第一話 あぁ……やっと会えたわ
「あぁ……やっと会えたわ」
母国から遠く離れた敵国フェルメへと連れてこられた公爵令嬢シャルティは、わが子を抱きしめて涙を流した。
母に似た美貌をたたえる女児は、平和な世なら人生バラ色であっただろう。
しかし、戦利品として後宮に入れられてから九か月後に彼女が産み落としたのは、婚約者だった王太子の血を引く赤子。
敵国の王カウケマールの夜伽をさせられる前に、月のものが止まっていたことで、シャルティには我が子の存在が分かっていた。
だからこそ、ずっと祈り続けていたのだ。
『始祖レオパール様、どうかこの子をお守りください』
彼女の母国では建国の母レオパールは、神様と同等の扱いを受けていた。
神頼みならぬ、始祖頼み。
日々祈りを捧げ、我が子が無事に生まれ落ちることを願い続けてきた。
そして、この日、やっと我が子と対面したシャルティは、流れ落ちる涙を止めることことが出来なかった。
このプックリとした頬が愛らしい赤子は、残念ながら生まれ落ちたと同時に命の危険と背中合わせの人生を送らねばならないことが確定してしまっている。
この国の王であるカウケマールは、勝敗の決した戦の後で、余興の様に赤子の父を亡国の民の前で切り落として見せた。
王家の血筋が途絶えたことを見せつけ、彼らに逆らうことが無駄だと知らしめる為だ。
しかし、婚約者であり幼馴染でもあった王太子とシャルティは、戦火が激しくなるにつれて抑えが利かなくなり、期せずして最後の希望をこの世に誕生させた。
彼女の身の回りをしてくれるのは共に母国から連れてこられた侍女カメリアだけ。それが功を奏して、赤子が女であることはまだ知られていない。
女児は、見目が良ければ他国へ嫁に、悪ければ生死すらどうでもよい扱いを受ける。
それ以上に王の血が一滴も入っていない赤子など、即刻見せしめのために城壁に吊るされるだろう。
うっすらと開ける瞳が暗闇でだけ光るのは、豹の獣人であった始祖レオパールの血が流れているからだ。
何世代にもわたる血の交わりにより見た目の違いなど無きに等しくなってしまった獣人において、ここまでハッキリと特徴の現れる先祖がえりは、もう百年以上例を見ない。
このような状況でなければ、国を挙げて祝う慶事であった。
しかし、今は、より命を危険に晒す弱点でしかない。
日中の光の下では気づかれないだろうが、暗闇で光り輝く瞳は、彼女が何者であるかを曝け出してしまうのだ。
「貴女の名前はレオ。レオパール様から名をとったのだから、美しく逞しい子になることでしょう」
レオパールは、迫害を受けていた獣人族をまとめ上げ、一つの国を作り上げた女傑だ。
美しい容姿とは裏腹に、戦えば負けなしの戦神とも呼ばれた人物。
当時は今よりも魔法が幅を利かせる時代で、特に彼女は無尽蔵な魔力を武器に、独自の魔法を編み出したと言われている。
しかし子孫に受け継がれる能力は徐々に弱まっていき、フェルメ王国の最新兵器による物量攻撃の前に滅びるしかなかった。
もし、今回の戦争でも、彼女がいてくれれば国は滅びなかったかもしれない。
なにせ、彼女は一国を包み込むだけの防御結界を張れたと言い伝えられているからだ。
その人の加護があれば、この過酷な後宮でも命をつなげられるのではないかと、シャルティは藁を掴む思いで名付けた。
今、次々子供が生まれる後宮では、他の部屋でも赤子の声が響いている。
戦争によって捕虜兼側妃として連れてこられたのは、シャルティだけではないのだ。
好色な王カウケマール・フェルメの犠牲となった女性達は、憎き男の血を引く我が子を愛せるだろうか?
そんな中で、愛する男の子供を守る為、シャルティは決死の覚悟を決める。
机の上には、一枚の紙。そこに性別と名前を書くように言われていた。
シャルティは、震える手でペンを執った。
――性別 男子 名前 レオ
バレれば、自分の命もない。
それでも、母となったシャルティは、わが子のために己の命も賭けたのだ。
ここに、生まれながらにして性別を偽り、男として生きねばならぬ少女が誕生した。
その後、この国の第十八王子となる彼女は、涙を流す母をうっすらと瞼を開けて見ていた。
そして、こう思った。
――すごく、荷が重いな……。
レオの体の中で目覚めた存在は、正真正銘、始祖レオパールだった。
シルバーウィークを楽しんでいただくために、今日から23日まで、この作品を朝昼晩と3回投稿いたします。
一話は短いですが、楽しんでいただけると嬉しいです。




