薇姫」までが出てくるとなれば、第二軍内部の交渉における有利な材料にはなっても、別段に困る話では無い。
宰相としては、最終的な責任を取らせると言う名分を得て、近衛騎士団長ともどもフランチェスカ王女を送り出したわけである。
さすがに、この辺りの政治的手腕は、モルデ王子よりも一枚上手と言うべきだろう。
近衛騎士団が有する魔導車が、首都からの道のりを速度全開で疾走し、王女一行は既にケメルに到着しているとの事だ。
そこから足の速い馬車を仕立てて、あと数時間でアナムルに到着予定と言う。
何にせよ、セレの陣地を覆い、アナムルの一帯で魔導を不活性化させた「あれ」は、闇属性なる禁断魔法の何かであるらしい。
シンゴにも打開策があるわけでも無く、何よりも王女来訪の知らせを聞いた途端に、首の疼きがやわらいだ事もあって、優先度を変更したという次第だ。
「チル。《グランブール》用の強化外装は起動解除。ミッションと武装を変更する」
『了解しました。ミッション開始の申請は保留となっていましたので、ペナルティ無しと判断します』
ペナルティを受けていたら、何がどうなったのか興味があったが、その質問は後回しにする事にした。
(てか、ミッションをコンプリートしてもペナルティくらってねぇか、俺? 刺されたり、叩かれたり、投獄されたり、ボコられたり。まぁ、眼の保養てか、眼の毒なあれこれやら、ぱふぱふな思いをしたりとかもあったけどさ)
今更ながらにそんな思惟がシンゴの脳裏に浮かぶ。
とりあえず、それも深く考えるのは後回しにして、先ほど《グランブール》のセンサ-が取得した情報を眺めながら、シンゴは次の命令を口にした。
「確認された水中用の機体を殲滅する。該当装備選択準備」
『了解。水中に潜む敵性オブジェクト殲滅のミッション開始として認識します。現在選択可能な武装は汎用型ME‐02への水中用オプション装備、海戦型SV‐06B……』
選択肢を列挙するチルを遮って、シンゴは言った。
「ME‐02《グランブール》への空戦装備を選択。武装は四式とする」




