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アンテイムド・モンキーズ  作者: jonathan
北の国『カイド』
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ラッキースケベの切り抜け方

 騎士団の訓練場は広大なグラウンドといくつかの建物で構成されている。建物は騎士達の宿舎や格技場など様々だ。

 ソフィア達騎士志望者はグラウンドの中央に整列して待機しており、それを発見した雄介はその中からソフィアを探す。


「ざっと三百人はいるぞ。あの中にいるのか……ゴンちゃん、少し高度を上げてくれ」

「あいよ」


 上から見下ろしてソフィアのことを探し出した雄介。しばらくキョロキョロと見回していると、試験官らしき一人の騎士が志望者達の前に設置してある台に上り、話を始めた。

 身長190センチ近い大男だが、どこか知的さも感じられる。短く逆立った青い髪が特徴的であり、イケメンだ。


「私は試験監督のライアン・トンプソン。遅れてすまない。何やら侵入者が入ったらしくてな。現在行方を追っているところだが、諸君らは気にせず試験に集中してくれ」


 一瞬ギクリとした雄介だったが、見覚えのある金髪を発見しそちらに意識を奪われる。


「いた、あそこだ。うわ……周りの志望者と比べると頭一つ分以上小さいな」


 どうりで見つけにくいはずだと思っているとライアンから試験内容の説明が始まった。


「それでは試験の内容を説明する。試験は全部で四つ。一つ目は剣技、二つ目は馬術、三つ目は筆記、四つ目は軽い実戦を行う。なお、合否は試験毎に発表し、不合格者にはただちに立ち去ってもらう」


 雄介は試験内容そっちのけで、それにしてもイケメンだ、爆破してやろうか、などと物騒なことを考えていた。ライアンは言葉を続ける。


「早速だが一つ目の試験を開始する。今からここにいる試験官達と木剣で五分間模擬戦を行ってもらう。呼ばれた者から前へ出よ」


 どうやら順番は五十音順らしい。ソフィアは割と早めに名前を呼ばれ、前へ出て木剣を手にした。


「ソフィア・スチュアート。お前はこの試験官と模擬戦を行ってもらう」

「はい! よろしくお願いします!」


 とうとう模擬戦が始まるようだ。ソフィアの相手は中肉中背の男の試験官であまり強そうには見えなかった。


「さて……ソフィアはどうかな……相手は大して強くはなさそうだけど……」


 見た目では判断できない。先程騎士と追いかけっこをした雄介は彼らの実力を知っている分、ソフィアのことを心配そうに見つめた。


「それでは……始め!」


 開始の掛け声を皮切りに打ち合いが始まった。ソフィアもなかなかの実力だったらしく、なかなか見応えのある試合が続く。


「おー、なかなかやるじゃんソフィア」

「うむ、騎士希望は伊達じゃないということじゃの」

「これなら大丈夫かな」


 それからしばらくして一つ目の試験が終了し、合格者の発表が行われた。雄介の予想通りソフィアは無事合格していた。

 人数はかなり絞り込まれていて、最初三百人以上いた志望者達はいきなり三分の一ほどになっていた。


「それでは次の試験だ! 馬に乗り規定のコースを走ってもらう。制限時間以内に帰って来れた者は合格だ。それでは名前を呼ばれた者は来い」


 グラウンドにポールのような物が何本も立ててある。スラロームして戻って来いということだろう。


「それより気になることがあるんだよ」

「ん? なんじゃ?」

「この世界で馬って呼ばれてるアレさ……なんであんな色合いなんだよ……」


 この世界の馬は地球上に存在する馬と非常によく似ていた。だが毛の色がピンクだったり黄色だったりと奇抜な色ばかりだった。見ているだけで目がチカチカしそうだ。


 ちなみにこの試験もソフィアは危なげなく通過。合格者はさらに半分に減った。そのまま合格者達は室内に入り、筆記試験へと移る。

 

「……んーつまらん! 見所があんまり無いな」

「それだけ順調にいってるってことじゃろ?」


 雄介は完全に飽きていた。騎士にそこまで学力を求めるとも思えないし、どうせこの筆記試験も最低限の常識を計る程度の物だろう。なにかハプニングでも起こらないかとチラリとソフィアの方を見る。


(おんやぁ?)


 雄介は目を疑った。筆記試験は一時間、もう三十分ほど経過しているのに答案用紙は白紙だった。


(何やってんだよあいつ……まさか)


 ソフィアに視線を移す。よく見ると尋常じゃなく汗をかいている。体調が優れないのかとも一瞬思えるが、先程までの様子を見るにそれは無いだろう。雄介は確信した。ソフィアは……。


(馬鹿なんだなぁきっと。いるよなぁ体育だけできて他の教科はてんで駄目なやつ)


 雄介はソフィアが異常なほど方向音痴だと発覚したあたりからもしやと思っていたが、案の定だったようだ。


「まずいな……そろそろ何か書き出さねばやばいぞ」


 ゴンザレスも気づいていたようで、小声でそんなことを言い出す。


「んーしかしこればっかりはなぁ」


 ソフィアが雄介達の存在を知っていればこっそりカンニングして答えを教えることが可能だったかもしれないが、今の状態でソフィアに接触するのは不可能に近い。

 いきなり知り合いが透明人間になって試験中に話しかけてきたら驚くことだろう。騒ぎになってしまう。それに多分ソフィアはそういうのは嫌いそうだ。


「だがまぁ取っておきの手段がある。任せてくれ」

「ほう?」


 雄介はそう言ったが、結局何もしないまま筆記試験は終了した。ソフィアは結局二問答えを書いただけで終わってしまい、よく見ると瞳に涙を浮かべ、震えている。

 問題は二十問近くあった。たとえ二問とも正解でも不合格は確実だろう。


 しかしこの男は不可能を可能にする。


 筆記試験は問題用紙を配り、志望者達に問題を解かせ、答案を回収する。先程までの試験と違い、これにはそれほど人員は必要無い。

 おまけに予想通り騎士団側も筆記試験にはそれほど力を入れていないため、試験官は三人しかいなかった。ライアンもどこかへ行っている。

 しかも試験官の二人は見回りをするだけで、試験終了と同時にどこかへ行ってしまった。部屋に残されたのは今、答案を回収し終えた一人だけだ。


「それでは採点後、合否の発表を行う。まあ筆記で落ちるやつはそうそういないから、安心して待ってなさい」


 そう言って試験官は部屋を出て、扉を閉める。その瞬間……。


「ぐむっ!?」


 雄介は試験官の男の腹部を思いっきり殴った。作戦としてはこうだ。試験官の男が答案を持って出てきたところを気絶させ、ソフィアの回答に他の志望者の答えを書き写し、そっと戻す。

 

 初めはよく漫画などであるように延髄を手刀で叩いて気絶させようとしたが、あれは意外と危険らしいという話を聞いたことがあり、腹部を強打する方法にした。


(どうだ! 綺麗に決まったぜ!)


 雄介は確かな手応えにガッツポーズをしていると……。


「うっ……オロロロロロロ!」


 試験官の男は盛大にリバースし始めた。


「あれ!? そんな馬鹿な……」

「まあそう上手くはいかんて」


 漫画のようには行くはずもなく、男は腹部を押さえて悶絶している。それでも答案は死守しているところにプロ根性を感じた雄介。


「むん!」

「うが!?あ……あが……」


 それでもこの男には悪いが、モタモタしているわけには行かない。手っ取り早くチョークスリーパーで絞め落としにかかった。

 

 その後、無事に気絶させることに成功した雄介は、先程くすねてきた筆記用具でソフィアの答案に答えを書き写していった。もちろん字体を真似ることも忘れない。あと試験官の男の気道を確保することも忘れてなかった。


「よし……これだけ書けば大丈夫だ。ずらかるか」

「だんだん悪事が板についてきたのぉ」


 あれから試験官が見えない何かに襲われたという騒ぎがまた起こったが、答案も無事だったため侵入者の捜索と合わせてそちらも別の騎士達に任せ、試験官達は採点を行うことに。

 

 そして結果発表の時が訪れた。


「筆記試験……全員合格!」


 それは壇上に上った試験官の言葉だった。ソフィアは信じられないというように目を丸くする。


(そっか! さっき試験官が筆記で落ちるやつなんかいないって言ってた! きっとこの試験は一問でも正解だったら合格なんだ!)


 そんなはずは無いのだが、ソフィアはそう理由付けて納得していた。実におめでたい子だ。


「それでは実戦の試験だが、今日はもう日も暮れかけているので明日に繰り越すこととする。明日、今日と同じ時間に集合せよ。では解散」


 解散の声を聞き、志望者達はパラパラと帰り始める。ソフィアも思わぬ合格に心を弾ませながら訓練場を後にする。すると門から出たところで不意に声をかけられた。


「よっ。どうだった?」

「あっ! ユースケ!」


 ソフィアは雄介の下へ駆け寄る。足取りはかなり軽い。


「僕今のところ全ての試験に受かったよ! 明日実戦試験をクリアできれば騎士になれる!」

「そうか! 良かったじゃねえか! 意外とやるなソフィア!」

「えへへ……っていうかユースケまさかずっと待ってたの?」


 実はずっと見てましたなんて言える筈もない。雄介は冷静を装いごまかした。


「まさか。街をブラブラして、そろそろ終わりそうかなって思ったから戻ってきたんだよ」

「そうなんだ……でも大丈夫なの? 寝てないはずなのに」

「それはお前もだろ。でもそろそろ限界かな。宿屋にでも行こうぜ」

「そうだね!」


 ふわあ、と欠伸をしながら歩き出す雄介とそれについて行くソフィア。二人は街で歩き、適当に見つけた宿屋に入った。

 この宿屋にはレストランも付いており、一旦部屋に行き、シャワーでも浴びてから乾杯をしようという流れになった。


「部屋は僕が取っておくよ。シングルで平気でしょ?」

「なんでだよ? ゴンちゃんはともかく二人で寝たら狭いだろ」


 雄介の言ってることがわからないソフィアは首を傾げる。


「二人? ……誰と誰?」

「俺とお前だろ?」


 ソフィアの疑問に雄介は当たり前、とでも言うように返す。するとソフィアは一瞬キョトンとしていたが、すぐに顔が真っ赤になった。


「な!? なななな……何言ってるんだよ!?」

「落ち着いて!! だってその方が安上がりだろ?」

「そ……そういう問題じゃないよ! とにかく部屋はシングルで二部屋! ゴンちゃんはそっちの部屋で寝てもらうから!」


 そう言って受付の方に走って行ってしまったソフィア。雄介は違和感を感じ、ある考えが頭をよぎった。


(これは……!? これはもしや……)


 雄介が悶々としているとソフィアは鍵を二つ手にして戻ってきた。


「はいこれ。ユースケ達が201号室で、僕が202号室ね」

「おおサンキュ。宿泊料は?」

「大丈夫。気にしないで」

「いや、それはないだろ。ただでさえ昼に金もらってんだから」


 そう言うとソフィアは両手を胸の前で振り、雄介に言う。


「大丈夫だって。ユースケ達がいなかったら僕は試験を受けることさえできなかった。それが今はあと一歩で合格ってところまで来ているんだ。感謝の気持ちだよ」


 ソフィアは可憐な笑みを浮かべる。雄介は思わず見入ってしまったが、それでも強く拒否した。


「駄目だ。ともかく駄目だ。元々はお前の金だが自分達の宿泊料と今日の夕食代は俺の懐から出さないと気が済まない」

「宿泊料はともかく夕食代って? 僕は自分で払うよ?」

「お前の今日の試験の合格祝いと明日の合格祈願を兼ねてるんだ。そこは譲れないね」


 しばらくソフィアは食い下がってきたが、雄介が拒否し続けるとやがて折れた。そしてシャワーを浴び終えたらソフィアが雄介の部屋まで行く、という約束をしてお互い自分の部屋へと向かった。


 ベッドの上へとドンと体を仰向けで投げ出す雄介。ゴンザレスもポケットの中から出てきた。


「やれやれ、退屈じゃったわい。喋れんというのもキツいのぉ」

「まあ今日はいろいろあったし疲れたよなぁ」


 だが雄介の頭は冴えていた。さっき頭をよぎったあれのせいだ。


(さっきの拒否の仕方……男同士だったなら不自然だ。やはりソフィアは女か?)


 体を横に向け、これからの行動について考える。


(いきなり部屋に入って行って着替えを目撃する……部屋に行ったらソフィアがシャワーから急に出てくる……)

 

 体を再び仰向けにし、さらに考える。


(タオルは部屋に備え付けだし、浴室にタオルを持って入るのを忘れたソフィア。俺はそれに気づきタオルを渡すために浴室に入り、キャー! という展開)


「でもなぁ、ありきたり過ぎるし、なにより現実でそんなのやったらほぼ間違いなく嫌われる」

「なにボソボソ呟いとるんじゃ?」


 ゴンザレスを無視し、うーん、と再び悩み始める雄介。すると隣の部屋から可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。


(まさか……)


 そのまさかだ。バタンと勢い良くドアが閉まる音が響き、タッタッタっと足音がこの部屋へと向かってくる。そしてドアが開いた。


「ユ、ユースケ! 虫が! 虫が浴室に!!」


 現れたのは一糸纏わぬ姿のソフィア。雄介とゴンザレスは絶句した。

 服を着ている時のあれはなんだったのだろう。サラシでも巻いていたのか、驚くべきことに出ているところはきちんと出ている。結構デカイ。

 

 (Dはありそうだ、いやもしかすると)

 (これまたありきたりな、こういうパターンでしたか)

 (やばい、この流れ俺殴られる)

 (やっぱり女の子だったんですか、いただきます)

 

 などと一瞬のうちに雄介の頭にはいろいろなことが浮かんでいた。


 そして雄介はパッと閃いた作戦を勢いのまま実行した。


 バスタオルは部屋の隅にある。畳まれて籠の中に入っているそれをすかさず掴み取りソフィアに掛けた。


「バカヤロウ!!」

「!?」


 そしてとりあえず一喝した。ソフィアはなぜ怒鳴られたのかわからず目を点にしている。


「年頃の女がそんな格好で男の部屋に入ってくんじゃねえ!!」

 

 雄介はとりあえず怒ってみた。こうやって怒りをあらわにすることによって上の立場に立てば理不尽な暴力を回避できるだろうという作戦だ。


「え? ……キャー!!!」


 自分の格好に気づいたソフィアは、両手でバスタオルを押さえる。雄介はとりあえずまだ勢いで押すことにした。


「ったく! いいから部屋に戻るぞ! ついて来い! 虫なら俺が退治してやっから」


 そう言ってソフィアの横を通り自分の部屋から出てソフィアの部屋へと向かう。後ろを確認すると、ソフィアも涙目になり、顔を真っ赤にしながらも黙ってついて来ていた。

 ここまで来ればもう殴られることも無さそうだ。雄介は安堵の息を吐く。


 そして雄介は知らない。ソフィアが顔を赤くしているのにはもう一つ理由がある。



(……男らしいなぁ、ユースケは……)



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