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光の姫巫女  作者: 水月華
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act.9




 騎士達が集う訓練場は、庭園を真っ直ぐに突っ切った場所にあった。

 大きな石造りの建物は城からやや離れた静かな場所に建てられており、開け放たれた窓からは絶え間なく甲高い金属音が鳴り響いてくる。

 陽菜は、訓練場へと続く重厚な扉を前に悩んでいた。

 部外者である自分が、興味本位で訓練場へ足を踏み入れてもよいのだろうかと。


「屋外だったらこっそり見てられたんだけど、まさか建物の中にあるなんて……どうしよう。絶対場違いじゃん私。でもせっかく来たのに見ていかないのも惜しいよなあ……」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、目の前に鎮座する建物を見上げる。

 その瞬間、後方から伸びてきた手が陽菜の肩をぽんと叩いた。

 ひっ、と小さく声を上げながら振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。


「お前、こんなところで何をしているんだ?」


 燃えるような赤い短髪に、意志の強さをそのまま表したかのような金色の瞳。

 年齢は陽菜と同じくらいだろうか、どこか少年のような雰囲気を残したその青年は、真っ直ぐに陽菜を見下ろしている。軽装の鎧を身に纏い、腰に剣を下げているところを見ると、彼もまた騎士隊の一員なのかもしれない。


「おい、聞いているのか?」


 反応がない陽菜を訝しく思ったのか、青年は怪訝な表情で再度陽菜に質問を投げかける。

 陽菜は慌てて意識を引き戻し、青年と向き合った。


「ご、ごめんなさい!でも不審者じゃないことは確かなので安心してください!」

「いや、それはいいんだけどよ。それはそうと、お前こんなところに何か用事でもあるのか?ここは訓練場だぞ?まさか入隊希望か?」

「違いますよ!私は騎士になれるほど強くありませんって!ただちょっと、訓練を見てみたいなあって」

「見学!?こんなむさくるしいところ見学して何がおもしろいんだよ!?」


 目を丸くして心底驚いたかのような声を上げる青年に、陽菜は苦笑する。

 見るからに剣とは縁遠い存在が、訓練場に興味を示すこと自体不思議なのかもしれない。

 だが、陽菜にしてみれば異世界の何もかもが新鮮で、騎士の訓練場と聞いて興味を抱かないほうがおかしいのだ。


「おもしろいかどうかは見てみなきゃわかりませんけど……やっぱり、ダメですか?」 

「うーん……そればっかりは俺じゃ判断できねえな。隊長に聞いてみないと」

「隊長さんに?」

「そりゃそうだろ。勝手に判断したら俺がどやされるからな。で、どうする?隊長のとこ行ってみるか?」

「えっ、いいんですか!?」


 騎士隊長の判断を仰ぐとなれば、かなりの大事になってしまうのではないだろうか。

 そんな陽菜の不安を見抜いたのか、青年は明るい笑顔を見せた。


「いいぜ、ついでに連れてってやるよ。隊長だってお前を無下にはしないだろうしな。そうだ、お前名前は?」


 せっかくだから教えてくれ、という青年に、陽菜は素直に名前を教えることにした。

 陽菜が名を名乗ると、青年は「いい名前だな」と嬉しそうに笑う。


「俺はアッシュ。アッシュ・ソルカシェイスだ。よろしくな、陽菜!」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 陽菜が明るく返事をすると、青年――アッシュはどこか照れくさそうに頬を掻いた。


「あー、その、陽菜?」

「はい?」

「さっきから気になってたんだけどさ、その敬語、やめてくんねえかな?俺、(かしこ)まられるの慣れてねえんだよな」

「えっ、でも……いいんですか?」


 レティシアにも畏まらないで欲しいと言われて敬語を止めたけれど、アッシュにも同じことをしてもいいのだろうか。

 そう思ってアッシュの表情を窺うと、彼は困ったように眉尻を下げた。


「おいおい、そんなに難しいことか?何を躊躇ってんのか知らねえけど、俺がいいって言ってんだからいいんだよ!な?」


 そうだろ、と顔を近付けてくるアッシュの言葉には有無を言わせぬ響きがあり、陽菜は若干身を引きながらも首を縦に振るしかない。それを目にしたアッシュは満足そうな表情で顔を離し、陽菜の頭をがしがしと撫でた。動物を撫で回すような雑な撫で方だったけれど、本人に悪気はなさそうだったので、きっとアッシュは真っ直ぐで人懐っこい性格なのだろう、と陽菜は解釈した。


「よーし、それじゃあ決まりだ!あ、もちろん名前も呼び捨てでいいからな。俺も名前で呼ばせてもらうし……って今更か。もちろんお前が嫌なら変えるけど」

「それは全然かまわないんですけど――じゃなかった、かまわないけど。じゃあ、アッシュって呼べばいいの?」

「おう!」


 確認するようにアッシュを見上げると、彼は明るい笑みを零し、陽菜の頭から手を退けた。


「さて、それじゃあ行くか。はぐれるなよ?」

「はぐれたりなんかしないよ!……もしかしたら迷うかもしれないけどさ!」

「ははっ、なんだよそれ!どっちも似たようなもんだろ」

「ひ、一人での話だし!アッシュを見失わなければどうってことないし!」


 和やかなやりとりを交えながらアッシュの後に続いて重い扉をくぐると、まずはその広さに圧倒された。

 訓練場内部はとても簡素なつくりだが天井が高く広々としていて、ここでならば訓練もさぞかし(はかど)るのではなかろうかと、陽菜は感嘆のため息を漏らした。

 そして何よりも目を引くのは、思い思いに剣を振るい、鍛錬に勤しんでいる騎士達の姿。

 剣を合わせる音がひっきりなしに飛び交い、その独特な雰囲気に呑まれそうになる。

 陽菜が呆けたように立ち竦んでいると、それに気付いたアッシュが軽く小突いてきた。陽菜が「ごめん」と小声で謝ると、アッシュは苦笑しつつ「ここで少し待ってろ」と告げ、奥へと進んでいく。言われた通り、陽菜は入口近くの目立たない場所で大人しく待っていることにした。

 それから数分も経たないうちに、アッシュが一人の男性を連れて戻ってくるのが見えた。

 壁に寄り掛かって訓練を眺めていた陽菜は慌てて背中を離し、彼らの到着を待つ。


「君が、アッシュの言っていた子だね?」


 アッシュより先にやってきた男性が優しい口調で陽菜に語りかける。


「見たところ君はあの陛下の客人のようだが……陽菜、でよかったかな?」


 男性の言葉に、陽菜は躊躇うことなく「はい」と頷いた。

 後方でアッシュが「そうなのか!?全然気付かなかったぞ!」と騒いでいるのが聞こえたが、今は聞こえないふりをしておく。


「こちらから訓練の音が聞こえてきたので、つい、気になってしまって。差支えなければ見学させていただいてもよろしいでしょうか?あ、もちろん邪魔にならないよう隅っこで大人しくしてますので!」

「ふむ、そうか。しかし、騎士達は皆抜身の剣を用いて訓練を行っている。ここが決して安全な場所ではないということを理解した上でならば、見学は一向にかまわないよ」

「本当ですか!?」

「ああ。……そうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。私はオーヴィス・リュオルン。騎士隊長を務めている者だ」


 男性――オーヴィスはそう言って濃青色(ダークブルー)の瞳を細めた。

 オーヴィスは陽菜から見てとても背が高く、大柄ながらも引き締まった体躯と相まって、まさに騎士といったような風体だった。無造作な金色の髪は訓練中のためかやや乱れているものの、気にならない程度だ。


(うーん、それにしてもオーヴィスさんもアッシュもかっこいいよなあ。思えば、お世話になっている人みんな美形ばっかりな気がする……かっこいいし、かわいいし。それに比べて自分は……あ、やばい、なんか悲しくなってきた)


 現実に打ちのめされそうになっている陽菜を尻目に、オーヴィスはさらに話を続ける。


「私もアッシュもそろそろ訓練に戻らなければならないのだが、君は平気だろうか?」


 ふと仰ぎ見たオーヴィスの表情からは、陽菜を気にかける様子が見て取れた。

 見学を許可したはいいものの、騎士隊とはまったく無関係な少女を残していくことにやはり不安があったのだろう。陽菜は内心申し訳なく思いながらも、オーヴィスに頷いて見せた。


「はい、大丈夫ですよ。邪魔だけはしないようにこっそりここから眺めてます。お手数おかけして本当にすみません」

「いや、いいんだ。だが、訓練は長引くことも多々ある。休憩に入り次第、様子を見に来ると約束しておこう。その時点で戻りたくなったのであれば、私が責任を持って君を部屋まで送り届ける。それでどうかな?」

「えっ、そんな、そこまでお世話になるわけには……」


 帰り道はわかっているし、陽菜を送り届けることでせっかくの休憩を台無しにしてほしくない。


(いや、きっとオーヴィスさんは好意で言ってくれてるんだろうけどさ!でもそこまで迷惑かけるわけにはいかないんだよね!)


 遠回しにやんわりと断ろうとしている陽菜に気付いていたのだろう。

 オーヴィスは苦笑しつつ、何故か声を落として理由を付け加えてくれた。


「気付いていないのかもしれないが、君が訓練場に入ってきてから隊員達の興味はどうやら君に向いてしまっているようでね」


 この私が気付かないとでも思っているのだろうか、とオーヴィスはちらりと訓練中の騎士達に視線を向けた。陽菜も便乗してオーヴィスの陰からひょいとそちらを見やると、何人かの騎士と目が合い、すぐに逸らされた。どうやら、オーヴィスの言葉は本当らしい。

 陽菜は、なんとも言えない表情でオーヴィスに視線を戻した。


「……もしかして私、目立ってます?」

「……否定はできないな」

「まあ、陽菜の場合仕方ないんじゃないのか?すっげー珍しい容姿だし。それに、訓練場(こんなところ)に足を運ぶ女もそういるもんじゃないからな」


 今まで黙って陽菜とオーヴィスのやりとりを聞いていたアッシュが腕組みをしたままうんうんと頷いているのが見える。陽菜は確かに、と心の中で同意しておいた。


「俺はお前が客人だとは知らなかったけどさ。噂の陛下の客人ってのはどんな人間なのか気になるっていう奴も俺の知る限りけっこういたはずだからな。皆興味津々なのかもな」

「えー……そんなに噂になってるんだ。やだなあ」


 げんなりした様子で息を吐く陽菜の頭を、オーヴィスが慰めるようにくしゃりと撫でた。


「すまないな。しかし、君が我が騎士隊の者達と交流を持ちたいというのなら、私は何も言わないよ。無論、訓練が終了してからとなるが」

「うー……私そんなに知り合いがいないのでお話してみたいのは山々ですけど……お話は次回にしておきます。今日は見学だけで。あまり遅くなると心配されちゃいますし」

「そうだな、それがいいと思うぜ。俺らは逃げないしいつでもまた来るといいさ。隊長、いいですよね?」


 アッシュに同意を求められたオーヴィスは「お前が決めることじゃないだろう」とため息をついたが、やれやれとばかりにゆっくりと頷いた。


「陽菜、君のような若い女性がこの場所を気に入るかはわからないが、君さえよければいつでも来るといい」

「!ありがとうございますっ!」


 無理を承知で見学しに来たというのに、それを快く承諾してくれた上、今後も訓練を見に来てよいとの返事をもらえるなんて思わなかった。

 嬉しさを隠せないまま、陽菜はオーヴィスとアッシュに深々と頭を下げる。

 オーヴィスはそんな陽菜の頭をぽんぽんと優しく叩いてから、アッシュに声をかけて訓練へと戻っていった。その背中を慌てて追いかけながら、アッシュが「またな!」と手を振ってくる。陽菜はくすりと笑いながら、小さく手を振り返した。


 二人の姿が完全に見えなくなると、陽菜はふうと安堵の息を吐いた。


(ここまで大事になるなんて思わなかったけど、せっかく許可してもらったんだし、たっぷり見させてもらおうっと。優しい二人に感謝感謝だね!)


 そんな呑気なことを考えながら、陽菜は目の前の光景に視線を移す。

 本物の騎士が剣を振るう姿はとても新鮮で、陽菜はしばしの間訓練風景を眺め続けていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!


今回はようやく新たな男性キャラが出せました!

主要男性キャラ四人は今後主人公とたくさん絡んでいく予定なのですが、誰とくっつくかはまだまだ未定です。


騎士隊に所属している騎士と、ゼイルやシルヴィアが口にする“騎士”は意味合いが少し違います。ややこしくてすみません。

正式名称や意味などはこれから語られると思います。


ご感想・ご意見などありましたら是非お聞かせくださいませ。

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